【第二十九話】ゆとり世代の1987生まれが青春時代を過ごした平成についての思い出を語る【RPG/SEKAI NO OWARI(2013年)】
「人生はロールプレイング」。
ドラゴンクエストのゲームデザイナーで有名な、堀井雄二氏の言葉だ。
「青春」とはなにか。
辞書を引くと「若さゆえの輝き、未熟さ、情熱」なんて書かれているけれど、実際僕にとってはシンプルで、音楽と共に過ごした時間こそが青春だ。
今振り返れば、僕の人生もロールプレイングだと実感する。
いくつになっても、あの時仲間と感じたワクワクやドキドキを忘れたくないと思う。
そう、僕は懐古厨だ。
でも、この懐古があるからこそ、今の僕があるのだと思う。
懐古厨のゆとり世代と、この気持ちを分かち合うために、このnoteを書き上げる。
手段と目的を一緒にしないで
「RPG」はSEKAI NO OWARIが2013年にリリースした楽曲だ。
僕は、彼女からSEKAI NO OWARIを猛プッシュされて聞き始めた。
その時初めて聞いた曲が「RPG」だった。
ドラクエやポケモンといった「RPG」が好きだった僕は、この曲の世界観に没頭していった。
僕らは、よくカラオケやドライブでSEKAI NO OWARIを聞いて盛り上がっていた。
確か、彼女からの勧めでSEKAI NO OWARIのライブへ行ったのもこの頃だった。
さいたまスーパーアリーナで、初めて見たSEKAI NO OWARIのライブ。
僕たちはライブの予習をしすぎていて、最初に流れてきた「スターライトパレード」で背筋がゾワゾワした記憶がある。
「虹色の戦争」のサビで最後のタメ、からのキャー!
「Death Disco」のクエスションでながれる水の演出と癖になるピアノの旋律。
「Love The Wars」で実感するラブ&ピース。
そして、「RPG」のイントロから盛り上がる。
演出を含めて、まるでライブテーマである「炎と森のカーニバル」に入り込んだかのようだった。
僕らは3階席に座り、落ち着いて演奏に聴き入っていた。
ライブの光と音の演出と、会場の一体感は僕の心の奥底にある鼓動を震わせていた。
あの瞬間、僕はSEKAI NO OWARIのライブに登場する人物の一人になったような感覚に陥っていた。
話は変わって、僕はRPGで好きなフレーズがある。
「方法」という悪魔にとり憑かれないで
「目的」という大事なものを思い出して
僕はドラクエにしてもポケモンにしても、方法(手段)に熱くなってしまう傾向があった。
レベル上げやレアアイテムの取得、はたまた貴重なポケモンなどを捕まえるためにひたすら時間をかけるタイプだった。
その結果「目的」を見失い、クリアできずに途中でゲームを放り投げてしまうことがしばしばあった。
仕事でもそうだった。
僕はしばしば視野が狭くなり、自分の話していることが手段なのか、はたまた目的なのかがわからなくなることがあった。
僕が最も尊敬するドラクエ好きの上司は、そんな僕に対してドラクエでの例え話をしながら「手段と目的を意識してごらん」と優しく促してくれたことを覚えている。
僕にとって上司は、迷える子羊を導くような勇者のような存在だった。
RPGを聞くと、彼女と行ったさいたまスーパーアリーナでのライブと、尊敬する上司の姿を思い出すのだった。
スマートフォンかもしれない
2013年の僕は、いまだにガラケーを使っていた。
そして当時の僕は、スマートフォンへの機種変更を極端に嫌がっていた。
その理由は単純で、未知への恐怖だ。
フリック入力ができないかもしれない。
スマートフォンが大きすぎて扱いきれないかもしれない。
落としてすぐに壊れてしまうかもしれない。
LINEへ登録してくれるともだちがいないかもしれない。
僕の中にある「かもしれない」怪獣が、スマホへの切り替えを邪魔していたのだ。
ヨシタケシンスケの絵本かよ。
ガラケーで鍛えたタップ入力に対し、無駄に自信があった僕は、ガラケーの方が便利じゃね?とも思っていた。
しかしながら、スマホの波は強力で、世間一般ではLINEを始めとしたSNSでの連絡手段が主流になっていった。
彼女からもLINEで連絡したいから早く変えろとプレッシャーをかけられ、結局僕は約10年に及ぶガラケーを卒業し、スマホへ機種変更した。
ソニー信者だった僕が最初にスマホを選んだのは、「XPERIA」シリーズだった。
以来、10年以上「XPERIA」シリーズを買い続けている。
※最近限界を感じてiPhoneにした。
僕は、最初にスマホを手に取った日のことを強く覚えている。
…重いぞ。
そして、どう持つのだ?
