神様ですらポンコツ:日本の「かわいい」文化を、古事記から両さん、エヴァ、善逸、YAGOO社長まで続く系譜で読み解いてみる【かわいい論①】
#0. はじめに:社長なのに「かわいい」という違和感
カバー(株)代表取締役社長CEO、谷郷元昭。
通称YAGOO。
超大手VTuber事務所『ホロライブ』を運営する上場企業の、れっきとした首長。だがその地位に反し、彼は実に妙なポジションにいる。
社長でありながら、所属タレントにいじられ、ファンに愛され、まとめ動画まで作られ、フリー素材として消費される存在。クリスマスには必死こいて自転車を漕ぎイルミネーションを発電。天然極まる一問一答動画で視聴者へ笑いを提供し、株主総会は「YAGOOのメン限」と言われる始末。
けっこう特殊な状況だ。そして日本語では、違和感を伴わずにYAGOOをこう評すことが多い。
「かわいい」
ここで冷静に考えてみると疑問が生じる。
「CEOが、かわいい」。
この文が自然に成立してしまうこと自体が、日本語の「かわいい」の特異性を示している。
あえて英語にすれば “CEO is cute” だが、このセンテンスは英訳としての文脈が崩壊している。
cute は「幼児的・無害」といったニュアンスが強くなってしまうので、「文章としては組み立てられても、意味合いが成立していない」。
つまりここに、ひとつの問題がある。
「かわいい」は、完全には英語に翻訳できない。
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#1. 「かわいい」は感情ではなく“評価構造”である
英語にも近い単語はある。
cute(小さくて無害で、守りたくなる可愛さ)
adorable(思わず愛でたくなる可愛さ)
lovable(人として好かれる・愛される性質)
lovely(違和感や欠点を含まない純な愛らしさ)
wholesome(健全で心が浄化される良さ)
だがどれも微妙にズレる。
日本語の「かわいい」は、見た目や性格だけの話ではないからだ。
それはむしろ、複数の性質が同時に成立したときに発動する「評価のパターン」である。
YAGOOの場合、だいたい以下の評価だろう。
「ガチで仕事してる時の社長」ではなく、あくまで「消費されるキャラ付け」としてだが。
●生真面目
●善良
●天然
●器用には見えない
●いじられ属性
●醸し出されるちょっとした頼りなさ
これらをまとめて、日本語は一言で処理する。
「かわいい」
つまり日本語におけるこれは、感情語ではない。
「人間の評価構造」そのものだ。
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#2. 日本語の「かわいい」は年齢を超える
英語との決定的な違いはここにある。
“cute”は原則として
●子供
●動物
●恋人(に甘えを許容する時)
などに使われる。
一方、日本語ではこう言えてしまう。
●おじさん(おじいちゃん)がかわいい
●社長がかわいい
●失敗してかわいい
●不器用な仕草がかわいい
すべて違和感がない。
なぜなら、日本文化では「無邪気さ・未熟さ=欠点」ではなく「価値」だからだ。
「かわいい」の語源・由来が「かはゆし(気の毒で、見ていていたたまれないような恥ずかしさを伴う感情)」であり、「もののあはれ」に通底した感覚なことも大いなる要因だろう。
つまり、
大人 + 不完全さ = かわいい
という式が成立する。
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#3. 「かわいい」はギャップを許す
日本の各種ポップカルチャーにおいても、この現象は顕著である。
日本語の「かわいい」は矛盾を包み込む。
強いけどかわいい。怖いけどかわいい。社長だけどかわいい。これらの同時成立が可能だ。
これらは何と呼ばれるか。
すなわち「ギャップ萌え」。
そしてこのギャップこそが、キャラクターの複雑化・多様化を可能にする。
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#4. 日本のキャラは「欠点」で設計される:我妻善逸という典型
ここで創作論に踏み込む。
日本のキャラ造形の特徴を浮き彫りにするために、アメリカと比較してみよう。
もちろん例外はあるが、傾向として、アメリカのキャラ造形は「役割」重視になる(ヒーロー、ヴィラン、コミックリリーフ、メンター等)。
