見出し画像

連作恋愛短編 | 🎃 ハロウィンの夜「巫女装束のシンデレラ」

巫女のコスプレはあるけど、神主のコスプレがないのはなぜだろうか。

🎃

あの夜のざわめきはいまも耳に残っている。

ハロウィンの街。ネオンと提灯が入り混じり、仮装した人々が波のように流れていく。私は、真っ白な装束に赤い袴をまとった巫女の格好で歩いていた。心が軽いのは、露出がない衣装を選んだ安心感と、違う自分になった心地よさのせいだった。

胸が大きいのは昔からだけど、人の目を気にするようになったのは数年前のあの日から。
近所の公園。油断があった。私は家にいるような格好でベンチに腰掛け、雑誌を読んでいた。

ランドセルを背負った三軒隣りのリョウ。
小さい頃にはよく遊んであげていた。

記事にに夢中だった私が気が付いたときには、彼はずいぶん近い距離にいて、私の身体を食い入るように見つめていた。
目が合うと、リョウは身体をぶるりと振るわせ、束の間呆けたような顔を見せ、不恰好な動きで走り去った。
私には何か罪悪感のようなものが残された。

それ以来、身体を目立たせない服を選ぶようになった。少し猫背で歩きはじめたのもその頃からだ。
恋愛にも臆病になった。女らしさは武器だとみな言うけれど、私には呪いのように思えた。

けれどあの夜、白と赤の衣装をまとったとき、なぜか肩の荷が軽くなった気がした。巫女装束は全身を覆い、身体の線を隠してくれる。

それでいて、人ごみの中で目を引いた。
街を歩けば、「写真いいですか?」と知らない人から声をかけられた。
カメラを向けられるたびに、私は笑った。いつもの私なら、そんなことは絶対できないのに。仮装が与えてくれた力は、まるで魔法のようだった。
胸や腰を見られているのではなく、衣装全体の雰囲気を見られている。
そう思うと、怖くなかった。

仲間と街を歩き、色んな人と会って、騒いで。
出店の光、行き交う笑い声、仮装した人々のきらめきの中で、私はずっと心が軽かった。写真に残る自分の笑顔は、いつもの私よりもずっと楽しそうで、少し眩しかった。

夜が更け、イベントの終わりに差しかかる頃。
人の波が薄れた街角で、不意に声をかけられた。
スーツ姿の中年男性だった。
「すみません、モデルのご経験はありますか?」

疑いの眼差しで見返すと、彼は名刺を差し出してきた。
芸能事務所のスカウトだという。冗談みたいな展開に、私は思わず笑ってしまった。もちろんその場で答えは出さなかった。
けれど、名刺を握る指先が、妙に震えていたのを覚えている。

家に帰り、衣装を脱いで、髪をほどいた。
鏡の中の自分は、いつもの私に戻っている。
けれど、心のどこかにまだ灯が残っていた。
あの夜、私は確かに多くの視線を浴び、それを楽しんでいた。
怖さよりも嬉しさが勝った。

名刺は机の引き出しの奥にしまったまま。
人前に出るつもりは、あまりない。けれど、鏡の前で思わず笑ってしまう自分がいる。

――あの夜の光は、たしかに私の中に残っている。

🎃

いかがでしたでしょうか。
身体をぶるりと震わせていたのは、この子です。


いいなと思ったら応援しよう!