指紋もすぐに付くし、扱いづらいな。
そんな感想だった。
けれども、スマホでYouTubeやアプリゲームを気軽に楽しめたことは救いだった。
あんなに不安だったLINEも、あっという間にともだちが増えていった。
あんなに嫌がっていたフリック入力も、なんなくこなせるようになった。
僕は「ドラクエウォーク」というスマホゲームをリリース当初からプレイし、いまだに楽しんでプレイしている。
きっとあのままガラケーにこだわっていたら、ドラクエウォークにも出会うことはなかっただろう。
人生とボウリング
当時の僕は、ようやく仕事の楽しさを実感していた。
そのきっかけは、職場でのボウリング大会だ。
僕の職場では、毎年忘年会の日は、1次会としてボウリングを楽しみ、その後ボウリング場の近くにある居酒屋で宴会がスタートするのが定番化していた。
そして宴会の中で、ボウリング大会の表彰式が行われるのだ。
新人だった僕は、スコア200オーバーの大先輩をみて驚愕したことを覚えている。
これがガチ勢か。
以来、年末が近づくと、仕事終わりにボウリングの練習をするのが習慣になっていた。
こうした背景の中、2013年は僕の会社全体の親睦会の枠組みの中で、同期や職場などの有志でチームを組むボウリング大会が初めて開催された年でもあった。
僕は職場の先輩・後輩とチームを組んで、大会に挑んだ。
ボウリングはメンタルスポーツだ。
練習でいくらいいスコアが出せても、本番で出せなければ意味がない。
僕はプレッシャーに弱く、会社全体のボウリング大会ではスペアが全く取れなかったことを覚えている。
最終的には2ゲーム平均のスコア110という散々な結果に終わった。
けれども、仲間たちが高スコアでカバーしてくれたおかげでボウリング大会で入賞し、ハーゲンダッツの商品券をいただいた。
チームで結果を出せたことは本当に嬉しかったし、不甲斐ない僕を救ってくれた仲間には感謝しかない。
しかしボウリング大会の翌日。
大会を企画していた担当者から連絡があった。
「スコアの計算が間違っていた。本当はあなたのチームは入賞していなかったことがわかった」と、申し訳なさそうに謝罪してきた。
続けて、「ハーゲンダッツ商品券を正しい入賞チームへ渡したいので返却してくれないか」と持ちかけられた。
そんな馬鹿な。
僕たちは、ボウリング大会の打ち上げですでにハーゲンダッツへ替えてしまった分の商品券以外を返却することになった。
商品券を受け取りにきた担当者は、生気の抜けきった青ざめた顔で申し訳なかったと、お詫びにとケーキを持参してくれた。
僕は、あのときの青ざめた担当者の顔を、いまだに忘れることができない。
この出来事以来、僕はボウリングにのめり込むようになった。
忘年会に関係なく、職場の先輩や後輩を引き連れて、職場近くのボウリング場へ繰り出した。
そして、忘年会前には、昼休みの僅かな時間を活用し、本番を想定して一人1レーン使って2ゲーム勝負をした。
今振り返ると、僕は完全にボウリング中毒だった。
仲間たちと切磋琢磨することで、僕自身のボウリングスキルはメキメキと向上した。
僕たちはハウスボール派だったので、当然カーブボールは投げづらい。
けれども、ピンではなく「スパット」という三角形のマークを狙い、「ポケット」という1番手前のピンとその隣のピンの間を狙い、角度をつけて投げると、面白いようにストライクが取れた。
また、対角線上に立ち位置を取ることで、「スプリット」と呼ばれるピンとピンが離れているケースのスペアも取れるようになった。
結局、僕は職場を異動するまでの間に、ハイスコア200を出せるまで成長した。
これがガチ勢だ。
こんなにも成長できたのは、職場の仲間のおかげだ。
前日、あるいは当日といった突発的な誘いだったにも関わらず、僕が主催するボウリングへ本当に多くの仲間が参加してくれた。
ハウスボールなのに、カーブ投げが超絶上手いやつ。
残ったピンに応じて、ボールの重さを変えるやつ。
横回転投げを「ガメラ」と名乗る後輩。
投球の順番を忘れてしまい、トイレに行くやつ。
そして待たされる僕たち。
隣のレーンと同時に投げないような配慮。
ボールや手についたオイルに敏感で、やたら布でボールを磨く。
ストライク取ったあとの投球で、ガーターを出してこれまで積み上げたスコアを台無しにする僕。
そして、ボウリング場で食べるSEVENTEENアイスの美味いことのなんのって。
ボウリング場の出来事すべてが、僕にとって思い出だ。
人生はロールプレイング
新人時代に配属された職場で行われた、僕にとっては最後の忘年会で開催されたボウリング大会。
僕は今までの練習の成果を出し、平均スコア170を叩き出したが、優勝には届かなかった。
悔しさが滲むというよりかは、清々しい気持ちとともに、心に穴が空いたような気持ちになった。
その時僕は気がついた。
僕はボウリング大会で優勝したかったのではない、仲間たちとボウリングがしたかったのだ、と。
SEKAI NO OWARIの「RPG」を聞くと、あの頃熱中していたボウリングと仲間たちを思い出す。
今になってこそわかる。
手段が目的になってもいいんだ。
それが人生だ。
人生はロールプレイング。
堀井雄二氏はこう言った。
人それぞれに目標や目的が違ったっていい。
人生山あり谷ありだけど、楽しんだもん勝ちだ。
去年の夏。
僕はボウリング仲間の一人が退職するとのことで、久々にいつものボウリング場へ行った。
怠けきった体で、あの頃のキレは出力できなかった僕だったけど、染み込んだフォームや投球ポジションは体が覚えていた。
今では懐かしい11ポンドのハウスボールを投げるたびに、あの頃の記憶が蘇るようだった。
またみんなでボウリングしような。
そう言って別れた僕たちは、再び集まることができるのだろうか。
いつの日か、またボウリングできる日を夢見て、僕らはまたでかけよう。
人生という名のロールプレイングに。
■第0話(イントロダクション)はこちら。
■まとめ記事はこちらから。