これは一神教文化における「神の完全性」と無関係ではないだろう。日本のキャラと比べ、アメリカのそれはどこか「役割の完全性」をまとっているように感じる。
例えば『スーパーマン』。彼は基本的には完全無欠。もちろん「普段は冴えない会社員」というギャップはあるが、それはどちらかというとスーパーマンの完全性を強調するための比較対象装置として扱われ、クリプトナイトという弱点も「物語的克服の対象」として描かれる。
「欠点は克服対象」という図式は、マーベルヒーロー(特にX-MENのような「能力=葛藤」の構造)やディズニーアニメにもよく見られる。
例えば『アナ雪』のアナは「恋愛に対して無防備すぎる」という欠点を持ち、それが物語上の失敗を引き起こすが、最終的にはその欠点を通して「真実の愛」を学ぶ構造になっている。つまり、この欠点はキャラクターの魅力というよりも、物語を前進させる際の妨害装置として機能する。
他には『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマーティも「欠点は克服対象」の好例だろう。
一方、日本産キャラクターの多くはこうだ。
A属性 + B属性(Aとの矛盾)
例として、「天才だが怠け者」「強いが臆病」「冷酷だが優しい」「ツンツンしてるが献身的」などなど。
この矛盾こそが魅力になる。そしてその矛盾を成立させる潤滑油が「かわいい」なのだ。
『鬼滅の刃』の我妻善逸が典型中の典型。
彼が「臆病・ヘタレ」を根本的に(完全に)克服したら、恐らく日本でのキャラ人気は激減する。
あとは『ハリー・ポッター』シリーズのドラコ・マルフォイ。彼は欧米では「唾棄すべき卑怯な悪役」だが、日本では「嫌味だがヘタレなポンコツかわいい貴族」として人気を博している。
欧米では彼を演じた俳優が現実に石を投げられた一方、日本では黄色い歓声が挙がって本人もビックリした、というのは有名な話だ。
(´・ω・`)日本に救われたフォイ
まとめると「欠点」は、欧米においては「物語を前進させるための障害」の傾向が強く、日本においては「キャラクターの魅力そのもの=かわいい」となる場合が多い(なお全部が全部そうだ、とは言っていないことには留意されたい)。
まさにこの傾向こそが、日本国内の「作品を見る理由≒キャラ推し」の文化を下支えしている。
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#5. 「欠点こそ魅力」という設計思想
この構造は日本の名作に共通する。
例えば、(筆者の大好きな)日本産スペースオペラ小説の金字塔『銀河英雄伝説』。
●ヤン・ウェンリー:天才 + 怠け者
●ラインハルト:カリスマ + 童貞的未熟さ
あるいは少年漫画の主人公たち。
●孫悟空:純粋 + 戦闘狂
●ルフィ:自由 + 無神経
●桜木花道:自信 + バカ(無知)
ここで重要なのは、「欠点を肯定し、残すからこそ魅力になる、物語が進む」という逆転構造だ。
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#6. エヴァンゲリオン:欠点の極北
そしてこの流れは一つの極点に到達する。
その名は『新世紀エヴァンゲリオン』。
主人公の碇シンジの性質は以下。
●弱い、ウジウジする
●肝心な時に動けない
●逃げちゃダメだと言いながら逃げる
(※新劇場版や漫画版は少し構造が異なるが)
つまり、欠点しかない(ように表面上は見える。やるときゃやる場合ももちろんあるけど)主人公。だがそれでも物語は成立する。いや、むしろそれが人間そのものとして描かれる。
「欠点 → 魅力」どころか「欠点 → 人間性」へと深化している。純文学かよ。
……で、ここまで来て気付く。この構造、どこかで見たことがあるぞと。そう、日本神話である。
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#7. 神様ですらポンコツな日本
『古事記』では、神は驚くほど人間くさい。
創世神のイザナギとイザナミは夫婦喧嘩し、出産で事故り、死別からのストーカー化、挙句の果てには殺し合いを伴う痴話喧嘩。
ギリシャ神話も似ている部分はあるが、あちらに比べても、日本神話はスケールが完全に人間の家庭レベルである(凄惨なのは置いといて)。
