凡庸なソフトウェアエンジニアは,AIオペレーターになるべきか

池澤 あやか
(タレント,ソフトウェアエンジニア)
「機械が人間より優秀になったとき,人間は何をするべきなのか」.この問いは,産業革命以降,技術革新のたびに繰り返し投げかけられてきました.
2025年は,AIによる大きな転換点の年でした.私はIT業界に十年ほど身を置いてきましたが,これほど強く「自分は何をするべきか」を意識した年は,ありませんでした.
生産性の観点から見れば,開発現場でAIと共に働かないという選択肢は現実的ではありません.一方で,その使い方の最適解はまだ定まっていません.AIモデルや開発支援ツールそのものが,短いサイクルで更新され続けているからです.
この1年を振り返ってみても,私が使っているAIモデルやツールも何度も変わりました.特に,AI開発支援ツールのRoo CodeをClaude 3.7 Sonnetというモデルで使った際の衝撃は忘れられません.指示を出すと,ファイルの作成からコード生成までが自動で進みます.コマンド操作もお手の物です.こうしたツールの進化が進むにつれ,私はコードを書くソフトウェアエンジニアというよりも,日々更新されるAIを使いこなす「AIオペレーター」として働いているような気がしてきました.
では,ソフトウェアエンジニアとAIオペレーターは,何が違うのでしょうか.どちらも「安全なソフトウェアを素早く実装する」という目的は変わりません.ただ,優秀なAIオペレーターに求められる能力は,意外と従来のソフトウェアエンジニアよりも高いかもしれないと,最近私は考えています.その背景にあるのは,AIによるアウトプットの底上げです.指示を与えるだけでソフトウェアを開発する手法「Vibe Coding」によって,非エンジニアでも一定水準の成果物を得られるようになりました.しかし,実際に多くの人が使う品質のソフトウェアを開発するためには,設計や計画,レビューといった上流工程での判断力が欠かせません.
元々,優秀なソフトウェアエンジニアと凡庸なエンジニアの間には,十倍程度の生産性の差があると言われてきました.AIによって生産性が引き上げられたいま,その差はさらに拡大し,優秀なAIオペレーターとそうでない人の間には,感覚的に百倍以上の差が生まれつつあります.そうした中で,優秀なAIオペレーターとして業界で生き残る難易度は,かなり高いのではないでしょうか.
かつては,コーディングスキルを積み重ねていくことで,優秀なAIオペレーターとしての判断力も身についていきました.しかし,Vibe Codingを極めた先に,同じ道筋があるとは限りません.この断絶こそが,AI時代のソフトウェアエンジニアリングの難しさの象徴なのかもしれません.私も技術者として,AIによって個人でできることが広がることは前向きに受け止めています.しかし,「自分は本当に優秀なAIオペレーターになれるのか」と立ち止まって考えてしまうのも,事実です.
(「情報処理」2026年4月号掲載)
■池澤 あやか
1991年7月28日 大分県に生まれ,東京都で育つ.慶應義塾大学SFC環境情報学部卒業.2006年,第6回「東宝シンデレラ」で審査員特別賞を受賞し,芸能活動を開始.現在は,情報番組やバラエティ番組への出演やさまざまなメディア媒体への寄稿を行うほか,IT企業に勤め,ソフトウェアエンジニアとしてアプリケーションの開発に携わっている.著書に『小学生から楽しむ Rubyプログラミング』(日経BP社),『アイデアを実現させる最高のツール プログラミングをはじめよう』(大和書房)がある.
