映画『波』『網目をとおる すんでいる』『これが星の歩きかた』『三月の光』~ル・シネマ 渋谷宮下 清原惟特集「七つの合図、夢のなかで」~
『野宿がしてみたかった』
ル・シネマ 渋谷宮下で行われている清原惟特集上映の中の、短編4本-『これが星の歩きかた』(2020年、26分)、『網目をとおる すんでいる』(2018年、15分)、『波』(2017年、5分)、『三月の光』(2022年、26分)。以上、上映順-を一挙に上映するプログラム後の、トークショーで清原監督はそう言った。
そう考えると、長編最新作『すべての夜を思いだす』(2022年。劇場公開は2024年)も女性たちが団地(多摩ニュータウン)を歩き回る話だった。
「歩き回る」というのが大事なポイントで、つまり「野宿」というのは「自分の身体のみ」というイメージがある。
「歩き回る」のに加え清原監督作品で重要なポイントは、『すべての夜を思いだす』というタイトルからも明らかなように「想像する」、もっと言えば「想像によって世界を構築する」ということだ。
たとえば、『網目をとおる すんでいる』では、若い女子二人が少し遠くの河原まで散歩に出かけ、そこで白い透き通った「蚊帳」のようなテントを見つける。
透けて見えるテントの中には人はいないが、しかし、明らかに誰かがそこで生活している。
女子二人は後日、その光景を思い出し、見たことのない住人がどんな生活をしているのか想像を巡らす。そうしているうちに、二人はいつしか、そのテントで暮らしている住人になっている……
『三月の光』の主人公・莉奈は、川辺に佇み、その川の先に通じている海を想像し、「海に行きたい」と呟く。その後、ふとしたことから出会った女性ライダーのバイクの後ろに乗せてもらうことになる。
『これが星の歩きかた』は、ANA(全日本空輸)の飛行機の機内プログラムとして制作された異色作。
2020年のとある日、太陽フレアによって電波障害が発生。その影響で早めに閉店したデパートに取り残されてしまった木下花は、かつての同級生・渉と偶然再会する。スマホも使えず、閉ざされたデパートで過ごすふたり。音と光の数々が重なり夜闇をほのかに照らす、小さくも優しい一晩の物語。
「スマホが使えない、閉ざされたデパートに閉じ込められた」というのは、まさに飛行機の機内を想定したシチュエーションで、この閉ざされた(暗い)空間で、花と渉は「この世界の外」を想像する。
大きなオレンジを地球(儀)に見立てて、様々な国の位置を指し示す花。
反対に『地元から出たことがない』という渉は、『町の外は崖になっていてそこから先に行けない(或いは、町が閉ざされている)んじゃないか』と想像する。
飛行機を使っていても描くのはその室内であって、つまり、清原監督の世界の構築は、「徒歩」という身体性を伴うものである。
彼女の口から出た『野宿がしたかった』という発言は、まさに、清原監督作品の世界観を示している。
メモ
映画『波』『網目をとおる すんでいる』『これが星の歩きかた』『三月の光』(清原惟特集「七つの合図、夢のなかで」)
2025年1月27日。@ル・シネマ 渋谷宮下(アフタートークあり)
『野宿がしてみたかった』という発言はつまり、「自分は女性だから、そう簡単にそれは出来ない」という意味を含んでいる(というか、彼女はそう言った)。
清原監督作品においては、しばしば「ジェンダー」についての指摘がなされるが、これについて書くと長くなりそうだから、ここでは書かない(いつか書くのか?)。
ちなみに、本文で『清原監督の世界の構築は、「徒歩」という身体性を伴う』と書いたとおり、だから、バイクの後ろに乗せてもらった莉奈は恐らく海には行けなかったんじゃないだろうか。
