【ATD2026カンファレンスレポート⑥】コールドケース解明:「サクセッションプラン80%失敗」の真実とAI時代のリーダーシップ開発
1. なぜ書くか
様々な情報が飛び交う現代において重要になる中、日本に住む約1億人にはグローバルでの最新の取り組みやトレンドを学ぶ機会が多くありません。Every Inc.では「HRからパフォーマンスとワクワクを」というビジョンを掲げ、グローバルな取組みやアカデミックな文献からD&Iに関する歴史、取組み、事例など”日本なら”ではなく、”グローバルスタンダード”な情報を提供しています。
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2. ATDカンファレンスとは
ATD-ICE(Association for Talent Development – International Conference & Exposition)は、世界最大級の人材育成に関するカンファレンスおよび展示会で、ATD(Association for Talent Development:人材開発協会)が主催するイベントです。毎年、世界中から人材開発、学習、組織開発の専門家が集まり、最新の知見、トレンド、スキル、ツールを共有し学び合う場として広く知られています。
2026年のイベント「ATD2026」は、5月17日(日)〜20日(水) にロサンゼルスで開催されました。
👉 ATD International Conference & EXPO
3. コールドケースの解明:「サクセッションプラン80%失敗」の盲点
前回のレポートでは、職場における「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」と、全従業員の集中力が崩壊しつつある「注意の危機(Attention Crisis)」への実務的なシステム支援について解説しました。情報の過負荷を減らし、組織全体の実行機能を高めることが、これからのHRアーキテクトの重要なミッションです。
では、組織の持続可能性を担保する「サクセッションプラン(後継者計画)」やリーダーシップ開発においては、どのようなデータ志向のシステムアプローチが求められているのでしょうか。
今回のATD2026において、リーダーシップ評価・開発の世界的権威であるDDI(Development Dimensions International)社から、北米コンサルティングチームを率いるPatrick Cannell氏が登壇。セッションタイトルは 「Cold Case Cracked! Uncovering Why 80% of Succession Plans Fail(コールドケース解明!サクセッションプランの80%が失敗する理由)」。

刑事ドラマ「Law & Order」のような捜査的アプローチで、後継者育成失敗の根本原因(容疑者)を証拠から特定していくという、非常に印象的な構成のセッションでした。
DDIは行動科学を用いてリーダーシップの成功を予測することを専門とし、55年の歴史を持ちます。定着率向上や離職率低下による2,000万ドルのコスト削減といった具体的なビジネス成果で、その実効性を実証してきた組織です。
4. なぜ失敗するのか:4つの「容疑者」
Cannell氏がデータをもとに示した失敗の根本原因は4つです。

① パフォーマンスの罠(Performance Trap) 現場での実績だけを根拠にリーダーへ昇進させるミス。「今の役割で優秀」と「次の役割でも優秀」は別物です。技術的専門知識を過度に重視し、リーダーシップの素質を持つ候補者を見逃すリスクは、どの組織にも潜んでいます。
② データ砂漠(Data Desert) リーダー指名が客観的データなしに、個人的な好悪・関係性・慣習だけで行われる状況。セッション内のライブ投票(Menti.com、参加者61名)でも「客観的なリーダーシップ能力データの欠如」が最多票を獲得し、現場の実感と一致しました。
③ Z世代のゴースト(Gen Z Ghost) 若手従業員がリーダーになることを自ら避ける現象。パイプラインの上層では経験豊富なベビーブーマー世代が続々と退職し、下層ではZ世代がリーダー職に魅力を感じず供給が細る——という二重の危機が、今まさに組織のパイプラインを両端から崩壊させています。
④ 能力開発の空白(Development Gap) 高ポテンシャルのリーダーが、挑戦的な成長機会を組織から与えられず、他社へ流出してしまうこと。「育てた」つもりが、実は「放置」だったという状況です。
5. 評価+育成の統合が、ベンチ強度を2倍にする
Cannell氏がスライドで提示した**DDI「グローバル・リーダーシップ・フォアキャスト 2025」**のデータは印象的でした(対象:10,796名のリーダー、2,185名のHR専門家、2,014組織)。


評価と育成を「統合」した組織は、評価単体と比べて**2倍(2X)**もベンチ強度(組織の底力)が高いことが証明されました。
日本企業では「育成のみ」か「評価のみ」がサイロ化して運用されているケースが非常に多い。このデータが示すのは、どちらか一方では不十分であり、客観的アセスメントデータと高品質な育成を一体化させるシステム設計こそが唯一の解であるということです。
そして、HRにとって最も重要な測定価値について、同データが明確に示しました。

