【最終話】ゆとり世代の1987生まれが青春時代を過ごした平成についての思い出を語る【前前前世/RADWIMPS(2016年)】
街中や商業施設で。
YouTubeやテレビ、SNSで。
ふとした瞬間に流れてくる音楽が、僕の涙腺を崩壊させる。
そういうことが、時々ある。
「青春」とはなにか。
辞書を引くと「若さゆえの輝き、未熟さ、情熱」なんて書かれているけれど、僕にとっての青春は単純で、音楽と一緒に過ごした時間だ。
あの時出会った音楽や仲間、失恋や挫折。
その全部が僕の成長の糧となり、今の僕を作り上げている。
それを確かめるために、僕はこうして青春の足跡をたどっているのだと気がついた。
そう、僕は懐古厨だ。
この懐古があるからこそ、今の僕が存在している。
懐古厨のゆとり世代と、このnoteを応援してくれた仲間と、そして僕の妻と。
みんなとこの気持ちを分かち合うために、最終話を書き上げる。
■僕とRADWIMPS
「前前前世」は、2016年公開の「君の名は。」の主題歌として、国民的大ヒットとなった。
でも、僕とRADWIMPSの出会いはさらに遡り、2006年から始まった。
大学時代。
TSUTAYAでCD販売を担当していた僕は、店内POPやBGMから流行を把握していた。
その時、「RADWIMPS 4 〜おかずのごはん〜」がスマッシュヒットしており、「おかずをあーんしている」ジャケットのCDを何十枚も売り渡した記憶がある。
こんなに人気なら…と僕は興味本位でアルバムを借りて帰った。
iPodで再生したその瞬間、野田洋次郎の透き通る歌声と歌詞が僕の涙腺をノックした。
「me me she」で僕の女々しさを嘆き、
「有心論」でもう一人の僕とともに前を向き、
「いいんですか?」で誰かを信じたくなった。
そして「夢番地」でいつか見た夢の上に立つ姿を想像した。
気づけばRADWIMPSは、僕の青春に寄り添ってくれていた。
ぼっちの時も、友達ができたときも。
初めて彼女ができたときも、夢に向かって努力する時も。
僕はRADWIMPSの音楽とともに乗り越えてきた。
■20周年トリビュートアルバム
先日、RADWIMPS20周年のトリビュートアルバムがリリースされた。
その1曲目の情報として公開されたのが、上白石萌音がカバーした「25コ目の染色体」だった。
曲名を見た瞬間、僕は「あれ、どんな曲だっけ?」と記憶が抜け落ちていた。
あんなにも好きだったRADWIMPSの音楽を日常が上書きしている事実に戸惑いながら、
僕は家に帰って早々、Alexaに再生を依頼した。
曲名を伝えるだけで再生できる、本当に便利な世の中になった。
流れ出したアコギのイントロ。
英歌詞のサビ。
まっすぐなラップの歌詞。
僕は曲が終わると瞬時にAlexaにリピート再生を依頼し、その歌詞をググった。
歌詞を見た瞬間、僕が忘れていた感情が一気に戻ってきた。
ぼっちだった大学1年の時、誰もいない空き教室で一人コンビニ飯を食べながら聞いた。
初めて友達ができた日、無理して食べたラーメン二郎からの帰りの電車でイヤホンから流れてきた。
思いを寄せていた子とバイバイしたあとの線路沿いの帰り道、僕は思わず口ずさんだ。
夢に向かって勉強していた図書館で、開館までの朝の待ち時間によく聴いた。
青春時代の全部が一度に押し寄せてきて、
気づけば僕は涙を流していた。
そして同時に、娘の顔が浮かんだ。
あれから20年経って、僕は父になった。
妻に似ていて、でもどこか僕にも似ている、小さな命。
「25コ目の染色体」が奏でる『未来の家族』の情景が、まさかこんな形で自分の人生と重なるとは思っていなかった。
今の僕が『幸せ』だと胸を張って言えるのは、あの日RADWIMPSと出会い、あの頃の僕が必死に生きていたからだ。
ハッピー運もラッキー運も、どうか娘に引き継がれていますように。
娘の寝顔を横目に、そんなことを願いながら、
僕はこの最終話を書く。
■僕と新海誠
同じく20年前の2006年。
僕が新海誠を知ったのは、友人に勧められて観た「秒速5センチメートル」が最初だった。
アニメというよりかは、むしろ現実の方が近いリアルな世界観が、僕の胸の奥をひどく掻きむしった。
初恋の痛みとどうにもできない距離。
そして取り残される感覚。
気づけば翌月には聖地巡礼に出て、主人公・遠野貴樹になりきっていた。
向かいのホーム。
路地裏の窓。
視界に映るすべてに、本来いるはずのない人を探してしまう。
山崎まさよしの世界観かよ。
これが、僕と新海誠の物語の「最初の出会い」だった。
■君の名は。の衝撃
RADWIMPSも新海誠も好きだった僕。
