虚無に陥った時の対処法

風呂の中で声に出しながら考察をしていたら、書きたいことが出たので書きます。ハラスメントや呪いチックになるので注意が必要だと思います。

・虚無に陥る経緯
 簡単に言えば鬱的なステージにいる人間が他の依存先の否定や否定の連続で起きやすいと考えています。大体一般の人に鬱的だと伝えても表面的なことしか返って来なく、自己中心的であるため適切な対処ができる可能性は低くなると思う。

・対処法 3つ
1.自分で幸福「一体化」をする。
2.相手と一緒にgive and giveの様に幸福「一体化」をする。
3.相手による「正常化」→集約「滅」(指摘)での共同性を言う。

 1番目は、もし虚無時に凝り固まった痛みがあるとするならば、その痛みが自分を見ていると感じると集約「滅」を有した者の神に近しい存在であるため「絶対無」視点に働きかけ「流動化」が起こり、凝りが無くなるため、虚無時の痛みの対処法が可能であると考えている。
 2番目は、今の時代では誰でも出来ることでは無い一緒に「一体化」となることである。これはニュアンス的には、「一体化」の基盤に慣れさせる様なアプローチであるため、「絶対無」視点での絶対矛盾的自己同一に持ち込む可能性を秘めていると考えている。不幸「虚無」が無意識であれば、自分の価値観で解離性になってしまうと考えている。
 3番目では、共同性での指摘をすることである。例としては、どういう場面か忘れましたが、「楽しんじゃダメなんてこと無いですよ」という言葉が出てくる。しかし、共同性は本質「無」のため、様々な「関わり」又は「視点」となり、それを誤るとただの指摘となり、「関わり」装置という「呪い」のエネルギーが増大していく。

・余談
 仕事上での指摘は仕事の作業自体にグルグルと心の中で回る(呪いになる)ため、指摘の適切な使い方は仕事の場面で使えるのだろう。しかも技術を教える場合、教える側が悪魔的な存在になるため、怒りと指摘は仕事上の技術を教えるのに理にかなっていると考える。しかし、これらの構造を理解せず、ただ怒りがあるのならば子供的である。悪魔的な存在とは、自分の価値観である「社会」基盤での技術の「押し付け」や行動の「制限」を行うためである。
 ここで共同性という発散「無滅」に手を出すとハラスメントに成りかねない。技術は行動視点に当てはまるが、本質「無」との一体化である発散「無滅」の逆の収束「有滅」で勘違いの様に偽ハラスメントの対象となる。





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