なぜ海外は「黒人キャラは黒人の声優にしろ!」と叫ぶのか:互いの文化への無知・無理解が起こす根本的なズレ【かわいい論⑦外伝】
前回『かわいい論⑦』にて、日本語は語尾にすら異なる人格(キャラ性)を乗せやすい言語であり、それが「かわいい」文化を下支えしている、といった内容を書いた。
今回はそれを一段深く掘り下げた、「国際間摩擦」の内容になる。
身体性と喋り方を容易に切り離せる日本語文化が国際社会に乗った時、そして互いに文化解像度が低い時、どんな“誤解”が生じるのか。
【かわいい論⑦↓】
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#0. 「黒人キャラは黒人が演じるべき」は、単なるポリコレ問題ではない
海外の一部から日本アニメに対して、こんなクレームが来ることがある。
「黒人キャラは黒人声優が演じるべきだ」
(※単に肌の浅黒いキャラを含む場合も多い)
「その人種の経験を持たない人が、黒人を演じるのはおかしい」
この話、日本側から見るとかなり不思議。
日本文化の感覚では、
●女性が少年役を演じる
●人間が人外を演じる
●ベテラン声優が美少女を演じる
●東京出身者が関西弁を喋る
など、人格と身体を切り離して演じることが極めて当たり前だからである。
だから日本人は(無論、私も)こう感じやすい。
「いや、演技なんだから自由では?」
「フィクションと現実の区別をつけろよ」
「うるせえなー」
「そもそも服部平次は黒人じゃねえよ」
しかし英語圏側からすると、話はそう単純ではない。彼らにとって「声」「喋り方」とは単なる演技ではなく、身体・共同体・歴史・アイデンティティと強く結びついたものだから。
つまりこれは、単なるポリコレ論争ではない。「キャラクターとは何か」 「人格はどこに宿るのか」という、文化OSそのものの衝突なのだ。
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#1. 日本は「キャラを演じる文化」である
日本のサブカル文化は、かなり強く「キャラOS」に結びついて成立している。
かわいい論⑦でも書いた通り、日本語システムは、語尾や口調だけでキャラ人格を認識する。
「〜ですわ」
「〜だぜ」
「〜でござる」
「〜だニャ」
これだけで脳内に人格が立ち上がる。
つまり日本語話者は、「人格とは擬似的にインストール可能なもの」として認識しやすい。
だから日本では「誰が喋っているか」より「誰として喋っているか」が重要になる。
この感覚があるからこそ、女性声優による少年役文化も成立する。ルフィも、悟空も、ナルトも、身体性だけで考えれば全然一致していない。
しかし日本人は、それを問題視しない。
なぜなら「キャラとして正しい」からだ。
一言でまとめるなら、「日本では、“声”は身体ではなく“キャラ性”へ紐づく」ということになる。
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#2. 一方、英語圏では「声=身体」である
ここが日本語圏と英語圏の決定的な違い。
英語圏、特にアメリカでは、「声」はかなり身体性(または「誇り」)と結びついている。
理由のひとつが「訛り・アクセント」。
例えば英語には、
●AAVE(アフリカ系アメリカ人英語)
●Southern
●Midwest
●Cockney
●West Country
●Irish English
など、膨大な種類の訛りが存在する。
それらは単なる“音”ではない。英語圏における喋り方には、人種・階級・共同体・教育・歴史がすべて乗っている。つまり英語圏では「声を聞く=人種的背景情報を読む」に近い。
日本人にとって英語は「一教科」だが、英語圏では「人種・アイデンティティ文脈をすべて担う共同体」なのだ。
だから英語圏側では「黒人っぽい喋りだけを借りる」 「黒人性だけ演じる」ことに敏感になる。
彼らにとって、それは単なる演技ではなく、「共同体の経験」に直結しているからである。
そして日本人の多くは、英語のごくごく一部(いわゆるRP《標準英語》や報道英語)しか知りにくい環境にある。
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#3. AAVEは口調ではなく「生存証明」
特に重要な文脈を持つのがAAVE(黒人英語)。
日本人からすると、AAVEは「ラップによく使われる、ちょっと砕けた聞き取りづらい英語」ぐらいに感じられるかもしれない。
しかし実際にはかなり重い歴史を背負っている。
奴隷制。強制連行。名前の剥奪。人種隔離。差別。共同体形成。とにかく奪われ続けた歴史。
つまりAAVEとは「黒人共同体が過酷な環境を生き延びる中で形成された言語文化」だ。
だから英語圏では、「黒人っぽい話し方だけ借りる」ことや「浅黒い肌色のキャラクターが黒人ではないこと」が、「アイデンティティの収奪」に感じられやすい。住む国も文化も奪われた挙句、喋り方や肌の色まで盗むのか?という感覚。
