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【ATD2026カンファレンスレポート②】Unreasonable Hospitality(理屈を超えたおもてなしが競争優位となる)

1. なぜ書くか

様々な情報が飛び交う現代において重要になる中、日本に住む約1億人にはグローバルでの最新の取り組みやトレンドを学ぶ機会が多くありません。Every Inc.では「HRからパフォーマンスとワクワクを」というビジョンを掲げ、グローバルな取組みやアカデミックな文献からD&Iに関する歴史、取組み、事例など”日本なら”ではなく、”グローバルスタンダード”な情報を提供しています。

👉 ATD2026報告会(2025/6/3開催)はこちら

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2. ATDカンファレンスとは

ATD-ICE(Association for Talent Development – International Conference & Exposition)は、世界最大級の人材育成に関するカンファレンスおよび展示会で、ATD(Association for Talent Development:人材開発協会)が主催するイベントです。毎年、世界中から人材開発、学習、組織開発の専門家が集まり、最新の知見、トレンド、スキル、ツールを共有し学び合う場として広く知られています。
2026年のイベント「ATD2026」は、5月17日(日)〜20日(水) にロサンゼルスで開催されました。

👉 ATD International Conference & EXPO

3. Unreasonable Hospitality(「プロダクト(製品・技術)の追求」ではなく「人間(関係性)」に資源や情熱を投資する)


AIが驚異的なスピードで「最適解」や「効率性」を弾き出す現代、私たち人間に残された最後の、誠実な砦とは何でしょうか?

今回は、ATD2026のキーノートの中でも会場全体が総立ちのスタンディングオベーションに包まれた、伝説のレストラン経営者ウィル・ガイダラ(Will Guidara)氏のセッションをお届けします。彼が語る「アンリーズナブル・ホスピタリティ(常軌を逸したおもてなし)」の思想は、これからのAI時代における「顧客体験(CX)」、さらに人事の領域における「従業員体験(EX)」のあり方を根底から変える、強い破壊力を持ったものでした。

1. プロダクトの卓越性は「参加資格」にすぎない

ウィル氏は、ニューヨークの平凡な居酒屋風レストラン(ブラッスリー)を、わずか数年で「世界のベストレストラン50」の第1位へと変貌させた人物です。

当初、彼は直感的に「プロダクト(料理、サービス、食器)の卓越性」を徹底的に磨き上げました。その結果、ニューヨーク・タイムズの4つ星やミシュラン3つ星という最高位を獲得したものの、世界のトップ50を格付けするリストでは、手痛い「50位(最下位)」という洗礼を受けます。

そこで彼は気づいたのです。

料理が美味しいこと、サービスが正確であること、空間が美しいこと。そんな「卓越性(エクセレンス)」は、トップの世界では持っていて当たり前の「参加資格(テーブルステークス)」にすぎない、と。

「他のすべてのライバルが『プロダクト』を執拗に追求しているなら、私たちは『人間(ピープル)』に対して不合理(アンリーズナブル)になろう。『自分の存在を認めてほしい、ここに所属していると感じたい、大切にされたい、あるいは、心から純粋に歓迎されたい』という普遍的な人間の欲求に対して、容赦なくあり続けよう

効率性と合理性が極まる現在、この視点はビジネス・HRそれぞれにとっても重要な視座だと思います。

「整った人事制度」「他社に劣らない福利厚生」「洗練されたeラーニング」。これらはすべて組織としての「参加資格」にすぎません。従業員のエンゲージメントを高め、自社を選び続けてもらうための真の差別化軸は、効率化の対極にある「人への執拗なフォーカス」にしかない、と捉えることもできます。

2. 「偶然の魔法」を「必然の仕組み」に変える:人事が学ぶべき3つのアプローチ

セッションの中で最も象徴的だったのは、2ドルの「屋台のホットドッグ」のエピソードです。

ある日、ウィル氏は、美食家の旅行客が「ニューヨークで唯一の心残りは、屋台のホットドッグを食べ損ねたこと」と何気なくこぼした会話をキャッチしました。彼はすぐさまストリートへ猛ダッシュしてホットドッグを買い、高級フレンチの文脈に合わせて美しく盛り付け、彼らのメインディッシュの直前にサプライズで提供したのです。お客様は狂喜乱舞し、涙を流して感動しました。

