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ぐいぐい猫のメンタル日記1 大丈夫は大丈夫じゃない

日本語の定型会話によくあるやり取りが、自分でも気がつかないうちに自分の本音を押し沈めてしまうことがよくあります。その代表例がこれです。

「大丈夫?」
「はい、大丈夫です」

たとえ全く大丈夫じゃなくても、きっと誰もがこう聞かれたら反射的に「大丈夫です」と答えてしまうはずです。「大丈夫」以外の定型解答例が存在しないという文化的事実に背中が冷え冷えとしますが、誰もが同じようにそう答えるのは、「大丈夫?」という質問の真の意味が「大丈夫という返事を聴かせておくれ」なのだと、みんな正確に理解しているためです。この質問を投げかけた者が、本当は回答者を気にかけるよりも、自身に影響が及ばないことを確認したいだけであり、この質問が発せられた瞬間に回答者には「私はあなたに迷惑をかけることはしないので安心してください」と誓う義務を負ってしまうからなのです。

すなわち、問題をすくいあげるのに全く役に立たないこのひとセットのコール・アンド・レスポンスは、運動会の開会式の選手宣誓と同種の非常に形式的な演劇であり、そして相手の免責を保証する言質を与えて自らを生け贄として差し出すことを強制する酷薄な儀式にすぎないのです。頭ではそうと分かっているのにそれでもその予定調和を完成させたくなるこの気持ちは一体何なのでしょうか。それが何であれ、果てなく虚しい徒労感と底なしの孤独感がつきまとっているのは確かです。

そしてより深刻なのは、そのときあなたの本心は無念にも心の奥底に封印されるという点です。しかも冷凍保存ではなく常温保存なので、時間と共にあなたの浮かばれない本心は腐敗を進めて不満と怨念の放出を強め、あなたの心の中の圧力を上昇させます。それを放っておけばいつかあなたの心は破裂するでしょう。あなたの心にとって毒でしかありませんので、もし大丈夫ではないなら、「大丈夫」と答えるのはやめた方が良いです。

でも、どうすれば「大丈夫」以外の答えを返せるのかって?

素晴らしい問いですね。その問いを出発点にすることで、あなたはあなたの本心を満たす生き方に針路変更することができるでしょう。私はこの新シリーズ『ぐいぐい猫のメンタル日記』をその一助になりたいという願いとともに執筆します。よろしければぜひ一緒に、可愛い猫にぐいぐい引っ張られながら幸福な裏道を歩いてみませんか?

どうもこんにちは!苺の庭文庫です。

つい前回『リワーク日記』を完結させて「またいつかどこかでお会いしましょう」とか書いたばかりなのに、わずか1週間後に前と同じ調子で再登場となりました。予告通り新シリーズの開始です。どうぞ引き続きお引き立てを賜りますよう何卒よろしくお願い申し上げます!!

まあ、名前は変わっても中身は変わりません。今までと同じです。リワークは完全卒業したのでリワークについての新たな話題は書けませんが、リワークでの経験談はこれからも書くつもりです。その他、気になる休職中のあれこれも。

と、何だか先輩風を吹かせていますが、私はまだ毎日お薬を飲んでいる「現役患者」にすぎません。『相棒』の大河内監察官並みの「ピルイーター」です。むしゃむしゃ、ばりばり。リワークは卒業しても、うつ病は卒業していません。全然「大丈夫」ではありません。ですから、あくまでひとりのメンタル疾患を抱えた社会人が、それでも自らの幸せな暮らしのために日々奮闘しながら、その中で得た経験や知識や考え方を皆さんにシェアしていくお話だと思ってくださると助かります。

さて私自身、どれだけの「大丈夫じゃない」をお腹の底に沈めてきたことでしょう。どれだけの人を免責し「安心」させてきたのでしょう。そんなことをいくらしたところで、問題は一向に解決しないというのに。それどころかその度に自分自身の傷が深まるというのに。

例えるなら、沸騰した熱湯で溢れた鍋を両手で抱えながら「大丈夫です!」と言うようなものです。そんなこと言ってる場合ではありません。やけど待ったなしです。助けを求めるべきです。

でも「大丈夫じゃありません」ともし答えにくいなら、一体どう言えば良いのでしょうか。この記事で一緒に考えてみましょう。

たとえばこんな言い方はどうでしょうか。

「自分では大丈夫だと思っているのですが、〇〇〇〇という状況をどう思いますか?」と相手の見解を尋ねる言い方です。大丈夫かどうかの判断を先送りしつつ相手を巻き込めますので、これ一発で一人で抱え込まなくて良くなります。そして「大丈夫じゃない」という否定表現を使わないので、相手の問いかけに逆行する心理的負担がかからないことです。