受講者の「一時的な満足度」や「完了率」ではなく、行動が実際に変わったか(Behavior Change)——これが全体の78%という圧倒的なシェアを占めています。育成効果の測定軸を「活動指標」から「行動変容指標」へとシフトさせることが、L&Dの急務です。
6. 「6つの加速インペラティブ」:後継者育成のロードマップ
Cannell氏はサクセッションマネジメントの成否を分けるロードマップとして、**「6 Acceleration Imperatives(6つの加速要件)」**を円環モデルで提示しました。

中心に据えられているのは "Succession Management: Build Your Bench"(後継者管理:ベンチを構築せよ)というミッションです。
① Commit(コミット) 成長の加速をビジネスの最優先事項として採択する。
② Aim(狙いを定める) 自社のビジネスコンテキストに合ったリーダーシップの成功像を定義する。
③ Identify(特定する) 誰を加速させるかについて、効率的・正確な意思決定を行う。
④ Assess(アセスする) 準備度ギャップを正確に評価し、質の高いフィードバックを提供する。
⑤ Grow(成長させる) 適切な能力開発を、適切なタイミングで実現する。
⑥ Sustain(維持する) 成長のためのエネルギーを積極的に生み出し続ける。
Cannell氏は「多くの組織は①②③まではできている。本当に苦労するのは④⑤⑥だ」と指摘しました。客観的な評価、パーソナライズされた成長経験の設計、そして長期的な維持の仕組み——この後半3つが後継者育成の成否を真に分けるポイントです。
7. ナインボックスの罠と「3つの区別」
多くの組織で使われる**ナインボックス(9-Box Grid)**ですが、Cannell氏はその典型的な落とし穴を指摘しました。「誰をどの箱に入れるか」で議論が終わってしまうことが多いのです。
本来の目的は分類ではなく「どのようにしてその人の成長を加速させるか(How)」「何のために育成するのか(For What)」を考えることです。
またこの議論と不可分なのが、以下3つの概念の明確な区別です。
パフォーマンス(Performance):現在の役割における今日の行動・成果
ポテンシャル(Potential):将来、より上位の役割を担う成長可能性
レディネス(Readiness):特定の次の役割・挑戦への準備度合い
この3つが混同されると、「今は高パフォーマーだが、ポテンシャルは未評価のまま昇進させてしまう」という「パフォーマンスの罠」に直結します。
4つのキーテイクアウェイ(DDI)
DDI社はセッションを通じて、リーダーシップパイプライン構築に不可欠な4 Key Take-Awaysが紹介されました。

1. Focus Beyond the Top – Full Pipeline Perspective 経営トップ層だけでなく、ミドル・若手を含むパイプライン全体の視点を持つ。
2. Accelerating Growth is the Ultimate Goal 成長の加速こそが後継者育成の究極のゴールである。
3. Lack of Objective Data = Noise 客観的データの欠如は、意思決定を「雑音」に委ねることを意味する。
4. Call to Action: Create a New Vision of Leadership 次世代が魅力を感じるよう、リーダーシップの定義そのものを再創造せよ。
まとめ:雑音を排し、人間の可能性を最速で加速させる
「客観的データなきサクセッション」は、勘と経験のパイプドリーム(絵空事)です。
AIがコモディティ化し、誰もが最適解にアクセスできる時代だからこそ、人事がデータアナリストとキュレーションの役割を積極的に担い、**客観的アセスメントデータとAIを高度に融合させた「優しさのシステム化」**を回していかなければなりません。
「AIに仕事が奪われる」という恐れに浸る暇があるなら、まず推進派と懐疑派を巻き込んだ小さな2週間の実験から走り始めてみる。この実験そのものが将来にとって重要な価値をもたらされると考えるべきなのかもしれません。人間の可能性の拡張という「楽観主義の倫理」も改めて重要なのではないか、そう感じるセッションでした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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執筆者紹介:松澤 勝充

神奈川県出身1986年生まれ。青山学院大学卒業後、2009年 (株)トライアンフへ入社。2016年より、最年少執行役員として組織ソリューション本部、広報マーケティンググループ、自社採用責任者を兼務。2018年8月より休職し、Haas School of Business, UC Berkeleyがプログラム提供する Berkeley Hass Global Access Program にJoinし2019年5月修了。同年、MIT Online Executive Course “AI: Implications for Business Strategies”修了し、シリコンバレーのIT企業でAIプロジェクトへ従事。
2019年12月(株)トライアンフへ帰任し執行役員を務め、2020年4月1日に株式会社Everyを創業。企業の人事戦略・制度コンサルティングを行う傍ら、UC Berkeleyの上級教授と共同開発したプログラムで、「日本の人事が世界に目を向けるきっかけづくり」としてグローバルスタンダードな人事を学ぶHRBP講座などを展開している。
保有資格:
SHRM-SCP(SHRM)
CPTD(ATD)
Senior Professional in Human Resources – International (HRCI)
Global Professional in Human Resources (HRCI)
The Science of Happiness(UC Berkeley)他
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