本音をいえば ー 生きるということ
この記事は、『安っさんのこんな本を読んだ 番外篇』というマガジンに分類します。
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これまで、何度も「本当の自分」や「自分らしさ」について書いてきました 。 例えばこちら。
理由は、そのようなことで悩み、追いつめられている人をたくさん見てきた経験があるからです。
「生きづらさ」から死を想い、あるいは身心に不調をきたしている。そのような人へのアドバイスは、「場所を変える」、「人に頼る」しかありません。
しかし、「本当の自分」や「自分らしさ」に悩んでいる人に、もう少し考えてみたらと思うこともないではありません。
「置かれた場所で咲きなさい」とか「好きを仕事にするな」とかいうつもりはありません。
しかし、社会には理不尽なことが多い。これは「本当の自分」がやるべきことではない、「自分らしさ」が発揮できる場所ではないという理由で、直ちにその場所を離れてしまう前に少し考えてほしいと思うことがある。
「本当の自分」や「自分らしさ」に縛られすぎているのではないか。自分の可能性にブレーキをかけているのではないか。
もっといえば、本音をいえば、自分にとって都合のいい世界に住むためのいいわけにしている人がいるのではないかという疑いを持ってしまうのです。
考えてみてほしい。いまの場所に自分が至った経緯を。もしかしたら多くの人の助けがあったのかもしれない。もしかしたら、自分ではどうしようもない理由でそこにいるのかもしれない。
いまいる場所が自分に合わないからとすぐに離れてしまう前に、その場所で自分に何を期待されたのか、自分には何ができたかもしれないか、そこを離れなければならない切実な理由は何か。
それを考えておかないと、次の場所でも同じことをくりかえしかねない。それも苦しいと思う。
自分にとって楽な世界に住み続けることができるならば結構なことです。しかし、多くの人にとって、人生はままならない。病を得ることもある。つらく苦しい。
「なんのために生まれて、なにをして生きるのか」
それがわかるのはむずかしい。年を取らないとわからないことかもしれない。一生わからないかもしれない。
問われ、問い続けながら生きる。それが私たちの宿命です。
それは考えるということです。
それが生きるということです。
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