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小説「LOVERS」星の欠片編④ 新しい時代の幕開けを告げる彗星と、神の啓示

 彗星が地平線の向こうに消えたこの日、世界が変わった――。




<さくら> 我が子からの、夢のお告げ


 それは、単なる夢で片付けるにはあまりにも鮮明なものだった。

 私はいつものように、開けっ放しのアトリエで絵を描いていた。すると、どこからともなくパタパタと足音が近づいてきて私のそばで止まった。

「ママ!」

 この夢の中では、私はその子の母親らしい。小さな女の子は、絵筆を持っている私に抱きついた。絵を描いている最中は誰にも――パートナーであるリオンくんであっても――邪魔されたくはない。しかし、彼女だけは特別のようで、急にアトリエに入ってきて話しかけられてもなぜだか平氣だった。

「どうしたの?」

「あのね、今度ね、お空から星が降ってくるんだよ。そしたらね、世界が変わるんだって」

「へぇ、そうなの。降ってくる星って、流れ星のことかな? タイミングが合えば見てみたいね」

「見なきゃだめなの! 次の水曜日。見れたら、ママたちが叶えたい夢もあっという間に叶えられるんだって。だから、みんなで見るの!」

 女の子は必死に訴えた。その表情を見る限り、嘘をついているとは思えない。

「わかったわ。それじゃあ、パパにも声をかけて、一緒に見ようね」

「わーい。ありがとう、ママ。約束だよ」

 女の子が微笑むと同時に、リオンくんの弾くピアノの旋律が聴こえた。それは、眼の前で軽やかに舞い踊る女の子の様子を表現したような音だった。



<リオン> 大いなる存在からの声 〜ピアノ曲「新たな生命への自由」〜


 その日、一つの啓示が「音」として降りてきた。梅雨のはしりの早朝。畳敷きのアトリエで一人、ピアノと向き合っているときだった。

 とてつもなく大いなる存在が、おれの中に入り込んでくるような感覚。そのあとにやってきた、ありえない情報と祝福の言葉。実際にはこのような「旋律」として体に降りてきたわけだが、それを言語化してみると、どうやら数日後に見える彗星が、世界が変わるときに現れる吉兆らしいことがわかった。もちろん、直接目にすることができなくても世界は変わる。だけど、その時間に彗星を見ようと行動することが、新しい時代の住人として受け入れられるために必要な儀式だと聞いたら、そりゃあ誰だって驚かずにはいられない。

 降りてきた旋律を思い出しながら弾いているところに、さくらが起きてきた。おはようと声を掛ける前に彼女から話しかけられる。

「……その曲、夢に出てきた!」

「え、さくらの夢に? 今、おれが弾いてたからかな?」

「それもあるだろうけど、今私、びっくりするような夢を見ていたの。聞いてくれる?」

「うん」
 さくらの夢の内容を聞いたおれは、今しがた受け取った啓示との相似点に驚き、鳥肌が立った。

「その、夢に出てきた女の子、絶対さくらのお腹に宿った子だよ。きっとその子からのメッセージに違いない。水曜日に見られる彗星、もしくは流れ星を調べてみよう」

 早速ネットで検索してみると、数万年ぶりに地球をかすめ通る彗星の情報に行き着いた。天文ファンの間では話題になっているが、一般には上がってこないような小さなニュース。それを、おれとさくらが同時に受信した――。ただの偶然とは思えない。

「世界が、変わる……」
 さくらがつぶやくように言った。

 春先に海の外で起きはじめた「世界を強制的にリセットする荒波」。それはあくまでも他人事であり、おれたちの半径1メートル以内の幸せには何一つ影響のない話のはずだった。が、ここへ来て急に、その余波がこの、東の果ての国にまで押し寄せて来るなんて、誰が想像しただろう?

