風まかせ文芸部|ふわっとことばあそび【7月32日】/【短編】E.S.Q(エターナルセブンティーンクィーン)
i 様、いつもお題をご提供頂き有難う御座います。
今回は1900字弱の短編小説となりました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
あるところに、魔王によって侵略に脅かされた王国がありました。
魔物の力は圧倒的で、王国は敗退を重ね、命運はもはや風前のともしびでした。
そんな中、王の一人娘である王女が前線視察の折、不運にも魔王と遭遇してしまいました。
前線に一瞬の静寂が訪れました。
何ということでしょう。魔王は姫に心奪われてしまったのです。
「姫が18歳の誕生日を迎えた時、我が花嫁に迎えよう。それまではうっかり滅ぼしてしまわぬよう、王国への侵略も一時休戦とする」
姫の可憐さに心奪われた悪魔の王はそう言いました。
「悪魔の口約束など、当てになりませんわ! 正式な契約書として、この旨お約束くださいませ」
気丈にも姫は魔王に向かってそう言いました。
「ますます気に入った! よかろう。そのように取り計らうとしよう」
『おもしれー女』。魔王は嫌いではありませんでした。
王様は侵攻が止まったことに安堵しつつも、可愛い一人娘のことを思うと大変悩みました。
王女の18歳の誕生日は今年の8月1日。ほとんど猶予がありませんでした。
しかし姫は自信満々に言いました。
「我に策ありですわ!」
そう言うと文武百官を王宮に召集し、連日会議を行いました。
そして、ある法が制定・施行されました。
迎えた7月31日の翌日。
魔王は自ら王宮に乗り込んできました。余裕綽々にプレゼントの花束を持って。契約の履行を迫りました。
「姫、18歳の誕生日を心から祝福しよう。さあ、我と共に魔界へ。我が花嫁」
姫は『はぁ? 何言ってんのコイツ』という目で魔王を見ていました。
「どうした?」
訝しげに姫を見る魔王に、姫は美しいラインを描いた顎に人差し指を優雅に添え、こう言いました。「魔王ともあろうお方が異なことを仰られるのね? ワタクシ、まだ18歳ではございませんことよ?」『不思議ね』といった表情でした。
「生まれた時間を迎えていないと言う屁理屈か? 往生際が悪い。『契約書』には時間の記載はないはずだ」
「いいえ、そんなことを問題にしておりませんわ。契約は絶対です。
『王国歴725年8月1日、姫が18歳を迎えた際、魔王と結婚する。前記の契約が履行されるまでの間、魔王及び魔界は王国に対する一切の侵略行為を禁止する』
ですわよね?」
契約書を手元に手繰り寄せ、そう諳んじました。「その通り。我ら悪魔は契約が絶対のルールだ。故に疾く契約の履行を」
重々しく頷く魔王を見て、姫は花のように微笑みました。
「ですわよね。……時に天文官、今日は何日だったかしら?」
「おい、何を馬鹿なことを……」
「し、7月32日でございます……」
魔王を前に震え上がりながらも天文官が答えました。
「は?」
コキュートスから吹く風のような魔王の声に、その場が凍りつきました。
「何と言った?」
「7月32日と言ったのですわ」
腰を抜かした天文官に代わり、姫が答えました。「……よしんば今日が7月32日だとして、明日はどうなる?」
「王国歴725年7月33日ですわ。変なことを気にされますのね」
「聞き方を変えよう。8月1日まであと何日だ?」
案外理性的に会話に付き合う律儀な魔王でした。「来ません」
「はぁ?」
「王国は今後、7月を永遠に続けていきますもの。『調律の7月』
そう呼ばれていますわ」
「そんな詭弁が通用すると思ってか!!」
魔王の存在感が暴力的に膨れ上がり、あまりの存在感に居並ぶ人々が崩れ落ちていく中、姫は悠然と立ったまま切り返しました。
「あら、王国法に基づく措置でしてよ? 暦の調整は国家、ひいては生活の基盤。これが狂えば組織として成り立ちませんわ。此度は天の運行より調整が必要な、いわば閏の時。合法ですわ」
「ぐぎぎぎ……」
先ほどの冷気と打って替わり、全身を憤怒に包み、文字どおり灼熱と化した魔王が切歯扼腕していました。
「おわかりいただけましたか? では、お引き取りいただけないかしら、魔王様?」
一切の出し抜いた奢りを見せず、あくまで優雅に姫はそう言いました。
悪魔にとって契約は文字どおり命より重いものでした。魔王ですらそのルールから逃れられませんでした。
「覚えていろ!!」
魔王ともあろうものが三下のようなセリフを吐き捨て、飛び去りました。
かくして、王国は魔王軍の侵攻を退けることができました。
その後、魔王は穏健派のクーデターにより討伐され、魔界と王国は正式な平和条約を結ぶこととなり、長きにわたり平和が訪れたということです。
ちなみに姫は後に女王へ即位し、聡明な女王として後世に伝わっておりますが、魔王への義理立てか決して王配を置かず、寵愛は側仕えの女性に向けられたとのことです。
「私は国家と結婚した」
彼女は冗談混じりに言ったそうです。
彼女が17歳と12,053日のことでございました。
「オイオイ」
了