ウィル氏はこの「偶然起きた奇跡」のビデオを見返し、これをいつでも、誰でも再現できる「仕組み(システム)」へと落とし込みました。その具体的なアプローチが以下の3つです。

① 速度を上げるために、あえて「スローダウン」する(プレゼンス)

もしあの時、ウィル氏が「効率性」だけを追求し、次の皿を下げる計算ばかりをしていたら、お客様の「ホットドッグを食べ損ねた」という何気ない一言をキャッチすることは絶対にできませんでした 。 現代のビジネス、特に人事業務は効率化の罠に陥っています。しかし、効率的になろうとすればするほど、従業員が発する微細な「SOS」や「真のニーズ」を見落とします 。人事は、目の前の「その一人」に全神経を集中させるために、意図的にスローダウンする(現前性:Presence)覚悟を持たなければなりません 。

② 「ブランドのプライド」を手放す(逸脱の勇気)

4つ星の最高級フレンチで屋台のホットドッグを出すことは、完全な「オフブランド(ブランド逸脱)」です 。しかし、それを受け取ったお客様がどれほど素晴らしい感情になったかを見つめたとき、ブランドのルールなんて気にする必要はありません 。 人事もまた、「前例がないから」「制度のルールに一律で適合しないから」という理由で、個別の従業員に寄り添った柔軟な対応を遮断していないでしょうか。

③ スケール不可能なことに、適切な「リソース」を投資する

多くのリーダーは「素晴らしいおもてなしの文化を創ろう!」と綺麗なビジョンを掲げますが、現場に与える予算や人員はゼロという致命的な間違いを犯します。 リソース(資源)が投資されない場所に、文化が根づくことは絶対にありません。ウィル氏のレストランでは、注文を取るなどのオペレーション責任を一切持たず、現場のメンバーが思いついたおもてなしをリアルタイムで具現化するためだけの専任ポジション「ドリームウィーバー(Dreamweaver:夢を紡ぐ者)」を社内に配置しました 。

4. 従業員体験(EX)への実装戦略

ホスピタリティの本質とは、愛想の良い人を採用して祈ることではありません。他のあらゆるビジネスの基幹業務(営業や財務)と全く同じように、組織の仕組み(システム)としてデザインされるべき「実践(プラクティス)」なのです 。

人事が明日から自社で実践すべき、従業員体験(EX)のための2つのシステム化を提案します。

■ 「従業員ジャーニー」の棚卸しとパターン認識

ウィル氏はレストランを休業し、皿洗いから経営層まで全員を集め、顧客との接点を130個書き出しました 。そして「プロポーズで来店するカップル」という定期的に再発する瞬間(リカーリング・モーメント)に対して、ティファニーのグラスをプレゼントする仕組みを標準化しました 。

Q&Aセッションにおいてウィル氏が語った通り、この接点の洗い出しやパターン認識といったワークショップは、顧客のためだけでなく、自社の従業員体験(EX)のためにも全く同じように実行すべきものです。

人事は、自社の「従業員体験のタッチポイント」をリアルにイメージし、洗い出しているでしょうか?

「内定を出した瞬間」から「入社初日」、そして「退職した後のアルムナイ」に至るまで、インタラクションの瞬間は無数にあります。例えば、「育休から復職する初日」や「初めての部下を持った日」という再発する瞬間に対して、本人が『私は会社から見守られ、価値を感じられている』と思えるような反応やアセットを、人事が事前にシステムとしてバックヤードにストックしておくのです。

■ 「称賛は肯定、批判は投資」というフィードバックの仕組み化

Q&Aセッションの中で、ウィル氏は社内の人材育成において最も組織に変革をもたらした実践として、「徹底的にデザインされたフィードバックのカルチャー」を挙げました。

称賛は脳にとって強烈な中毒(アディクト)になるため、徹底的に行う必要がありますが、それ以上に「適切な批判(指摘)」は、相手の成長への最大の燃料(パワー)となります。