 いや、いつかは必ずやってくるとわかっていた。だが、こんなにも早く「到達」するとは……。

 おれたちはこの世界に、愛と調和をもたらすための芸術活動をしている。そして、生きづらさに苦しむ人々の人生を、即興の絵とピアノとで変えてきた。実際、ここワライバのコミュニティーに属する人の多くが、おれたちの芸術に触れて心を動かされた人だ。

 でも、活動していて日々、感じていたのは、自分たちの力には限界があるということ。所詮、人間の力など微々たるもの。それでも目の前の一人から心を潤していこうと決め、今日まで走ってきた。それがいま、大いなる力によって――もしかすると我が子によって――、一氣にひっくり返るかもしれないなんて……。

「とにかく、水曜日の早朝。夜明け前に彗星が見える場所に行こう」
 こういうことは、考えても埒が明かない。とにかく行動あるのみだ。



<さくら> 暗闇に沈む世界を切り裂く彗星


 翌週の水曜、午前3時30分。どちらかが寝坊したら起こして、と言ってから床についた私たちは結局、同じくらいの時間に布団から這い出た。目をこすっていると、リオンくんに顔を覗かれる。

「ぐっすり眠れた? っていうか、行けそう?」

「あまり良く眠れなかったけど、大丈夫」
 あんな夢を見た上に、寝坊してはいけないと氣張っていたら、そりゃあうまく眠れるはずがない。だが幸いなことに、頭はスッキリしている。これなら天体観測できそうだ。

「まだ、明けきらないうちは冷えるからしっかり着込んで」

「うん、わかってる。ありがとう」
 上着を肩からかけてくれた彼の優しさが身にしみる。


***


 調べによると、彗星は低い高度に現れる。そのため、ワライバの裏手にある丘の上から観測するのが良さそうだ、ということで、ゆっくり登る。

 福岡の田舎町にあるここは、見上げれば普段から満天の星が見える。その星々の間を縫うように、輝く彗星が流れるらしい。

「肉眼でも見える? 私、目が悪いからなぁ」
 普段はコンタクトレンズをしているが、寝起きの今は以前使っていた眼鏡をかけている。ずれる眼鏡を何度も押し上げ、目を凝らす。

「町の灯りが思ったより明るいなぁ。目視するのは難しいかもしれない。でも、おれたちならきっと、心の目でることが出来る。るって言うか、感じる? ……いや、おれにもどんなふうに見えるかわからないから、断言はできないけど」

 彼も私同様に、遠くの空を、目を細めるようにして見つめる。

 すると突然、世界が真っ暗になった。
「え、なに? 何が起きたの……?」

「停電、かな……?」
 動揺する私のそばで、リオンくんは冷静に言う。
「だけどほら、天体観測には最高の条件が整ったよ」

 言われてみれば確かに、辺りがまっ暗闇になったことで空の星は一層輝きを増し、今にも落ちてきそうなほど瞬いている。いや、その星の輝く音さえ聴こえてくるようだ。

「見て、さくら! あそこ! おれの指の先の地平線!」
 リオンくんが叫ぶように言った。

 目を凝らさずとも、その光は私の目にもはっきりと映った。細く長い尾を引く、彗星と思しき物体が閃光を放ちながら地平線の向こうに消えていく。

 ほんの僅かな時間の出来事。しかし、その光は瞼の裏にはっきりと焼き付いたのだった。



<リオン> 「新たな命」は新時代を共に創るパートナー


 彗星を指差すおれの頭の中では、あの日の旋律が流れていた。ただの旋律ではない。思いつきの曲でもない。これは、神がおれたちにむけて放った慈悲の言葉が形を変えたもの。

 彗星が地平の向こうに消えるのを見送ったおれは、まぶたを閉じて頭の中を流れる旋律に、神の言葉に集中する。

『この彗星は、一つの時代の終わりを告げるもの。終わりは、始まり。この彗星を見送ったあなたたちは、新しい時代を形作る創造主アーティストとして重要な使命を果たすことになります。二人の間に宿った命はその、最初の創造物。新たな命は、新時代を生きるあなたたちを大いに助けることでしょう。小さき命は、この世界の救世主のひとりです。赤子として生まれても、決して無力、無能なものとして扱ってはいけません。神のように敬い、共に新次代を創造するパートナーとして力を合わせなさい。そうすれば、あなた方が築く黄金王国の悠久の繁栄が約束されるでしょう』

