映画『アジアのユニークな国』(R18+)~未だ「美しい国」になれていない国で~[配信決定]
山内ケンジ監督(表題写真左端)が「純粋社会派深刻喜劇」と標榜する映画『アジアのユニークな国』(2025年。以下、本作)の冒頭、主人公の女性(同、左から2番目)がいきなり「彼」のフルネームを告げ「嫌い」とはっきり断言したとき、満席のポレポレ東中野の空気がピリついた、と個人的に感じた。
都内に夫と暮らし義理父の介護をしている曜子(鄭亜美)は、ある政治家が嫌い。あることがきっかけで最近自宅でよくないことを始めている。夫(金子岳憲)は気がついていない。
しかし、隣家の主婦(岩本えり)が気がついているようだ。
(俳優名は引用者が追記)
曜子が自宅で始めた『よくないこと』とは、ズバリ風俗業(しかも、隣の部屋には寝たきりの夫の父親がいる)で、77分の本編の中で、曜子は客にサービスしながら、何度も何度も執拗に、如何に「彼」が嫌いかを力説する。
その話に付き合わされているうちに、冒頭にあった観客(熱心な支持者から『許さない』者まで、多様なグラデーションがあったと思う)のピリつきが、いつの間にか笑いに転化されてくる。
それは、「彼」を支持していた客(泉琢磨・表題写真右端)を出禁にし、「彼」に対する批判を口にする客(岩谷健司・同左隣)とは激しい本番行為を行い、そのどちらでもない政治に無関心な客(鈴木将一朗・同中央)には本番なしの「ヌキ」だけを行う、と、清々しいまでに断固とした曜子の政治思想(?)によるものでもある(ちなみに、もし私が客なら、「ヌキ」しかしてもらえなかっただろう)。
しかし、憎悪感を露わに批判を繰り返す曜子の言動に対する、(私のような何も考えていないダメな者を中心に、熱心な支持者から『許さない』者まで多様なグラデーションであろう)観客の笑いは、決して、彼女の頑なな政治信条に同意・同調、或いは「良くぞ言ってくれた」的称賛、またはその逆の嘲笑、ではない(と思う)。
我々観客が(自嘲気味に)同意・同調するのは、彼女の政治信条にではなく、彼女の「言葉自身」にである。
2022年7月8日、既に国のリーダーではなくなっていた「彼」が亡くなった、いや、射殺された日、熱心な支持者や『許さない』者だけでなく、私のような何も考えていないダメな者でさえ、曜子が言うように、漠然と『(何がかはわからないけれど)元に戻る(或いは、戻ってしまう)』と思ったはずだ。
その衝撃が一層大きなものとなったのは、「美しい国」を目指す日本において、そのリーダーまで務めた人物が「大衆の目の前で銃弾に倒れた」という事実によるものだが、しかし『死んでいなくなったんだから(略)世の中は……』という思いが裏切られた感じのモヤモヤが晴れないのは、(あくまで報道によるところで)犯人が自らの政治思想とは別の想いで凶行に及んだことと関係があり、それによってその後の議論の本筋が大きくブレてしまったことによるのではないだろうか。
そして、熱心な支持者や『許さない』者だけでなく、私のような何も考えていないダメな者の心の中に、『(殺されたという)不幸を喜んだから、バチがあたったのかと思った』と言う曜子と同じような罪悪感が残ってしまった。
だからこそ「彼」に対するあらゆる心情を持つ我々観客全員が、曜子に同意・同調してしまう。
『完全なる自主映画』である本作のほとんど(つまり曜子の自宅)は、ポレポレ東中野から近い(らしい)、山内監督と本作プロデューサーでパートナーでもある野上信子氏の自宅で撮影されている。
この、東京・東中野の一角の一見穏やかな住宅街でひっそり行われている『よくないこと』を告発する隣家(これも「本当の隣家」で撮影されている)の主婦が、実は「本当に正しいこと」を言っているにも拘わらず、逆に『よくないひと』として扱われてしまう不条理。
その不条理な「空気」は、権力にモノを言わせて支離滅裂な論理を強引に押し通し続けてきた「彼」こそが醸成したものではなかったか。
本作は、「彼」亡き後も未だなれていない「美しい国」こそが『アジアのユニークな国』ではないかと揶揄する所謂「政治風刺劇」を装うが、意表を突く終わり方に爆笑した我々観客は、すぐに気づく。
その終わり方然り、隣家の『よくないこと』が気になり過ぎてノイローゼになってしまう主婦然り、最終盤で涙ながらに夫に力説する曜子然り、本作で風刺されているのは実は我々であり、つまりそれこそが、「純粋社会派深刻喜劇」たる所以なのではないか、と。
メモ
映画『アジアのユニークな国』
2025年7月1日。@ポレポレ東中野(アフタートークあり)
「R18+」の本作、男性の局部の一部がモザイクなしで映っているのだが、舞台挨拶に登壇した山内監督によると『"風呂上り"ということで、映倫的には問題ない』らしい。
では「R18+」の根拠はといえば、山内監督曰く『映倫が気にしているのは、ベッドシーンで腰が動くかどうか』ということらしい。
本作では室内で住人以外の「いかがわしい行為」が描かれるが、そういえば山内監督の長編デビュー作『ミツコ感覚』(2011年)では、何故かストーカーを部屋に招き入れてしまい、彼が「いかがわしい行為」に及ぼうとする(未遂)が描かれていた。
山内監督作品としては、あまり内容を覚えていないのだが、岸田國士戯曲賞を受賞した自身の戯曲『トロワグロ Trois Grotesques』(2014年)を、舞台上演時のキャストそのままで、(舞台映像ではなく本格的なセットで)完全再現した映画『At the terrace テラスにて』(2016年)を川越スカラ座で観たことがある。
鄭亜美さん出演作