ここ、日本人にはかなりピンと来づらい。
繰り返し述べるが、日本語文化では、口調や語尾は「キャラ属性」として流通するからだ。
しかし英語圏では、訛り・声は「アイデンティティを背負った共同体の身体」や「生存証明」そのものなのである。
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#4. ハグリッドは West Country 訛り込みでハグリッド
この感覚を、日本人にも分かりやすく説明するなら。『ハリー・ポッター』シリーズのハグリッドが良い例だろう。
ハグリッドの West Country 訛り(イギリス英語の喋り方の一種類)は、単なる演出ではない。
そこには
●土着性
●素朴さ
●労働者階級感
●都会エリートではない温かさ
が含まれている。
もし彼が、日本ドラマがよく(分かりやすさのため)標準語で喋るように、上流階級的なRP(英国標準発音)で喋ったらどうなるか。
多くの英語圏ファンは「それはもうハグリッドではない」と感じるはずだ。さらに言えば、「West Country 文化を軽視して消した」とすら感じる人もいるかもしれない。
つまり英語圏では「声・訛り」そのものがリアリティを背負っている。
だから「黒人キャラを黒人以外が演じる問題」も、単なる配役論では終わらない。
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#5. 日本は訛りを「キャラ」として保存している
一方、日本はどうか。
日本もかつては方言差が非常に大きかった。しかし近代化以降、「標準語教育」が非常に強く進んだ。「訛りを共同体性として残す」より「標準化する」方向へ舵を切ったのである。
しかし興味深いのはその後。日本は消えかけた方言を「キャラ属性」として保存し始めた。
●博多弁キャラ
●京都弁キャラ
●東北弁キャラ
などなど。
我々は方言を「共同体の身体」としてよりも「人格テンプレ」として消費する傾向が強い。
だから、例えば『ゴールデンカムイ』のアシㇼパをアイヌではない俳優・声優が演じても、特に大きな問題にはならない。
そしてその極北が大阪弁である。大阪弁はお笑い文化を通して全国へ流通し、「ツッコミ人格」 「ノリの良い人格」として機能するようになった。まさに服部平次。
日本は方言を「共同体として扱う」文脈よりも、「キャラとしての流通」文脈で扱っている。
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#6. 日本は「身体から自由になった人格」の楽園
この違いは日本の二次元文化の発展にも繋がっている。日本のサブカルは、
●擬人化
●VTuber
●ケモノ
●TS
●男の娘
●人外萌え
などなど、「人格と身体を切り離す表現手法」が異常に発達している。
つまり日本の二次元文化とは「新しい発想のキャラ性の大規模実験場」「身体から自由になった人格創作の楽園」なのだ。そりゃ世界的に見てもガラパゴス的進化を遂げる。
だから日本では「キャラとして成立しているか」が最重要になる。その代わり、演者の身体性を軽視しやすいという側面がある。
逆に英語圏では「誰が演じるか」 「どんな背景を持つか」がより重くなる。代わりに、「現実とフィクションを混同しやすい」というデメリットも生じてくる。
どちらが正しい、という話ではない。そもそも「人格をどこに宿すか」のOSが異なる。
そして、このOSの差を知らないことによって、互いをラベル化した地獄の論争が巻き起こる。
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#7. 結論:日本はキャラを聞き、英語圏は背景を聞いている
もちろん、日本にも差別や同化政策の歴史はある。アイヌや琉球文化への抑圧も存在した。
なので、これは「日本には収奪の歴史がなかった」という話ではない。
「文化保存の方法が違った」という話だ。
英語圏は「誰の声か」を守ろうとした。
日本は「どんなキャラか」を保存しようとした。
だから、英語圏では「声」が身体性へ接続され、日本では「声」がキャラ性へ接続された。
つまり、英語圏は声や訛りに話者の背景を聞き、 日本はキャラを聞いている。その結果として、「黒人キャラは黒人が演じるべき」という「認識のズレ」問題も発生しているのである。
これは、どちらかが正しく、どちらかが間違っているという話ではない。お互いが、「相手も自分と同じOSで世界を見ている」と思い込んでしまった時に起こる文化衝突。
もちろんその衝突が意識的に政治利用され、日本への文化的侵略めいてしまう側面もある。
それは由々しき問題だし、理不尽な要求にはNOを突きつける姿勢も大事になってくる。
ただ、少なくとも個人的感情の範囲において、世界は「どちらかが必ず正しい、良い悪い」で結論付けられるほど、単純にはできていないのだ。
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