ボヤキばなし 再び「好きだった先生」について
なんだかなーと思ったことを書いています。『安っさんのボヤキばなし』というマガジンにまとめます。
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前回のボヤキばなし「好きだった先生」に対し、意外と多くの教育関係者から「スキ」をいただきました。お礼申し上げます。
でもね、「好きだった先生」はいないという内容だったので、どういう感想を持たれたのだろうと申し訳なく思いました。
小学生だったある日、先生からある問題をあてられたのですが、そのときは答えられませんでした。ちょっとくやしかった。
普通はそれで終わるのですが、そのとき、先生がほかの生徒に「のぼせ上っているからよ」というのが聞こえてしまいました。思いあがっているとかいい気になっているとかいう意味です。結果、私は驚きや悔しさ、恥ずかしさで大泣きしてしまいました。先生も私がなぜ泣いているのかわからなかったと思います。この経験は一生わすれられません。
別の話。学期末の通知票にいつも「協調性がない」と書かれていました。友達も少ないし事実だったのですが、それを書くかね。
いい意味ではないくらいのことはわかります。なので、なにか欠陥があるかのように親にチクることに失望していました。
もともとの性格にこのような経験も加わって、私は先生に親密感や信頼感を育てることができませんでした。
なにげないひとことや行動に未熟な子どもは深く傷つくことがあります。世の先生がた、ご理解いただければ幸いです。
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