ボヤキばなし 好きだった先生
なんだかなーと思ったことを書いています。『安っさんのボヤキばなし』というマガジンにまとめます。
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大好きだった先生の話をよく聞きますが、私にはそれがない。高校までの話です。大学ではそれなりにお世話になった方もいらっしゃる。
”いい子”をよそおっていたので、しかられたことがない。成績もそこそこだったので、いわゆる手のかからない子だったのでしょう。無視されたか、目立たなかったのです。
中学までは、ネチネチと𠮟り続けたり、やたら暴力をふるう教師がいて、先生というものがキライでした。パワハラや体罰などということばもなかかった時代。戦争に行ったことや、共産主義はイカンなどということを授業中に話す教師がいるなど、トンデモな時代でもありました。
小学校の高学年のころ、数か月間ほかの県に転校していたことがあります。イジメられたり、いい思い出はありません。
ただ、そこの先生が、私がまた転校で宮崎にもどるときに、「キミは理科に興味がありそうなので」と、参考書をくれたことがあります。
当時は、特にその先生が好きだったわけでもなく、気にかけてもらっているという意識もありませんでした。
どの教科が得意という意識もなかったのですが、この先生の影響か、中学以降りっぱな理科少年になりました。
高校では、大人の事情で文転しましたが、もしかしたら例の参考書が私の人生を決めていたかもしれない。科学者や技術者になっていたかも。
それも今になって思うことで、一貫して私は人の気持ちや好意などに気がつかない、恩知らずの鈍感人間でした。
好きな先生がいないというのは、私の生き方から来るもので、実際にはいい先生も、恩を感じるべき方もいたのだと思う。
そんな人間だったのよ、私は。取り返しつかん。
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