【ATD2026カンファレンスレポート⑤】The Attention Crisis & Neuroinclusion: 集中力崩壊の時代に組織の「脳内CEO」を支える情報・会議・時間設計の技術
1. なぜ書くか
様々な情報が飛び交う現代において重要になる中、日本に住む約1億人にはグローバルでの最新の取り組みやトレンドを学ぶ機会が多くありません。Every Inc.では「HRからパフォーマンスとワクワクを」というビジョンを掲げ、グローバルな取組みやアカデミックな文献からD&Iに関する歴史、取組み、事例など”日本なら”ではなく、”グローバルスタンダード”な情報を提供しています。
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2. ATDカンファレンスとは
ATD-ICE(Association for Talent Development – International Conference & Exposition)は、世界最大級の人材育成に関するカンファレンスおよび展示会で、ATD(Association for Talent Development:人材開発協会)が主催するイベントです。毎年、世界中から人材開発、学習、組織開発の専門家が集まり、最新の知見、トレンド、スキル、ツールを共有し学び合う場として広く知られています。
2026年のイベント「ATD2026」は、5月17日(日)〜20日(水) にロサンゼルスで開催されました。
👉 ATD International Conference & EXPO
3. 正しく理解していますか?「ニューロダイバーシティ」の本質

前回のレポートでは、ブリット・アンドレアッタ博士のセッションをもとに、チームを単なる「協力」から「共創(コラボレーション)」へと引き上げるための心理的安全性の4つのレベル、そして脳をシンクロさせる会議プロトコルの重要性について解説しました。
組織の心理的安全性を真に構築する上で、今グローバルで急速に注目を集めているのが**「ニューロインクルージョン(Neuroinclusion:認知的包摂)」**という視点です。
今回のATD2026では、Launchpad for Life, LLCのICFキャリア・リーダーシップコーチ兼ニューロインクルーシブ・ストラテジストであるJane氏が登壇しました。行動/学術的介入とニューロインクルーシブなシステム設計に15年以上のキャリアを持つJane氏は、実行機能・コミュニケーション・動機づけがリーダーシップ、チームダイナミクス、キャリア成功に与える交差点に焦点を当てた研究者・実践者です。
Jane氏は、職場で最も誤用されやすい2つの重要用語の定義から話を始めました。
Neurodiverse / Neurodiversity(ニューロダイバース/ニューロダイバーシティ):
"Recognizes that neurological differences (e.g., Autism, ADHD, Dyslexia, Tourette's Syndrome) are natural human variations, not deficits. It's about brain difference, not brain disorder." — Armstrong, T. (2010). Neurodiversity: Discovering the Extraordinary Gifts of Autism, ADHD, Dyslexia, and Other Brain Differences(「神経学的な違い(例:自閉症、ADHD、失読症、トゥレット症候群など)は、欠陥ではなく、人間における自然な多様性であると認識する。それは脳の『障害』ではなく、脳の『違い』に関するものである。」 — T. アームストロング (2010). 『ニューロダイバーシティ:自閉症、ADHD、失読症、その他の脳の違いに秘められた並外れた才能の発見』)
つまり、ADHDや自閉スペクトラム症(ASD)、ディスレクシア、トゥレット症候群といった脳の特性の違いは「欠陥(Deficits)」ではなく「人類の自然なバリエーション」であると認める概念です。
Neurodivergent(ニューロダイバージェント): 統計的な「標準(Norm)」として定義された脳機能から、明確に異なるユニークな認知特性を持つ個人を指す言葉です(Cleveland Clinic定義)。


4. 誰もが持つ「認知の凸凹」:WISCが示す現実
Jane氏がスライドで示したのが、**ウェクスラー児童知能検査(WISC-IV)**のベルカーブです。

WISC-IVは次の5つの指標で構成されています。
Verbal Comprehension Index(言語理解)
Visual Spatial Reasoning Index(視空間推理)
Working Memory Index(作業記憶)
Processing Speed Index(処理速度)
Fluid Reasoning Index(流動性推理)
スコアの分布は、69以下(Extremely Low)から120以上(Superior)まで幅広く、統計的に「平均(Average)」の90〜109に当てはまるのは全体の34.13%に過ぎません。
ここで重要なのは、「言語理解は極めて高いが、処理速度が極めて低い」といった個人の中にある指標間の大きな不一致です。多くの職場ではこの「目に見えない特性の違い」が個人の「努力不足」や「能力不足」と誤推定され、深刻な業務の不整合を生み出しています。
Jane氏は、「誰かに他の誰かのようになることを強制せず、ありのままの自分でいながら本物の帰属意識を感じられる状態(ニューロインクルージョン)」を組織に標準装備することこそが、現代のL&Dと人事の急務であると訴えました。
5. 私たちの集中力は崩壊している:The Attention Crisis
このニューロインクルージョンを語る上で、現代のすべてのビジネスパーソンが直面している過酷なデータが共有されました。グロリア・マーク氏の研究(Mark, G. (2023). Attention Span. Hanover Square Press.)を引用して示されたのが、現代の「注意の危機(The Attention Crisis)」です。
① デジタルの持続注意時間の激減: 私たちがデジタル画面で1つのタスクに集中していられる平均時間は、2004年の「2.5分」から、2024年にはわずか「47秒」へと激減しています。

