【名盤批評】Red Hot Chili Peppers《Blood Sugar Sex Magik》:「聖と賤」の二重思考が生んだ、90年代の怪物的アルバム
Red Hot Chili Peppers(以下RHCP)が1991年に発表した、現在も名盤として語り継がれる5枚目のスタジオアルバム《Blood Sugar Sex Magik》(以下BSSM)。
筆者本人もCDが擦り切れるほど聴きまくった、思い入れのある作品を全力レビューしてみる。
特に「今のレッチリ」しか聴いたことのない方へレコメンドし、同志となってもらうために。
現在はメロウなファンクロックバンドとしての色彩が濃いRHCPの、まさに全盛期。彼らの元気でヤンチャで、でも知的さもふんだんに含んでいた時代の産物だ。
サウンドの余白をもろともしない演奏力の爆発、「聖と賤」の落差のローラーコースター。その全貌を丸裸にしてみた。

ブックレットとビデオ制作はあの有名映画監督、
ガス・ヴァン・サントが手掛けている
【Blood Sugar Sex Magik】
※Amazon Musicで聴く↓
---
#1. BSSMの位置づけ:グランジの裏で爆ぜた「別ルートのオルタナ」
1991年といえば、Nirvana《Nevermind》やPearl Jam《Ten》といったグランジの波が全米を席巻した年だ(筆者が小学校に入りたての頃)。
同じ時期にリリースされた《Blood Sugar Sex Magik》は、正面からグランジに対抗するのではなく、全く別のルートで「90年代オルタナ」を切り拓いた。
RHCPの強みは、ファンクの肉体性とポップの旋律、そしてパンクの精神性を同時に鳴らせることにあった。それは矛盾のアート化。
ロサンゼルスの埃っぽい路地裏でサバイブする身体感覚と、スピリチュアルな祈りのような高揚感。その両方を一枚のアルバムにパッケージしたのが、この作品である。
だからこそ、このアルバムは後世のリスナーにとっても「グランジ的陰鬱」とは違う明るさと熱を持つ。ただし、熱の裏にはどこか冷めた、諦めのような感覚も隠されている。
この「別ルートのオルタナ」「多面性」という立ち位置が、RHCPを孤高、かつ特別な存在へと昇華した。
---
#2. アルバムの全体像:「余白を鳴らす」リック・ルービンの英断
本作のサウンド面での最大の特徴は「余白」にある。プロデューサーのリック・ルービンは、RHCPの演奏を過剰に飾ることなく、むしろ削ぎ落とす方向でミックスを仕上げた。

おひげをモフモフしたくなる名プロデューサー
結果、ドラム、ベース、ギター、ヴォーカルの間に新鮮な空気がたっぷりと流れ込み、一人ひとりの演奏が生々しく剥き出しになる。
これは時に「音がスカスカ」とすら言われるが、その隙間こそがRHCPの持ち味を最大化した。というか、よほど演奏が上手くないとこのサウンドプロダクションには踏み切れない。そのぐらい「生々しい」。
ジョン・フルシアンテの創造性豊かなギターフレージング。
フリーのテクニカルかつ有機的で、休符も効いたベースライン。
チャド・スミスの豪快さと繊細さを融合した鉄壁のドラミング。
そしてアンソニー・キーディスのラップと旋律の中間のような歌唱。
それぞれの個性が丸裸になった状態でぶつかり合い、奇跡的なバランスを保っている。

RHCPといえばこの4人という方も多いだろう
「音を引く勇気」こそが、本作を歴史的名盤たらしめたルービンの英断だった。
---
#3. RHCPの「二重思考」:聖と俗・虚無と猥雑・内省と爆発
BSSMを一言で定義するなら、二重思考(※)のアルバムである。
※二重思考(ダブルシンク/doublethink)
矛盾するふたつの考えを同時に、しかも矛盾に気付かずに信じ込む能力のこと。ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する概念で、全体主義的社会が人々に強制する、矛盾を矛盾とせずに忘却を繰り返す思考法を指す。ただ、本記事では「矛盾=人間の尊さ」として、肯定的な意味で使用していることに留意されたい。
《Give It Away》に象徴される「与える愛」の哲学は、仏教精神を思わせる普遍的な思想だ。
だが同アルバムには《Sir Psycho Sexy》のような、「卑猥の極み」とでも言うべきおバカソングも堂々と収録されている(まあ深読みすると、この曲も結構シリアスな含みがあるのだが)。
さらに《Under the Bridge》は、L.A.を孤独に歩く麻薬中毒者の祈りを描き出し、都市の闇とスピリチュアルな救済を直結させてしまう。

歌い手としては賛否両論あるが、