一方で、さらっと流れるように言い終わればデキる人っぽく見えるのに、途中で言い淀んだりつっかえたりすると途端に自分の意見のない頼りない人っぽく見えてしまうのが難点でしょうか。そんなのは気にしなくて良いのですけど、まあ気になりますよね。

そんな時にはこの言い方はどうでしょうか。「大丈夫ですよ。300℃の鉄を素手で持っている感じですが」とか「大丈夫ですよ。90℃の鉄を素手で持っている感じです」というように、鉄の温度で大丈夫レベルを表現してみるのです。温度が常温に近いほど大丈夫で、高温になるほど大丈夫ではないという意味です。

ポイントは、大丈夫か大丈夫じゃないかという2項対立ではなくその中間も表現できる点です。たとえ言い淀みながらでも、自分でちゃんと状況を把握し考えている様子が伝わるため、頼りなさよりも実直さや真面目さが表現できるでしょう。「その温度はどういう意味?」と聞かれるでしょうから、続けて状況を説明すればそれに応じた支援の依頼をしやすくなるのも良い効果です。

難点は、言い方がまどろっこしくて分かりにくいことでしょうか。人によってはストレートな表現を好むでしょう。

なるべく否定表現を排して心理的抵抗を減らす点と、単純すぎる大丈夫かそうでないかの間も表現する点は残して、他にもこんな表現はどうでしょうか。

「大丈夫です。脳内会議が終わりませんけど」
「大丈夫です。もし今日が金曜日ならの話ですが」
「大丈夫です。心はもう退勤しましたが、体はまだ稼働していますので」
「大丈夫ですが、ちょっと漂流中です。浮き輪を貸していただけませんか?」
「大丈夫だと思うのですが、霧が濃くなってきていまして…。灯りを分けていただけませんでしょうか?」
「レーダーに正体不明の飛行物体が映っていまして、対処に迷っているので相談してもよろしいでしょうか?」
「大丈夫でいられるかどうかの瀬戸際です。ここでアドバイスをいただけると助かります」
「相手チームに連続得点を喰らっておりまして…、作戦タイムをお願いできますか?」
「ボス戦中に回復アイテムがなくなっていてちょっとまずい状況です。アイテムの補充をお願いできると嬉しいです」
「やるだけやったのですが、どうやら自力で下山困難な状況のようです。救助をお願いしたいのですが、相談のためのお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

だんだんと深刻度が増していく想定でいくつか表現を挙げてみました。色々な答え方が考えられますね。呪術にかかったように「ダイジョウブデス」と答えて自分の首を絞めなくても良いのです。私たちには他の可能性が常に開かれています。

ところで、このように他の選択肢を手にしてもなお「大丈夫ではない」と口にする勇気が湧いてこない人は、すでに非常に傷つきすぎていてエネルギーが消耗している可能性が高いと思われます。きっとこれまで「大丈夫ではない」と発信しても相手にしてもらえなかったり、なぜか相手が不機嫌になって受け取ってもらえなかったり、見捨てられたり、裏切られたり、責め立てられたりしてきたのでしょう。そのせいで他者を信頼できず、全て自分で抱え込まなくてはならないと思い詰めてしまっているのでしょう。ですので、これらの選択肢を試す前に、「大丈夫です」以外の返事をしても「大丈夫」なのだと理解し安心することが必要となります。

まず、私たちには誰にでも価値があります。誰にでも。ここを全ての原点にするのが肝要です。そして私たちには誰にでも自分の本心を表現する権利があり、失敗する権利もあります。相手に要求しても良く、情報を求める権利があり、「NOと言い、罪悪感を感じない権利」も持っています。

さらに重要なのは、「周囲の期待に応えなくても良い」ということです。周囲の期待に応えなかったら相手はカンカンに怒るって?そうかもしれません。しかし、相手の感情は相手の持ち物です。私たちの持ち物ではなく。自分の言動のせいで相手を不機嫌にしてしまったと気にする必要はありません。相手の不機嫌は、相手自身が処理すれば良いものです。私たちではなくて。私たちは相手ではなく、自分の機嫌を良くすることに集中して良いのです。ですから相手の反応など気にすることなく「NO」と言って良いのです。「NO」という本心を表明する際に、相手を信頼する必要はありません。必要なのは、自分の本心を大事にすることだけです。