Jane氏はここで重要な補足をしています。「脳が集中力を失ったのではない。環境がそうさせている」という点です。私たちの脳は本来、長時間の深い集中力を持っています。問題は脳の能力ではなく、絶え間ない通知・切り替え・割り込みという「環境設計」にあります。
② 恐るべき中断コスト: 業務中にメールやチャット、同僚からの話しかけなどによって**「たった1回中断」されるだけで、元の深い作業(Deep task)に集中を取り戻すまでに平均「23分」**もの時間がかかっています。
ADHDなどの特性を持つニューロダイバージェントな従業員はもちろんのこと、現代のマルチタスク環境は全従業員の作業記憶(ワーキングメモリ)を常にオーバーフローさせています。
Jane氏は、ワークライフバランスを「激務で疲れ果てたら休暇を取り、また激務に戻る」という従来の硬直したサイクルで捉えるのをやめるべきだと指摘します。人事が設計すべきは、**「日々の業務プロセスにおける不要な認知資源の消耗を減らし、脳のポテンシャルを最大化する職場のシステムデザイン」**なのです。
6. 組織の「脳内CEO」を支える環境設計(実行機能支援)
目標設定、計画、振り返り、感情調整、作業記憶、行動の抑制(ブレインブレーキ)、視点取得、柔軟性——。これら人間の知的な行動を司る前頭葉の働きを**「エグゼクティブ・ファンクション(実行機能)」**と呼びます。Jane氏はこれを組織や個人の「脳内CEO」と例えました。
日々の五月雨式に飛び交う情報チャネルや非効率な会議は、この「脳内CEO」を過労死させます。人事がデフォルトのルールとして今すぐ変革すべき実務運用のポイントは3つあります。
① 会議設計と処理速度への配慮
「瞬発的な応答」ができるかどうかで従業員の関与度や優秀さを判断するのを今すぐやめましょう。処理速度の特性に配慮し、以下のプロトコルを標準化します。
アジェンダを事前に共有し、思考の整理時間を確保する
会議中に「短い沈黙」を許容し、全員が熟考できるようにする
誰が・何を・いつやるかをその場で**公式のタスク管理システムに記録(チケット化)**し、個人の作業記憶への依存をなくす
クローズドキャプション(自動字幕)と事後の書き起こしを標準装備化する
② 情報チャネルの「用途別規則」の明文化
人間はそれぞれ自分の「好みのチャネル」で連絡を送りたがりますが、これが注意の攪乱を招きます。【メール / チャットツール / タスクチケット / 電話】の用途別運用ポリシー、返信の期待時間、通知制御ルールを1ページのガイドラインとして明文化し、オンボーディングのシステムに組み込むことが必要です。
③ 無中断の「深い作業(Deep Work)」時間のカレンダー保護
中断コストが23分かかるという事実に基づき、1日の中で「最低1ブロック(60分〜90分)」は通知や会議を完全に遮断して自分の重要タスクに没頭できる「フォーカスタイム」をカレンダー上で組織的にブロック・保護します。また、何が「出社して対面で行う価値のあるタスクか」をタイプ別に言語化し、若手が不安を感じずに動ける基準を提示することも重要です。
まとめ:個人を変えるのではなく、システムを変革する
恐れや不安、そして情報の過負荷は、脳の流動性推理(IQ相当)を一時的に13〜14ポイントも低下させることが神経科学的に分かっています。
ニューロダイバーシティへの配慮とは、誰か特定の対象者にだけ特別な申請を出させて優遇することではありません。「事前アジェンダの配布」「オンライン会議の自動字幕オン」「静かな思考時間の確保」といった配慮をデフォルト(初期設定)として組織に標準装備すること。それこそが、ユニバーサルデザインに基づいたこれからの時代の強い組織開発です。
「終わった?」と進捗を詰めるマネジメントから、「どのステップで詰まっている?」と手順のデータに着目するシステム支援へ。
人事が個人の脳の特性に寄り添う「戦略的アーキテクト」として、組織の実行機能を支える仕組みを共にデザインしていきましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。全文をご覧になられたい方は友人の岩見さんが書いたブログをご覧ください。
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執筆者紹介:松澤 勝充

神奈川県出身1986年生まれ。青山学院大学卒業後、2009年 (株)トライアンフへ入社。2016年より、最年少執行役員として組織ソリューション本部、広報マーケティンググループ、自社採用責任者を兼務。2018年8月より休職し、Haas School of Business, UC Berkeleyがプログラム提供する Berkeley Hass Global Access Program にJoinし2019年5月修了。同年、MIT Online Executive Course “AI: Implications for Business Strategies”修了し、シリコンバレーのIT企業でAIプロジェクトへ従事。
2019年12月(株)トライアンフへ帰任し執行役員を務め、2020年4月1日に株式会社Everyを創業。企業の人事戦略・制度コンサルティングを行う傍ら、UC Berkeleyの上級教授と共同開発したプログラムで、「日本の人事が世界に目を向けるきっかけづくり」としてグローバルスタンダードな人事を学ぶHRBP講座などを展開している。
保有資格:
SHRM-SCP(SHRM)
CPTD(ATD)
Senior Professional in Human Resources – International (HRCI)
Global Professional in Human Resources (HRCI)
The Science of Happiness(UC Berkeley)他
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