連作恋愛短編|🎃ハロウィンの夜「わたしの小さな傷」
ハロウィンの夜、私は少しだけ勇気を出した。
🎃
前髪を上げると傷跡が光の下に出てくる。
それだけで胸がざわつくのに、ヒサシは笑いながら受け止めた。
「ナオ。今日は隠すんじゃなくて、足そう」
友達6人で楽屋代わりの部屋を借り、本格的な仮装をしてから、街に繰り出す。メイクに使うラメと血糊の匂い。机の上はお菓子袋と一緒に色が散らばっていて、手際よく筆を動かすのは、同じバイトのヒサシだった。
普段から、イベントの手伝いなんかでよくやるらしい。不器用な指先かと思ったら、びっくりするほどまっすぐで。
「ここを起点にしていい?」
こめかみにふれられて、一瞬呼吸が止まった。けど、鏡越しに目が合って、その声が静かに続いた。
「痛くはしない。嫌だったら言って」
ヒサシは透明のシールで跡を包み、フェイクの裂け目を描き足していく。影とラメを重ねるうちに、私が避け続けてきた線が、物語みたいにデザインへ変わった。前髪は小さなクリップでとめられ、左右が同じ明るさを持つ。
「できたよ。どう?」
鏡には、かわいいゾンビがいた。
それが私だなんて、まだ信じられない。
夜の街に出ると、かぼちゃ提灯が揺れて、知らない人たちが笑いかけてきた。
「写真、撮ってもいいですか?」
「メイク、すごい!」
声をかけられるたびに心臓が跳ねて、でも不思議と嫌じゃない。ヒサシが「ラメ落ちてない?」と近づくと、指先がそっと触れて、声をかけられたときよりも心臓が跳ねる。
イベントの終わり。洗面台でシールを剥がし、血糊を落とす。赤が白にほどけて、最後に残ったのは、いつもの跡。だけど、鏡に映る私は昨日までの暗さをまとっていなかった。
胸の奥が、静かに鳴った。
「ナオの顔を、よく見てたから」
ヒサシが私を真っ直ぐに見つめる。
目は合わない。思わず声が詰まる。
「前髪、いつも下ろしてるから、隠したいんだなって思ってた。でもさ、ナオの目はとても強いんだよ」
夜風に吹かれながら帰る道、二人分の足音が並ぶ。信号待ちの赤に照らされて、ぽつりと。
「無理して見せなくていい。今日は、どこまで平気か分かっただけ。あとは、ナオが選べばいい」
その言葉が、やけに軽やかに響いた。
家に帰って、髪をほどく。
跡に触れてみる。冷たいのに、不思議と怖くない。
あの夜から、私は前髪を下ろす角度を選ぶようになった。隠すんじゃなく、選ぶ。鏡の前で目を閉じて、胸の奥で呟く。
私を隠していたのは、傷じゃなくて、自分だった。
🎃
関連記事はこちら
