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【第二十話】ゆとり世代の1987生まれが青春時代を過ごした平成についての思い出を語る【明日晴れるかな/桑田佳祐(2007年)】


2007年、僕は二十歳になった。
僕は、これまで過去ばかり振り返っていた。
そんな僕に足りなかったのは、今を生きる覚悟だった。

「青春」とはなにか。
辞書を引くと「若さゆえの輝き、未熟さ、情熱」なんて書かれているけれど、実際僕にとってはシンプルで、音楽と共に過ごした時間こそが青春だ。

「奇跡のドア」を開けるのは僕だ。
僕はその鍵を手に入れたいと、願っていた。

そう、僕は懐古厨だ。
でも、この懐古があるからこそ、今の僕があるのだと思う。

懐古厨のゆとり世代と、この気持ちを分かち合うために、このnoteを書き上げる。


プロポーズ大作戦と僕

「明日晴れるかな」は、ドラマ「プロポーズ大作戦」の主題歌だ。


※「プロポーズ大作戦」は、主人公(山下智久)が好きだった幼なじみ(長澤まさみ)が別の男性と結婚してしまうことから始まる物語だ。
結婚式場の神様(妖精)の力で過去に戻り、やり直すチャンスを得る主人公。しかし過去を変えることの難しさや、自分の弱さに向き合う姿が描かれていた。誰もが「自分もあの時に戻れたら」と思わせる、切なくも希望に満ちたドラマだった。

僕は、当時から「プロポーズ大作戦」が大好きだった。
というより、今でも大好きだ。

失敗して落ち込んだり、自分の人生と向き合いたいと思ったりするたびに、僕は「プロポーズ大作戦」を観ている。
それほどまでに、僕の人生に影響を与えてくれた物語だった。

なぜ、僕はここまで「プロポーズ大作戦」が好きなのか。
過去を振り返り、「あんなことあったな」という「エモさ」が感じることも、僕にとっては印象的だ。
特に、青春を振り返ると同時に、今を生きようとするメッセージ性に強く共感している。
もちろん登場人物の一人ひとりが魅力的だったというのもあるが、たぶんそのセリフ一つひとつが僕の心を揺さぶっていたのだと思う。

以下は、僕が大好きな台詞だ。

奇跡の扉を開ける鍵は誰の手にも握られている。
ただ、それに気付く人はほんの僅かしかいない。
運命を変える程の大きな奇跡はそうそう訪れない。
変えたい、と思う小さな一歩を重ねることで、いつの日か奇跡の扉は開く。

「プロポーズ大作戦」第一話より引用

「今度やろう」は馬鹿野郎、「明日やろう」も馬鹿野郎だ。

「プロポーズ大作戦」第五話より引用

大事なことは、過去を嘆く今ではなく、今を変えようとする未来への意志だ。

「プロポーズ大作戦」最終話より引用 


当時の僕は、「プロポーズ大作戦」と大学生活を重ねていた。
ドラマのエンディングで、山下智久と長澤まさみが教室や結婚式場で葛藤する姿に重なるように「明日晴れるかな」が流れてくる。
あの瞬間、画面越しに自分の弱さや後悔を見透かされた気がしたのだ。

いつまでも変わることの出来ない僕。
孤独やトラブルを神様のせいにして、「これが運命なのだ」と一人で悟っていた僕。
いつまでも「明日やろう」と先延ばしにしていた僕。
過去ばかり振り返っては、後悔ばかりしていた僕。

そんな僕にとって、「明日晴れるかな」も「プロポーズ大作戦」も、今でいう大谷翔平ばりの160キロを超える直球で、心を打ち抜かれたようだった。

変わりたいーーー
僕はプロポーズ大作戦を観て、強くそう願っていた。


ラーメン・つけ麺

2007年は、東池袋大勝軒の閉店が話題になり、濃厚魚介系のつけ麺が一気に市民権を得た年だった。

この年、僕の中でもラーメンブームが到来した。
僕は、キャンパスが都内になったことをきっかけに、多くのラーメン店に足を運んだ。

当時はつけ麺がブームの時代。
特に、濃厚魚介スープのつけ麺は、どこの店も流行っていた。
僕は、都内でも有名なつけ麺を食べに、いろんな場所へ行った。

当時は、今ほどグーグルマップや食べログが発達していなかった時代。
インターネットでヒットしたラーメンブログを頼りに、雑誌やテレビで観た憧れのお店へ行くのが定番だった。

人気店ほど行列に並ぶのが常で、店内に入るのに1時間以上かかるのは普通だった。
まだまだ孤独だった僕は、一人で行列に並ぶ。
音楽を聞きながら、小説を読んで並ぶのが僕にとっては定番化していた。

並んだ時間だけ、期待感は高まる。
時には「これだけ並んだのに」という絶望を味わうこともある。

大盛りを頼んで、つけスープがなくなったこともある。
トッピングの「すだち」をいつ絞っていいかわからず、最後まで使えなかったこともある。

僕は、今でもラーメンが好きだ。
僕のラーメン好きの原点は、ここにあったのだと改めて気がついた。



ほんの少しの勇気

2007年の春。進級に伴いキャンパスが変わった僕は、環境の変化に便乗して勇気を振り絞ることにした。
確か、あれは初めて受けた選択授業の時。
始業前に、隣に座っていた同級生二人組に話しかけてみた。
どんなことを話したかははっきりと覚えてはいない。
確か「教科書を買ったか」とか、「どんな先生なんだろうか」とか、そんな他愛もないことを話したような気がする。
そして、授業が終わったあとにも、「授業はどうだったか」的な雑談をしてみたのだ。
話の中で、そのうちの一人が僕と同じ講座を受講していることを知り、流れで講座に一緒に参加することになった。
そして、その講座で同級生の知り合いを二人紹介してもらい、同じ授業の時には一緒に受けるようになった。
そして、僕たち4人は共に昼食を食べるような仲になった。
大学の近くにある食堂へよく行った。
午後に授業がない日は、人気のラーメン店まで足を延ばして行列に並び、ああでもないこうでもないと批評したものだ。

確か、僕たちの初めての遠征は「つけ麺TETSU」だった気がする。
※濃厚魚介つけ麺の代表格で、冷めたスープを暖め直すのに焼き石を入れることで有名。
今ではチェーン店化が進行し、どこでも食べられるようになったけど、当時は「千駄木」に本店があった。
確か、着丼するまで1時間半以上まった記憶がある。

みんなで行列に並びながら駄弁っているとき、僕は大学に入学してから初めて「充足感」を感じたことを鮮明に覚えている。



僕は、彼らに救われた。
今でもそう思っている。

僕たちは、大学卒業後に「食い倒れ会」という会を結成した。
今でも定期的に「食い倒れ会」を開催し、美味しい食べ物を肴に、当時の思い出を語り合っている。


今を生きる未来への意志

「過去を嘆く今よりも、今を生きる未来への意志が大切だ」。
この台詞は、僕にとって大切な言葉になっている。
後悔しないように、そして未来を切り拓くのはいつも今の自分なのだ、と肝に命じている。

大学2年になり、僕は「ぼっち」から卒業した。
今振り返れば、あの時のほんの少しの勇気が、今を彩っていると、僕は確信している。

「明日晴れるかな」の歌詞には「あの日の僕を愛するために、思い出は美しくある」といったフレーズがある。
これこそが、懐古厨である僕の原点なのだ。


■第0話(イントロダクション)はこちら。

■まとめ記事はこちらから。

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