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「自分らしく」書き続ける|AI時代の「有益さ」を考えたい

「やまだくにあき」さんのビデオポッドキャストを拝見しました。

<noteが伸びる直感に反する真実。なぜ人は「自己実現」で書き、「有益さ」で読むのか?>

そもそもnoteを書き始めた影響が、「やまだくにあき」さんということもあり、そのあとも記事や動画を継続して楽しませていただいています。

前回投稿させていただいた記事では、なんとご本人から「スキ」をいただけましたので、怒られてはいないと思います。

今回は、こちらのビデオポッドキャストで語られている自己実現と有益さについて、わたしも考えてみたいと思います。


noteを書き始めて


3月の末あたりから、初めてnoteアカウントをつくって、記事を投稿しています。みなさんの記事もたくさん拝見して、思うのはやっぱり「有益さ」が求められているということです。

発信されている方も、有益さを与える記事をかなり意識されて書かれていることがわかりますし、読まれた方も「役に立った」「参考にします」と言ったコメントがとても多いです。

noteを書く理由はクリエイターにより様々だと思いますが、書き手としては、「自分を表すために自由に書いて投稿することが楽しい」という考えの方は多いのではないかと思います。

また読み手の視点になると「有益さを求めて記事を読む」。これは自然でどの業種でも同じかと思います。自分にとって役に立つ情報を読みたいと思うのは消費者として自然です。

ではこの2つ。

「自分を表すために自由に書いて投稿」と「読み手が有益さを求めて記事を読む」これの関係性に興味があります。

成立するか否か。

このあたりそれぞれに考え方があっていいですし、どれも間違いとか合っているとかはないと思っています。それが前提でわたしの意見としていうと。

成立すると思うんです。いまの時代でも。


AIの書く文章の進化


AIの書く文章は日々進化していて、いま少しAIの文章には違和感があるといわれてますが、それもそのうち解消されると思います。だってAIの書く文章かどうか判定するAIはもう存在してますから。

そして「有益さ」はAIの豊富な情報量で求める読み手のよりパーソナルな欲求にタッチするような内容の濃い文章が書けるでしょう。

いまよりもますます、AIが提供する「有益さ」は膨らみます。人間の書き手はそのAIがつくる「有益さ」を大量に読み手に提供すると思います。

「自分を表すために自由に書いて投稿」という書き手の想い
「自分にとっての有益さを求めて読む」という読み手の想い

一見もう成立しなさそうにみえます。

だって書き手はもう「自分を表すために自由に書いてない」から。いま書いているわたしも同じ思いの葛藤が時々あります。

それでもなぜ、わたしは「自由に書くこと」と「読み手の有益さ」が両立すると確信しているのか。AI時代だからこそ見えてきた、新しい「有益さ」の本質について深掘りします。


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