 降りてきた旋律をなぞりながら、同時通訳のように声に出して言うと、それを聞いたさくらが傍でうなずき、スケッチブックにメモを取った。

「……おれ、今なんかすごいこと言ったよな?」

「うん……。私、今は聞こえたままにメモを取ったけど、読み返してみると、ほんとにすごい」
 圧倒されすぎて、「すごい」以外の言葉も出てこない。

 取ったメモに目を落としながら、さくらが自身のお腹を撫でる。
「……この子のこと、神様は救世主って言ってた。そんな子の母親になるなんて、信じられない」

「うん。おれだってそうだよ。だけど、こう考えてみるのはどう? おれたちならこの子を、神のように敬って育てられる。それが分かっているからこうしてやってきてくれた、って」

「……そうね。それを教えるためにも、夢に出てきてくれたんだよね、きっと」
 ありがとうね、とさくらはお腹の子に語りかけた。

「……さて」
 おれは一度、氣合を入れ直して言う。そろそろ現実に立ち返らなければならない。
「おれたちの半径1メートル以内は平和そのものだけど、、町の灯りが消えたまま復活しないのは氣になるな。一時的ならいいけど、これ……」

「そうね。神様の言葉を信じるなら、もう既に世界は変わってしまったのかもしれないわ……」

「ああ……。しっかし、戻るのも一苦労だな、こりゃ。足元、氣をつけてよね? 懐中電灯、持ってくりゃよかった」

 外灯を頼りにここまで来たが、今は真の暗闇だ。さくらに手を差し伸べた時、彼女がその手を引っ込めて言う。

「……ねえ、もうちょっと待ったら夜明けだよね? 暗い夜道を戻るくらいならいっそ、ここで朝日を拝んでから戻るというのはどう?」

「お? その手があったか! だけど、寒くない?」

「私は平氣」

「じゃあ、日の出を待とうか」

 さくらの提案に乗っかり、もうちょっとだけこの場にとどまる。程なくして東の空が明るくなり、辺りの様子が見え始める。

 鳥たちが歌い、丘のてっぺんに朝日が差すと、一瞬、まるで極楽浄土にいるかのような至福に包まれる。だが、丘を降りたらきっと「終わった世界」が待っている。そこを再構築するのが、おれたちの次なる仕事だ。

 辺りがすっかり明るくなった頃、おれは腰を上げ、もう一度さくらに手を差し出す。
「さぁ、今度こそ行こう。新しい時代を作る創造主アーティストとしての使命を果たすために」

「ええ……」

 さくらも立ち上がり、おれの手を取る。暖かい日差しを浴びながら、おれたちはワライバに続く石の階段を一歩ずつ下った。


第5話「愛にあふれる、新しい世界〜天空の城のLOVERS〜」はこちら


補足:この物語は実際の天体ショーを題材にしています

本日、4月22日早朝まで、実際に日本で見ることができた「パンスターズ彗星」を題材に、物語を描いてみました。あなたはご覧になりましたか? 天体観測ってロマンがあるし、普段と違う時間に起きるのもワクワクしますよね。また、このような機会があったら空を見上げ、物語にしていきたいと思っています。同じ時間に空を見ていた方がいらっしゃったら、ぜひコメントください😊


↓ 第1話から読みたい方はこちら ↓


↓ 二人が福岡で「ワライバ」を作り上げるまでのお話。

前作「LOVERS」サクライロ編はこちら ↓


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