ソングライター・作詞家としてははっきり超一流
この矛盾の共存は偶然ではなく、RHCPの設計思想そのものだ。
バカと賢さ、露悪と透明感、セックスと宗教性、賤と聖。
相反する要素を同じ空間に並べ、それを矛盾ではなく共存として響かせる。
ここにこそ、RHCPの核がある。
---
#4. 全曲レビューしてみた
全17曲。多い。でもレビューしてみる。
可能なら、ぜひ前述のリンクから聴きながら読んでいただきたい(もちろん他の音楽サービスプラットフォームでもOK)。
少し長めなのは申し訳ないが、「聖と賤の落差」に着目しながらお読みいただけると幸いだ。
――――――
1. The Power of Equality
社会批評をファンキーに叩きつける号砲。
当時のロサンゼルス暴動や公民権運動に触発された内容で、政治・人種問題をストレートに叫ぶ。
初っ端から「社会派」RHCP。ミニマルで乾いたギターリフと、ゴーストノートを多用したチャドのタイトなグルーヴが光る。
2. If You Have to Ask
隙間と余白で踊る小悪魔ファンク。皮肉とジョークまじりの歌詞が実に軽妙。「聞かなきゃ分かんないなら理解できないぜ」。
その軽口の裏でアンサンブルは緻密。ジャム感満載、ベース、ギター、ドラムは会話しているかのよう。なお、アウトロのジョンのギターソロ(名演!)はリハの即興がそのまま採用されている。
3. Breaking the Girl
8分の6拍子に乗る歪な恋。アンソニーの恋愛感の破綻、近親相姦を暗喩するナンバー。
アコギとタムを絡めたドラムのリフレイン、民族打楽器のブリッジが叙情を更に高める。
ライブでは滅多に演奏されないが根強い人気。ただしアンソニーはあまりやりたがらない(歌いにくいとのこと)。
4. Funky Monks
「俺たちはファンクの僧侶」。宗教と肉体を同じ皿に盛る、RHCPらしい宣言文。
粘っこいファンクリフが重い重い。チャドのドラムは余白をたっぷり取った裏ノリのリズムパターンと、サビ終わりの6連符フィルで密に埋める落差が絶妙。またアウトロのフリーのベースは「ファンキー」の世界的お手本。
5. Suck My Kiss
性的表現全開の有名曲。「吸えよ、俺のキスを」。キスは仮タイトルでは「男の大事な部分」だったらしいが、さすがにあからさま過ぎると自重したらしい。
フリーの重量級ベースリフと変態的リズム。全編にわたる16分の裏拍ユニゾンが鬼。
バンドキッズがコピーしたがるが、ほぼ挫折するナンバーの典型でもある。
6. I Could Have Lied
赤裸々な喪失の告白。アンソニーとシネイド・オコナーとの短い関係が歌詞のモデル。
ジョンの繊細なアコギのアルペジオから、最後のサビでは一気に轟音へ。「天才少年ギタリスト」の面目躍如。B面的存在だが、ファン人気はアルバム内でも屈指。
7. Mellowship Slinky in B Major
ジャズ的機知のファンク落語。軽快かつ洒脱に見えて、骨太。ジョークまじりのラップ。「セロニアス・モンクとセックス・ピストルズとファンクの融合」などと称された。
ジョンが「曲名を早口で言えない」と笑っていたらしい。
8. The Righteous & The Wicked
当時の湾岸戦争や環境問題を意識した曲で、正義と邪悪の対立、宗教的な言葉遊びなど、RHCPの中でもかなり思想が濃いめのナンバー。
重心の低い乾いたギターリフと不穏な雰囲気が倫理を噛む。
9. Give It Away
「あげちまいな、捨てちまいな」を連呼するサビがあまりにも有名な代表作のひとつ。
「ニナ・ハーゲンが手放すようにあっさりアンソニーに譲った高価な服」のやりとりが着想の源。
物を手放すことが人を自由にするという哲学が、世界的ヒットの根幹にある。
極限まで削ぎ落としたベース&ギターのリフやドラムパターンはミニマルの極致。利己を捨てる瞬間、グルーヴは無重力になる。
10. Blood Sugar Sex Magik
タイトル曲。ブードゥーめいたヘヴィグルーヴな呪術的ファンク。アンソニーのライミングはほとんどお経である。
セックス=魔術、血糖=生と欲望。「官能」と「祈り」を一拍で往復している。
11. Under the Bridge
90年代前半のRHCPを象徴する超有名バラード。薬物依存者の視点から描かれる孤独と、都市(L.A.)への執着という歌詞が、美しいメロディラインや叙情的なギターとの凄まじく大きなギャップを生んでいる。
元はアンソニーの自伝的な詩として書かれ、バンドに見せるつもりすらなかった。だがリック・ルービンがこれを形にするよう提案(まじでグッジョブ)。曲を付けたことで、彼ら最大のアンセムへと昇華された。
