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「かわいい」はブラックジョークの代替物である:悪口が潤滑油になるイギリス、呪いになる日本【かわいい論②】

#0. なぜ我々は「かわいい」を必要とするのか

「かわいい」。
なぜ我々日本人は、この奇妙な形容詞をこれほどまでに必要としているのか。

前回の記事では、日本特有のこの言葉の特殊性、「かわいい=矛盾を許容し、ポンコツを社会的に肯定する文化」であること、それが百花繚乱のポップカルチャーに派生していることを論じた。

今回はその続きとなる。

「なぜ」を突き詰めていくと、思いがけない比較対象に行き着く。米英などの英語圏における「悪口・ブラックジョーク文化」である。


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#1. 祝う文化 vs イジる文化

YouTubeで見たのだが、イギリスのバースデーカードにはこんな文言が並ぶらしい。

“One Year Closer To Death”
(一年、死に近付いたな)

“Newsflash! You're Old As Fuck”
(速報!お前はクソ老害)

……日本人の感覚からすれば、完全にアウト。
嫌いな相手に対してやるやつ。

だが、彼らにとってこれは「祝福」だ。
ここにまず、大きな前提の違いがある。

●日本
おめでとう
幸せになってね
→ ポジティブを直接言う

●英国
年取ったな
もうすぐ死ぬな
→ イジることで祝う

英米の文化圏において、祝うとは「褒めること」ではない。「イジる権利の付与」である。

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#2. 毒は「関係の証明」になる

イギリスでは強い言葉は「攻撃」とは限らない。むしろ「強いことを言える=関係が安全」という証明にもなりうる。

だから彼らはこうなる。

他人 → 丁寧
身内 → ぶっ刺す

一見逆だが、構造としては極めて合理的だ。
さすがモンティ・パイソンを生んだ国。

ここまで露骨ではないが、アメリカにも似た構造はある。イギリスほど辛辣ではないにせよ、前向きな皮肉が「親しみを示す表現」として機能することは多い(日本にもイジり文化はあるが、米英と比較すると笑いとして処理される前に空気を悪くするリスクが高く、タブー視されやすい)。

例えば、私が留学を終え帰国する際、バンドクラスのチームTシャツに寄せ書きをしてもらったのだが、そこにはこんなメッセージが並んでいた。

“Nothing is impossible as long as you have clean socks, pimp!”
(キレイな靴下さえ履いてれば、不可能なことはないぜ、色男!)

“You're my Geisha!”
(お前は俺のゲイシャだぜ!)

※補足。
“clean socks”は「成功の秘訣」を語る文体に対して内容がどうでもよすぎるという構造の、いわゆるナンセンスジョーク。
“pimp”は原義で「売春斡旋業者」、スラングで「色男」みたいな意味。褒めと、ほんのりとだがディス(いじり)が混じっている。
“Geisha”は言わずもがなだが、本来の「芸者」からは意味がかけ離れており、「日本人の娼婦」や「エキゾチックにエロい日本人」的な意味合いが濃いスラングと化している。

※高校名やチーム名の部分は隠しています

……少し下ネタ寄りである。
だが重要なのはそこではない。

これらはすべて「関係性が確立しているからこそ成立する言葉」だという点だ。

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#3. 日本の悪口はなぜ「呪い」になるのか

一方、日本の悪口。

●死ね
●キモい
●デブ

……絶対に冗談として機能しない。
殴り合い不可避である。

なぜこうなるのか。結論から言えば、日本語においては「毒が処理されず、そのまま残るから」。

構造的には以下。

① 文脈共有が弱い
皮肉が「冗談」として明示されない
→ 受け手が判断できない

② 笑いに回収されない
英国:言った瞬間にジョーク圏内
日本:言葉がそのまま残る

③ 関係の確認が弱い
英国:言っていい関係か常に測る
日本:急に直球が飛んでくる

結果、

●英国=毒が循環する文化
●日本=毒が沈殿する文化

になる。

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#4. だから「かわいい」が必要になる

お待たせしました。
ここでようやく「かわいい」が登場します。

日本では、強い言葉は使いにくい。皮肉として処理できない。しかし親しみの感情は存在する。この時必要になるのが、「毒を“弱めて表現する”装置」。それが「かわいい」だ。

