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3列選べば、2列は自分より早い。並んだ瞬間に「敗北」を約束されている、レジ前の不思議な宿命

スーパーでお買い物を終えたあとの、ちょっとした運試し。
数台並んでいるレジを見て、「どの列が一番早いかな……」と密かに見極めるあの時間。

「よし、こっちの方が空いてる(気がする)!」

そう思って並んだはずなのに、ふと横を見ると、後から並んだはずの隣の列がスイスイ進んでいる。

自分の列では、前の人がクーポンを一生懸命探していたり、レジのロール紙が急に切れたり、なぜか小銭をゆっくり数える時間が始まったり……。

「もしかして私、レジの神様に嫌われてる?」
「どうして私が選ぶと、いつもピタッと列が止まっちゃうんだろう」

そんな風に、人知れずため息をついた経験、皆さんにもありませんか?

今日は、この「どうして隣の列ばかり早く進むのか」という、日常のちょっと切なくて不思議な謎について、自分なりに調べてみたことをお話ししたいと思います。


「3列あれば、2列は自分より早い」という、ちょっと悲しい事実

実は、この「隣が早く見える」という現象には、私が特別ドジだから、という理由だけではない 「数字のルール」 が隠れていました。

例えば、レジが3つ並んでいるとします。

自分がその中の一つを選んだとき、統計学的に見て、自分の列が「一番早い」確率はどれくらいかというと。

計算上はたったの 「33.3%」 になります。

一方で、「自分以外の列(隣の2列)のどちらかが早い」確率は、残りの 「66.6%」 にもなります。

つまり、私たちは並んだ瞬間に、 3分の2という高い確率で「自分よりスイスイ進んでいる誰か」を目撃する運命にある らしいのです。

レジの数が増えれば増えるほど、この確率はもっと厳しくなります。

10列ある大きなスーパーなら、自分が一番早い確率はわずか10%。

残りの90%は、「自分を追い越していく隣の人」を眺めることになるわけです。

「隣の芝生は青い」なんて言いますが、レジの列に関しては、数字の上でも 「隣の列が早い確率の方がずっと高い」 のが現実だったんですね。

これを知ったとき、私は「そりゃあ、隣の方が早く見えるわけだよね」と、なんだか少しだけ、肩の荷が下りたような気持ちになりました。


脳が仕掛ける、記憶の「ちょっと不公平なクセ」

でも、「自分の列が一番早いときだって、たまにはあるはずだよね?」とも思います。

確かに、自分が一番ノリノリの列に並んで、あっという間にお会計が終わることもあります。

ところが、ここでもう一つの「不思議」が邪魔をしてくるんです。

それは、私たちの 「脳のクセ」 です。

スムーズにお会計が終わったとき、私たちは「やった、最速だ!」と喜ぶよりも、むしろ「次はあのお店に行こうかな」なんて別のことを考えていて、その「早さ」をあまり意識せずに店を出てしまいます。

つまり、何も困らなかった時間は、「私たちの記憶にはあまり残らない」 そうなんです。

一方で、列が止まってしまったとき。

「あぁ、早く帰らなきゃいけないのに!」という焦りやストレスが、脳に強く記憶を刻み込みます。

すると、 「並んだのに全然進まなかった」という嫌な記憶だけが、はっきりと保存されてしまう というわけです。

本当は、不思議なくらいレジ待ちが早く終わった日もあったはず。

なのに私たちの脳は、ちょっとばかり「損」をした時の方が忘れられなくて、「私はいつも運が悪い」 と思い込んでしまっているのかもしれません。

行列は、「深呼吸の時間」

ここまで、数字の話や脳の仕組みについてお話ししてきました。

「理屈はわかったけれど、やっぱり待たされるのはちょっとしんどいな」というのが、本音ですよね。

でも、最近はこんな風に考えるようにしています。

スーパーを出て、急いで帰ってお夕飯を作って、片付けをして……。

大人の毎日は、とにかくやることがいっぱい。

そう考えると、あのレジ前の「動かない数分間」は、 「誰にも怒られず、何もしなくていい、公式な休憩時間」 とも言えるのではないでしょうか。

前の人がゆっくりお財布を出している、その時間。

「早くしてよ」とイライラするのをちょっとお休みして、ボーッとしてみる。

「あの方は、家族のために重い荷物を持ってるんだな、お疲れ様です」とか、「レジの店員さん、忙しいのに丁寧でかっこいいな」とか。

そんな風に、 「待たされている時間」を「周りを眺める温かな時間」に変えてみる んです。

私は最近、あえて「のんびりした雰囲気の列」に並んでみることがあります。

「今日はここで5分間、心を休めよう」と決めて並ぶと、不思議なことに、早く進む隣の列を見ても「あちらの方は、お急ぎなんだな、お先にどうぞ」と、優しい気持ちでお見送りできるようになりました。

行列という名の、小さくて静かな「自分のための時間」。

そう思ってみれば、あのイライラしていた時間が、少しだけ貴重な「お休み時間」に思えてきませんか?


自分のための、小さな5分間

明日、皆さんがまたスーパーのレジで「あっちにすればよかった……」とガッカリしてしまったとき。どうか、そんな自分を笑って許してあげてください。

それは、あなたが数字の確率に真っ直ぐに従っているだけですし。今日一日、それだけ一生懸命に頑張って、クタクタになるまで頭を使い切った証拠でもあるんです。

「また隣の芝生は青かったな」と苦笑いしながら、カゴを持ってゆっくり自分の番を待つ。

そんな、どこにでもある不器用で平和な数分間こそが、実はとても贅沢で、幸せなことなのかもしれません。

さあ、レジが空きました。

皆さんの今日の帰り道が、なんだかいつもより、ほんの少しだけ気分よく歩けるものになりますように。


▼もう少し「ふしぎ」を眺めたい方へ

レジ待ちのイライラと、パスワード再設定の絶望。デジタル社会の不条理を笑い飛ばす、心の処方箋。

レジの列選びに失敗した朝は、キッチンの『タッパーのフタ』にも裏切られるかもしれません。1mmのズレが招く喜劇です。

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