映画館で不意打ち的に流れた新海誠feat.RADWIMPS「君の名は。」の予告編を観た僕は、その1分30秒の合間で世界観に引き込まれた。
こういう映画を待っていたんだよ。
公開されたのは、夏の終わり。
残暑の熱気が残る新宿の街で、僕は彼女とともに公開週の土日に新宿ピカデリーへ足を運んだ。
ロビーは超満員で、上映前から観客の期待と緊張感が伝わってくるようだった。
笑いを誘うコミカルな展開と、物語が進むに連れて暗転していくシリアスさのギャップ。
そして、視聴者の予想を裏切る時空のズレと真相。
美しすぎる映像とRADWIMPSの音楽。
片割れ時。
現代の瀧と過去の三葉が出会い、失われていく記憶の中叫ぶ「君の、名前はーー」。
忘れないように書いた「好きだ」の文字。
その瞬間、僕の心の中で溜まっていた何かがゆっくり崩れ落ちて頬を伝った。
エピローグで流れる「なんでもないや」とエンドロール。
暗がりの映画館からは、自然と拍手が起こった。
そして僕も、心の中で静かにスタンディングオベーションを送った。
■誰もが口ずさんだ「前前前世」
「君の名は。」は公開から瞬く間に社会現象化し、最終的には興行収入250億円を突破した。
そして作品を彩ったRADWIMPSも、一気に『国民的アーティスト』へと駆け上がっていった。
街を歩けば、どこからともなく「前前前世」が聞こえてくる。
コンビニでも、テレビでも、SNSでも。
カラオケに行けば、順番が回ってくるたびに誰かが「やっと、目を覚ましたかーい」と言って歌い始める。
そんな光景を眺めながら、僕はどこか誇らしい気持ちになっていた。
――RADWIMPSは、僕にとって『前世』から知っている大切な存在なんだ。
誰もが口ずさむあの曲が、自分の青春を支えてくれたアーティストのものだと思うと、胸の奥がじんわりと熱くなっていったことをよく覚えている。
■僕にとっての「君の名は。」
「君の名は。」の舞台の一つとして描かれた街、新宿。
振り返ると、僕の青春のページは、いつも新宿が舞台になっていた。
思いを寄せていたあの子と、新宿でデートをした日。
新宿初心者の僕を置き去りにするように、颯爽と歩いていく彼女の後ろ姿に見とれていた。
買い物をして、カフェで喋って、映画を観て。
あの時間は、僕にとって甘くて切ない果実のような一時だった。
大学3年の冬、僕は新宿西口にあった資格試験の予備校で模擬試験を受けていた。
昼休み、周りを見渡すと知っている顔を見つけた。
それは、別れたばかりの彼女だった。
恥ずかしさと気まずさを抱えていた僕は、ついに声をかけられずに帰宅した。
そのことを後悔していた僕は、帰りの電車であの子の姿を探していた。
もしかしたら同じ電車に乗っているかもしれない。
僕は瀧と三葉が電車のドア越しで運命的に出会うくらいの奇跡を期待したけど、再び出会うことはなかった。
社会人になってからも、新宿は僕の居場所だった。
特に、彼女、今の妻との思い出が詰まった新宿ピカデリーは僕たちの定番デートスポットだ。
新宿駅南口で待ち合わせて映画を観た。
映画の待ち時間を、ピカデリーの目の前にある紀伊國屋書店本店で潰した。
映画を観たあとは、決まって東京純豆腐でご飯を食べた。
純豆腐を食べながら映画の感想をおしゃべりする時間が、僕は好きだった。
彼女と人狼TLPTの舞台を観るために、何度も通った「新宿村LIVE」と近くのサンマルクカフェ。
観劇の帰り道にある新宿警察署裏の交差点と、新宿駅西口へ向かう歩道橋は「君の名は。」の聖地だ。
僕らは瀧と三葉になりきって「君の、名前は!」とお互いの名前を叫びあった。
アオハルかよ。
気がつけば僕は新宿を完全に知り尽くしていて、地上からも、地下からも容易に目的地にたどり着けるくらい成長した。
デートで必死についていったあの日の僕はもういない。
新宿なら、妻とともにどこへでも行ける。
「君の名は。」を観るたびに、僕は青春時代を過ごした新宿の景色と重ねてしまう。
僕は、自宅と職場を結ぶ乗り換え先として、いまだに新宿駅を利用している。
新宿駅の南口改札を通るたびに、いるはずのない妻の姿を探してしまう。
ずっと、誰かを探していた。
「君の、名前はーー。」
二人でそう叫び合った青春は、僕たちの心の箱の中に大切にしまってある。
■再び訪れた飛騨高山・聖地巡礼
「君の名は。」を初めて観たとき、胸の奥にひっかかった『既視感』があった。
瀧が三葉を探して歩いた、あの街並み。
行ったことがあるような、ないような。
まるで「前前前世」から記憶があったように、喉の奥に刺さった小骨のような違和感を確かめるために、僕は検索窓に指を走らせた。
「糸森町 モデル」
すぐに、舞台のモチーフが岐阜県飛騨市、特に飛騨古川駅周辺だと知った。
そして思い出す。
そういえば――
