「本当の自分」と「私らしさ」 - どうでもいいけどどうでもよくないこと
これまでに「本当の自分」「私らしさ」とか「生きづらさ」とか何度も書いています(注)。ここであらてめて補足、まとめをしてみたいと思います。
この投稿は『安っさんのこんな本を読んだ 番外篇』というマガジンに分類します。
(注)『番外 本当の自分とは 目次』
『番外 「自分らしさ」と「生きづらさ」について 目次』
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【結論】楽になろう
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1.「本当の自分」「私らしさ」問題の本当のところ
「本当の自分」「私らしさ」が問題となるのは、今いる場所が「本当の自分」がいるべき場所ではない、「私らしさ」が発揮できない場所にいると悩んでいるという場合であると思います。
これは、環境が「本当の自分」「私らしさ」に合っていないということ、本当の私の価値を分かってもらえないという気持ちに悩まされている状態であるといえます。
裏返せば、評価の基準が他人、承認欲求の問題。
承認欲求は、裏返せば相手を承認したいという欲求でもありますので、他者との関係を肯定的に築きたいという人間の基本的な欲求といえます。
にもかかわらず、「本当の自分」と思っている自分の欲求、「私らしく」生きたいと願っている私の欲求がまわりとぶつかってしまうのは、なぜか。
その理由を探り、解決方法を見つける一歩として、次に「本当の自分」「私らしさ」の真の意味を考えてみます。
2.「本当の自分」「私らしさ」の本当のところ
それでは、「本当の自分」「私らしさ」とは何であるのか。
そんなものは存在しない、というのもひとつの考え方です。極論のようですが、じつはそれらは自己の深い深い場所、いわば無意識の領域に沈められているものだからです。
私たちは、成長する過程でさまざまなバイアス(考えるクセや偏見)を身につけていきます。さらに、現代の人々は、SNSをはじめとするメディアからさまざまなデータをインプットされ、「本当の自分」がどこにあるのか分からなくなってしまっています。
したがって、「本当の自分」「私らしさ」と思い込んでいるものが、じつは育ってきた環境から身につけさせられたものである可能性が強い。また、人は自分の好みの情報を選択して取りこむ傾向があるので、ネットやメディアから入手したそのような情報を、自分の価値観として無意識に構成していく可能性も強い。
それが「本当の自分」「私らしさ」の正体であると考えて差しつかえないかと思います。
3.「本当の自分」「私らしさ」がまわりとぶつかる理由
上記のようにして形成された「本当の自分」「私らしさ」は、情報の多さ、多様さによってさまざまな形を持つことになります。この状態を価値観の多様性と呼びます。
一方、そのような私たちを受け入れるがわの社会や組織、グループはどうか。
多様な価値観を受け入れてくれるようなものであれば、私たちの価値観と衝突することが少ないかもしれない。
しかし、今の日本の社会は、概して、まだ、価値観が一様であり、硬直していて性差別も大きい。同調圧力も強い。
そのような社会に、多様な価値観を持つ私たちはどう対応すればよいか。
メタ認知能力(自身を客観的に振り返る能力)が高い人であれば、自分で対応すことも可能かもしれい。
しかし、今の自分こそが「本当の自分」「私らしさ」であると強く信じている人には、それを一部分でも修正することは容易ではない。
結果として、まわりと価値観が衝突し、あるいは反発してあつれきを生み、あるいは内に向かって抑圧となる。
そういうことだと思います。
4.楽になろう - 居心地よのい場所へ
今の自分こそが「本当の自分」「私らしさ」であると信じている人が、まわりと価値観が衝突して悩んでいる場合、楽になるためにはどうしたらよいか。
そのためには、とりあえず、自分にとって居心地のよい場所を見つけることが、その第一であると思います。
居心地のよい場所(コンフォート・ゾーン)とは、ストレスや不安を感じずに過ごせる環境や状態を指します。安心感があり、リスクを冒さずに日常的な行動ができるため、居心地がよいと感じる領域です。
いまいる場所からコンフォート・ゾーンに移ることが問題の解決方法です。居心地が悪いと感じたら立ち去る。
具体的な方法は、転職、転属、転学など。あるいは、居心地の悪いグループや友人関係から抜けるなどなど。
移る先を選ぶ基準は「好きなこと」ではなく、自分には何ができるか、何が「得意」かです。
では、いつそうすればよいか。身心に変調が起きたとき。あるいは、そこまで行かなくても、強いストレスを受けているときと考えればよいのではないでしょうか。
最後に、コンフォート・ゾーンの中にあっても、余裕のある人は自らの成長を試み、また、先に進みたいと思う人は、コンフォート・ゾーンから一歩ふみ出すことが必要となるかもしれません。それはそれで、また別の話。
5.楽になれない人へ
そうは言っても、簡単によそへは移れないという人もたくさんいると思います。経済的にむずかしい、時間がない、どこへ移ればいいかわからない、まわりに申し訳ない、などさまざまな理由があるでしょう。
そんなときには、いまの環境でがまんする、まわりを変えるという方法もないわけではありません。しかし、それはたいへんむずかしい。一人でがんばるのも結構ですが、限界が来てしまうおそれがある。
そんなときは、ぜひ人に頼って欲しい。親兄弟や友人、信頼できる人に相談する。もちろんその人たちが自分の味方であるとはかぎらない。何もしてくれない可能性もある。でも、あきらめないで、納得にいく答えをさがして欲しい。
それもむずかしいならば、専門家や自治体などの窓口に相談するのもよいと思います。ただ、精神科医やカウンセラーにも質の悪い人もいますので、十分にしらべて、自分にあったところをさがしあてることが必要でしょう。
人との出会い、出会いを求めることが大事です。
なお、心が弱っているときは、ネット上のフェイク情報、詐欺、犯罪、カルト宗教などに付け込まれやすいので、注意しなければなりません。
6.どうでもいいけどどうでもよくないこと
私も70歳を過ぎ、ガンにもなって、あとは死ぬだけです。なので、本当の自分とか自分らしさとか、もうどうでもいい。
でも、それで悩み、苦しんでいる人にとっては、どうでもよくはない。私だって悩んできた。
まあ、年取ってから愚痴っぽくも、説教好きにもなっている。ひとごとなんだけど、ひとごととには思えないんですよ、これが。
いままで書いてきたことが何かの役に立ってくれるとうれしい。
とくに、自己否定感にさいなまれ、前向きに生きる意欲を失って死に至ることがないよう切に願う。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。長い文章ですません。
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