スサノオに至っては、泣きわめく、迷惑をかける、田んぼを壊す。完全に問題児。
だが同時に、ヤマタノオロチを倒す英雄でもある。これも「英雄 + 欠点が魅力」という設計。
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#8. トリックスターの系譜
ここで一本の線が引ける。スサノオを始祖とした「トリックスター型主人公」の系譜だ。
それはバカボンのパパであり、『こち亀』の両津勘吉である。そして『ONE PIECE』のルフィでヒーロー化する。
いずれも、迷惑、無神経、破壊的、なのに愛されるという共通点がある。
ここで冒頭に述べた「日本のかわいい論」が効いてくる。つまり「ポンコツ → かわいい → 許される → 愛される」という流れ。
※補足。「トリックスター」という属性自体は世界各地に見られるが、欧米のそれはもっと悪辣な性質を持っている場合が多い。北欧神話のロキや『バットマン』のジョーカーなど。
それに比べて、スサノオや両津勘吉のなんと「かわいい」ことよ。いやまあジャンルの関係もあることは承知してますが。
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#9. 「かわいい」の正体
ここで結論に近づいてみる。
「かわいい」とは何か。もののあはれ。
それは「保護したくなる欠点」。
そして日本文化では、この感情が神話レベルで肯定されているのだ。
ここまでをまとめるとこうなる。
古事記
↓
神ですら不完全
↓
欠点は魅力
↓
かわいい文化
↓
ギャップ萌え
↓
キャラクターの多様性
つまり
日本文化=不完全性の肯定
これがキャラクターの造形幅を爆発的に広げている。両津勘吉は「すこぶる有能だがどうしようもない」し、碇シンジは「優しいが逃げる」。
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#10. 「かわいいCEO」YAGOOの話に戻る
ここで最初の話に戻る。
なぜYAGOOは「かわいい」のか。社長なのにいじられて、真面目で、ちょっと天然で、善人。
つまり「ポンコツ要素を持った権威」というキャラクター、とまとめられる。
完全に「A属性 + B属性(Aとの矛盾)」の系譜。だから彼は「社長かつパパ的マスコット」という奇妙な存在になる。
そして日本語はそれを一言で処理する。
「かわいい」。
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#11. 人間はポンコツでいい
ここまで見てきた通り、日本文化は一貫してこう言っている。
完璧である必要はない。
欠点は排除しなくていい。
むしろそれが魅力になる。
そして極論を言えばこうなる。
「神様ですらポンコツなのだから、人間がポンコツなのは当然だ」。
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#12. 真意:この記事は、筆者自身のポンコツ性の言い訳である
……と、ここまで書いておいてなんだが、この記事の執筆動機は、実はYAGOOの他にある。
休日。朝の散歩の後、昼間から芋焼酎を舐めて眠くなっている私こと、中島板。
ああ、なるほど。
自分もちゃんと日本文化の中にいる。
紛うことなきポンコツです。
そしてそれを、どこかで肯定している。
というか肯定させてくれ。
そして異性からの「かわいい」を、純粋な褒め言葉として受け取っている私は、たぶん己の「ポンコツっぷり」を許してほしいのかもしれない。
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#13. 結論:だから「かわいい」は翻訳できない
以上を踏まえ、最後にもう一度。
「かわいい」は翻訳できない。それは単語ではなく、文化であり、倫理であり、人間観だからだ。
だから、かわいいを“cute”に置き換えようとした瞬間、語感は崩壊する。「不完全」属性が許される範囲が、「かわいい」に比較すると狭いから。
YAGOOを見て「かわいい」と思う感覚。それは単なる感情ではない。古事記から続く、日本文化の延長線上にある。
つまりこういうこと。
「かわいい」とは。
ポンコツを社会的に肯定する言語である。
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