そもそも、私たちの懸念通り相手が怒り出すかどうかなど、「NO」と実際に口に出す前に予知することはできません。相手の気持ちは、私たちが私たちの第一希望を伝えるまでは確定しません。相手が私たちの第一希望を聞いて態度を決めたら、その出方を見た上で第二希望に切り替えるかどうかを考えれば良いのです。ですから、相手が機嫌を損ねるかもしれないと気にすることなく、まずは「NO」という第一希望を伝えて良いのです。

で、もし懸念通り相手が怒ってしまったら?どうもしません。気にしなくて構いません。あっさり第二希望でも提示すれば良いでしょう。先ほど書いたように、その怒りや不機嫌は相手の持ち物です。私たちの第一希望が相手の意向に沿わなかったとして、それを聴いて不機嫌になって怒りをあらわにするのか、反対にそれらの感情をさしはさまず冷静に話を進めるのかは相手自身の選択です。相手が怒ったとして、それは相手が下した決断です。私たちが怒らせたわけではありません。その不機嫌への対処は相手がすれば良いのです。そのことが分かっている相手を見つけたいですね。

おいおい、苺の庭文庫が勝手なこと言ってるけど本当か?って思いますか?

実はこれ、別に私が勝手に妄想した理論ではなくて、「アサーティブ・コミュニケーション」というコミュニケーション法のひとつにおける考え方なのです。リワークで教わったものです。私なりに解釈して自分の言葉で書いていますけど。とにかく重要なのは自分の本心の通り第一希望を表明する権利が、いつでもどこでも誰にでもあるということです。ですから、「大丈夫か?」と聞かれたとき、相手の期待に合わせることなく、また相手の都合を忖度することなく、正直に「大丈夫ではない」と返す権利も当然あるのです。

さあ、そろそろ「大丈夫ではない」表現を試す気分になってきましたか?

え?「NO」だって?「まだそんなこと怖くて言えない」って?

おお、ちゃんと本心を言えてますね!素晴らしいです。私の説得ペースに流されず、しっかり「NO」と表明できています。その調子です。自分を褒めてあげましょう!

私たちは本心と異なることを口にするほど心が傷ついていきます。私たちが集中すべきは、自分自身の本心を大事にすることです。私たちは誰もが価値ある存在です。人と比べたり人の真似をしたり人の言う通りにしなくても良いのです。

相手に伝わらなくてもいいんだと思って純粋さをつらぬけば、逆にその純粋さは伝わるんだよ。

岡本太郎

岡本太郎が言うように、相手がどうかは関係ありません。まずはあなたの純粋な気持ちがどうなのかが重要なのです。そのあなたの純粋さこそがあなたの進むべき針路なのです。

と言うことで、待望の『ぐいぐい猫のメンタル日記』連載初回はここまでです。楽しんでいただけたでしょうか。実はこの5月で、私がメンタル休職から社会復帰して2年が経ちました。早いものです。その節目のタイミングで『リワーク日記』から『ぐい猫』へとアップデートできたのは、ゆっくりでも着実に前進できているんだろうなと思えて何だか感慨深いです。また、『リワーク日記』の最終回は本当に多くの皆様に読んでいただき、また多くの反響を寄せていただきましてありがとうございました。改めまして、この『ぐい猫』もご贔屓のほどよろしくお願いいたします。

ちなみに、この新シリーズスタートにあたって募集していたタイトル案への応募総数は、私自身の応募を含めて、1件でした。厳正なる検討の結果、私が応募した『ぐいぐい猫のメンタル日記』が採用される運びとなりましたことを、ここに謹んでご報告申し上げます。読者のみなさま、この見るに耐えない茶番を生温かく見守っていただきありがとうございました。

それはともかく、スキとフォロー、それからぜひみなさんの「大丈夫じゃない」エピソードをコメント欄で教えてください。私の最近の「大丈夫じゃない」は、飼い猫が戯れて私の足に抱きついてきたとき、あの鋭い爪が足に突き刺さって痛かったことです。ニャンコはほんの遊びのつもりでも、肉食動物の爪は狩り仕様なので痛すぎです。全然大丈夫じゃなくて思わず変な声で叫んでしまいました…。

それでは、こんなところでぜひ次回もお楽しみに!!

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