ウィル氏の組織では、「お互いをどのように批判すべきか」のルールが徹底的にデザインされていました。

【ホスピタリティに溢れたフィードバックのルール】

  • 1. 批判(指摘)は必ず「1対1の密室(プライベート)」で行うこと 決して、他のメンバーがいる公開の場(パブリック)でやってはいけない。

  • 2. 「その人自身の人格」ではなく、あくまで観察された「行動(ビヘイビア)」を批判すること 人格を否定するのではなく、変えることができる具体的な「行動」に対してフィードバックを行います 。

  • 3. 批判は「一貫した基準」に基づいて行うこと リーダーの気分によって言うことが変わるような、その場しのぎ(ハプハザード)な伝え方をしてはいけません 。一貫性がないと、メッセージの本質が相手に伝わらなくなってしまいます 。

  • 4. 伝え方の中に「皮肉(サカズム)」を混ぜることを完全に禁止する 相手を傷つけたり、萎縮させたりするような皮肉や嫌味は一切排除します

部下の耳の痛い欠点(成長の余地)を指摘してあげないのだとしたら、それは相手に何の投資もしていないのと同じであり、ホスピタリティではありません。正しいアプローチによる批判を提供することこそが、チームに対する最高のギフトになる、とのことでした。

まとめ:シンプルな一つの指針を、口から嫌になるまで語り続ける

ウィル氏は、「アンリーズナブル・ホスピタリティ」というシンプルなビジョンを掲げ、毎晩開店前の30分ミーティング(プリメール)で、自分の口からその言葉を聞くのが嫌になるくらい、毎日毎日同じことを繰り返し語り続けました 。それによって初めて、思想が組織のカルチャーの中に染み込んでいったのです 。

ビジョンを決めるのは華々しいですが、本当に重要なのは、掲げたシンプルな一つの指針をリーダーが信じ、語り続け、そして現場が「楽しんでゲームをクリアするかのように」突き詰められる環境を人事制度や仕組みで支えることではないのでしょうか。

歴史の中で、決して競合に模倣されず、長期にわたって機能し続ける唯一の競争優位性、それは「ホスピタリティを通じて築かれた、強固な人間関係(リレーションシップ)」になっていくかもしれません 。

AI時代だからこそ、私たち人事は、従業員との関係性を追求するために、もっとクリエイティブかつ意図的(インテンショナル)であっていいのではないでしょうか。ほんの少しだけ「常軌を逸して」、彼らの胸の中に、生涯色褪せることのない美しい記憶とエンゲージメントを刻んでいきたい、自らが所属する組織を顧みながらそのようなことを感じたセッションでした。

最後までお読みいただき有難うございました。全文をご覧になられたい方は友人の岩見さんが書いたブログをご覧ください。



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執筆者紹介:松澤 勝充

神奈川県出身1986年生まれ。青山学院大学卒業後、2009年 (株)トライアンフへ入社。2016年より、最年少執行役員として組織ソリューション本部、広報マーケティンググループ、自社採用責任者を兼務。2018年8月より休職し、Haas School of Business, UC Berkeleyがプログラム提供する Berkeley Hass Global Access Program にJoinし2019年5月修了。同年、MIT Online Executive Course “AI: Implications for Business Strategies”修了し、シリコンバレーのIT企業でAIプロジェクトへ従事。

2019年12月(株)トライアンフへ帰任し執行役員を務め、2020年4月1日に株式会社Everyを創業。企業の人事戦略・制度コンサルティングを行う傍ら、UC Berkeleyの上級教授と共同開発したプログラムで、「日本の人事が世界に目を向けるきっかけづくり」としてグローバルスタンダードな人事を学ぶHRBP講座などを展開している。

保有資格:
SHRM-SCP(SHRM)
CPTD(ATD)
Senior Professional in Human Resources – International (HRCI)
Global Professional in Human Resources (HRCI)
The Science of Happiness(UC Berkeley)他

#FunwithHR #EveryHRAcademy

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