12. Naked in the Rain
野性への浄化、自然との一体感を謳うアニミズム的ナンバー。裏拍のベーススラップとスネアのユニゾンが荒々しさをマシマシにしている。ベースがかなりフィーチャーされている通り、曲のアイデアの根幹はフリーの発案らしい。
13. Apache Rose Peacock
一転して粘っこいリズムの、トラディショナルかつ緩いファンク。色彩の幻覚。シュールな映像的言葉遊びがサウンドを多幸に染める。
タイトルの由来は本人たち曰く「響きが良いから」とのこと。
14. The Greeting Song
疾走するハードロック調の小品。アルバムの血流を加速させるショット。バンド内でも「浮いてる曲」と評されており、特にアンソニーはあまり気に入っていないらしいが、間奏のチャドのドラムリックが白眉。徐々に手数を増やしていく起承転結の妙が聴きどころ。
15. My Lovely Man
RHCPの初代ギタリストにしてアンソニー、フリーの高校時代からの親友、ヒレル・スロヴァクへの切ない鎮魂歌。とはいえ、悲哀を跳ね返す激しい8ビート→16ビートの切り替えの祈りである。全編でむせび泣く荒々しいギターは、元々ヒレルのファンだったジョンの叫びにも聞こえる。
16. Sir Psycho Sexy
RHCP屈指の猥雑かつおバカなナンバー。
セックス描写全開、8分超に及ぶ下ネタ大作。
和訳するのが憚られるくらいお下劣。検閲の対象になりかけたが(そりゃそうだ)、辛うじてアルバムに残った。よくやった。
いや、ギターもベースもドラムもくっそかっこいいんすけどね。
ただ、「賤」の徹底が、逆説的に「芸術」へと転んでいる。そして実はこれも孤独を描いた歌詞。いつか和訳記事を書きます。ガチ下ネタだけど。
17. They’re Red Hot
ブルースの帝王ロバート・ジョンソンのカバー。完全にタイトルからのカバー遊びである。アルバムの最後にウィンク、歴史への挨拶で幕が軽くなる。アルバムを「冗談」で締めるのはRHCPらしい落差だ。
---
#5. 総括:BSSM=「二重思考」の設計書
《Blood Sugar Sex Magik》は、単なるファンクロックの金字塔ではない。それは「矛盾の共存を響かせるための設計書」だ。
全17曲、特濃のナンバー揃い。なのに、聖と賤を行き来する落差の旅をすんなり終えられる「聴きやすさ」も、このアルバムの怪物性。
猥雑/聖性、都市/スピリチュアル、爆発/静けさ……RHCPは相反する要素をぶつけ合い、それを矛盾ではなく「多面体」として示している。
この多面性こそが、彼らを30年以上も第一線に立たせてきた最大の理由である。
そして、このアルバムが現在も古びないのは、その矛盾が普遍だからだ。
人間そのものが二重思考の存在である以上、この名盤は永遠に更新され続ける。
---
👉️次回予告
●《Scar Tissue》の和訳記事も執筆中。
あとスマパン屈指の名曲《Tonight, Tonight》にも手を出してます。
👉️関連記事
★超一流ドラマーの条件・海外編:NBA選手のアンドレ・イグダーラこそドラムの理想形である
何を言ってるんだというタイトルですが、大真面目。バスケ選手のイグダーラのプレイスタイルこそがドラマーを超一流たらしめる。
チャド・スミスについても語っています。
★Red Hot Chili Peppers《Californication》を訳す:暴かれた「夢の地」アメリカと世界の病、そして彼らの懺悔
ハリウッド的な夢・美・快楽の名のもとに進行する、 “価値観の輸出=文化的侵食” と、RHCP自身の「反省と言い訳」とは。
あ、《Scar Tissue》の和訳論も執筆中です。
★本当は怖い洋楽歌詞・和訳シリーズまとめ(マガジン)
掘れば掘るほど深淵へとはまり込む。実は怖い歌詞の曲、文化論や言語学などを交えて翻訳・解説してます。
★アメリカ留学体験記:異国の高校生活を文化論を交えて振り返る(マガジン)
青春の高校留学体験記も公開中(本編は前・中・後編で完結)。
ドラム、友情、スクールカースト、そして恋愛……覚悟を決め、筆者の甘酸っぱい?自分史を素っ裸で描いてます。
またアメリカの衣食住を体験記&文化論として描く外伝も執筆中。
★文化批評ラボ:ポップカルチャーと社会(マガジン)
音楽・ゲーム・漫画・アニメなど身近なポップカルチャーと、社会や宗教、あるいは私の経験(留学や仕事など)を絡めて語る文化批評です。
📝アカウントの全体像はこちらにまとめてます
いいなと思ったら応援しよう!
ネタは豊富にございます、よろしくお願いいたします。