僕は1年前、食い倒れ会で飛騨古川の旅館に泊まっていたのだ。
その冬、僕は改めて飛騨古川を訪れた。
陸橋から見下ろす高山本線。
瀧が訪れた図書館。
古い町並みを照らす夕暮れの街灯。
どこもかしこも薄く雪が積もり、映画の世界がそのまま広がっていた。
iPodから流れる「君の名は。」のサントラと、白い息。
僕は自分が物語の中に交じってしまったような錯覚を抱きながら歩いた。
そして、1年前とは違う光景がそこにあった。
観光客。
みんな同じ道を、同じように辿っている。
僕と同じ、映画に心を動かされた人たちだ。
「ああ、みんなも誰かを探しているんだな」
そんな連帯感のような一体感が、胸の奥で静かに温もりへと変わった。
振り返ると、僕にとって聖地巡礼は「旅」そのものだった。
作品の舞台を歩く旅であり、同時に、自分が歩いてきた時間を確かめる旅でもあった。
小学校の欅。
暗黒時代の中学校と、僕を変えてくれた美容室。
部活で泣き笑いした陸上競技場。
そして、大学へ向かうあの電車。
どれも、かつての僕が息づいている『聖地』だ。
気づけば、僕はずっと聖地巡礼をしていた。
過去をなぞり、今を確かめ、未来へつなぐために。
だからこそ、「君の名は。」の物語は胸に刺さったのだと思う。
誰かを探す旅。
そして、巡り合う奇跡。
娘がもう少し大きくなったら、僕はきっとこう言うだろう。
「『君の名は。』一緒に観ようか」
そして新宿へ、飛騨古川へ、家族で旅をしたい。
僕と妻が歩いてきた物語を、娘にもそっと手渡すために。
娘は、いつものように、
「じゃあ、行こっか!」と言ってくれるだろうか。
それだけが、今の僕にとってのささやかな願いだ。
■青春とは何か
青春とは何か。
この問いに向き合うことになったきっかけは、妻のひと言だった。
「もっと私のことを知ってほしいし、私も知りたいのに、いつもあなたは逃げる。」
その一言は僕の心に抱えていた真相を見抜いているようで、真正面から突き刺さった。
僕は、自分のことを話すのが苦手だ。
知ってほしい気持ちはちゃんとあるのに、いざ向き合おうとすると、なぜか引っ込めてしまう癖があった。
自分の過去も感情も、不器用な部分も含めて、ぜんぶ晒してしまうことが、僕は怖かった。
そんな自分の弱さごと、僕は好きになれないでいた。
だからこそ、僕はnoteで青春を語ることに決めた。
懐古は、単なる思い出話ではない。
それは心の奥底にしまい込んできた、言葉にならない感情を掘り起こす作業だった。
そして、「平成」というキーワードを通してなら、やっと自分を語れる気がしたのだ。
思い返してみれば、僕の青春はいつだって感情の揺さぶりの連続だった。
出会い、別れ、挫折、喜び。
その全部が、あの頃の僕を確実に前へ押し出してくれていた。
そして感情の揺れのバックボーンには、決まって音楽が寄り添っていた。
平成を彩った曲を聴くと、青春の景色とともに僕の心の揺さぶりが鮮明に、一瞬で甦る。
僕が懐古厨になった理由は、それだけ身近に音楽という存在があったからだ。
改めて問う。
青春とは何か。
僕にとって青春は、
音楽とともに過ごした時間だ。
あの時間があったからこそ、僕は成長していたのだと、ようやく気がついた。
過去と向き合うたびに、今を生きる僕は、未来へ向けてもう一歩踏み出せる。
小学校の卒業式の日、恩師に言われた「胸を張って、堂々と」。
あの言葉を、本当の意味で自分のものにできるのは、過去の自分ときちんと向き合えた時なんじゃないかと思う。
このnoteを書き上げた今だからこそ、僕は「自分」に向き合い、少しだけ好きになることができるかもしれない。
平成の頃に聴いていた音楽は、令和になった今、すっかりと形を変えた。
家庭を持った僕にとっての日常の音楽は、RADWIMPSをはじめとした90年代〜2010年代J-POPから、娘のお気に入りのキッズソングに変わった。
ドライブのとき、カーステレオから流れる曲は、「おかあさんといっしょ」や「アンパンマン」ばかりで、その度に娘が後部座席で笑いながら歌っている。
きっと10年後、「アンパンマンのマーチ」を街で耳にしたら、僕と妻はあの時娘が口ずさんでいた光景を思い出して泣くんだろうな。
青春は、あの頃のものだけじゃない。
いまも続いているし、きっとこれからも続いていく。
過去と、今と、未来をつないでくれる音楽とその思い出を、僕はこれからも更新し続けるだろう。
懐古厨のゆとり世代と、このnoteを読んでくれた仲間へ。
そして、背中を押してくれた妻へ感謝を込めて。
これにて、僕の青春の思い出語りは一度、お開きとさせていただきたい。
ありがとうございました。
■第0話(イントロダクション)はこちら。
■まとめ記事はこちらから。