「かわいい」は毒の希釈装置である。

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#5. 「権威あるポンコツ」が成立する理由

例を挙げて説明しよう。
この構造は現代の人物にもはっきり現れている。

●加藤一二三(ひふみん)
※レジェンド将棋棋士

●谷郷元昭(YAGOO)
※カバー株式会社CEO

彼らは共通して「権威 × ポンコツ」というキャラクターの組み合わせを持つ。

本来ならこれは恐れや批判、不快に繋がるはずの要素だ。英米式ブラックジョークの格好の餌食。

だが日本ではこうなる。
「かわいい」。

「かわいい」とは、「権威すらいじれる状態に変換する装置」とも言える。

※なお、本論では「ポンコツ」を悪い意味として使っていないのでご承知おきください。詳細は「かわいい論①」でご確認いただけます。

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#6. 英国との決定的な違い

この現象をイギリスに当てはめるとどうなるか。
権威ある人物の失態やポンコツぶりは、だいたい風刺・皮肉・ブラックジョークで処理される。

●英国:毒を強く出して笑いで回収
●日本:毒を弱めて無害化して回収

同じ「攻撃性の処理装置」でも方角が逆なのだ。

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#7. そもそもなぜ日本では「毒が溜まる」のか

日本では悪口が循環せず、毒として溜まる。
その結果、ブラックジョークの代わりに「かわいい」という希釈装置が発達した。では、なぜそもそも日本には皮肉が根付かなかったのか。

調和を優先する文化だから。
排除より融和を選ぶ社会だから。

そんな説明も可能だが、より本質的には、日本は「関係を壊さずに毒を処理する回路」が弱い。

言語・社会・コミュニケーションの構造、いずれも「強い言葉の流通」に向いていないためだ。

――――――

①文脈依存の強さ(ハイコンテクスト)

●英国
明示的に言う
トーンで判断する
→ 皮肉が「形式」として成立する

●日本
空気を読む
明示しない
行間で伝える
→ 皮肉が「見えなくなる」

――――――

②言語構造の違い

●英語
語順が固定
主語を省略しない
否定・強調が明確
→ 皮肉を言いやすい構造

●日本語
主語が省略可能
曖昧表現が多い
文末で調整する
→ 皮肉の「型」が弱い

――――――

③社会的リスクの違い

●英国
多少の衝突は許容される
個人責任主義が強い
→ 軽く刺す文化が成立する

●日本
一度のミスで評価が下がる
関係が長期的に固定される
→ 強い言葉のリスクが高すぎる

――――――

④攻撃の方向性の違い

●英国
横方向(対等な関係での応酬)

●日本
縦方向(空気・場の圧力)
→ 個人が「軽く刺す」余地が生まれにくい

――――――

こうして見ると、日本では「毒を外に出して処理する」こと自体が難しい構造になっている。
だからこそ、毒を出すのではなく薄めるという、別の技術が必要になる。

それが「かわいい」である。

「かわいい」は優しさの表現ではない。
強い言葉を使えない文化が生み出した、極めて実用的なコミュニケーション技術なのだ。

「本音と建前」やルース・ベネディクト『菊と刀』で論じられる「恥の文化」も、この構造の延長線上にあると考えられるだろう。

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#8. 「かわいい」と“lovely”は同じではない

一見似た英語表現として“lovely”がある。
確かに

● lovely accent(愛らしい訛り)
● lovely outfit(愛らしい服装)

のように、関係を柔らかくする機能は似ている。だが決定的な違いがある。

● かわいい
ドジもかわいい
ポンコツもかわいい
→ ネガティブを魅力に変換する

● lovely
基本ポジティブのみ
→ ネガティブを救済しない

「かわいい」はポジ・ネガ含めた評価の変換装置。一方、“lovely”はポジティブ評価の装飾語だ。そこには「かはゆし(気の毒で見ていていたたまれない感情)」のニュアンスはない。

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#9. 結論:「かわいい」は優しさ由来とは限らない

ここまでをまとめる。
英国は毒を外に出して循環させる。
日本は毒を外に出さず、薄めて処理する。

その結果生まれたのが「かわいい」である。
つまり、「かわいい」は優しさとは限らない。「強い言葉を使えない文化の技術的解決策」という側面を持つのだ。

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#10. 次回予告:「怖い」や「不気味」をも回収する「かわいい」

ここまでまとめた後。
自分の中でさらに問いが生まれた。

「かわいい」には「怖い・不気味・理解不能」まで回収する機能がある。なぜか。

ここから先は次回「かわいい論③」で語ろう。

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