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アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【その陸】夫婦はひとつになれる、つまり、二つに分かれるのではなく、ひとつの全体になれる、私もそう信じている。 ①

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【その陸】夫婦はひとつになれる、つまり、二つに分かれるのではなく、ひとつの全体になれる、私もそう信じている。 オランダ人画家 フィンセント・ファン・ゴッホ ①


 航海後の長期の休暇が明け、日常が戻りつつあった。

「門真三尉」と呼ばれることにも、徐々に慣れてきた。

 結婚生活の方も至って順調で、厳しい訓練の後の、彼との激甘のプライベートが毎日楽しくて仕方ない。半同棲していた期間も甘かったが、結婚してからは、落ち着くどころか、お互い最後のタガが外れた感じだ。

 とはいえ、そこは幹部自衛官同士。ただれた生活、という訳ではなく、やるべきことはきっちりとこなしている。朝夕のトレーニングも相変わらずしっかりとルーティンに組み込んでおり、家事も常に二人で一緒に片付ける。

 洗濯ものの干し方や服の畳み方仕舞い方、お皿の洗い方や拭き方、掃除の仕方や整理整頓の仕方まで、細かいところも驚くほど考え方が合うので、ストレスフリー。

 きっと、彼が自分に合わせてくれているのだろう、と思い、無理に合わせなくて良いから、思うところがあったら些細なことでも言って欲しい、とお願いしたところ、彼はキョトンとした様子で、
〝俺たちのすり合わせは、出会ってから結婚するまでの二年でとっくに終わってるよ?〟
 と返ってきて、更に驚いた。

 言われてみると、出会った当初は彼と(一方的に)ぶつかってばかりだったのに、いつの頃からか、彼の言動が全てストンと腹に落ちるようになっていた。夕陽が彼への恋に戸惑っていた頃から、彼は自分とのことをずっと深謀遠慮してくれていたのだ。

 傍らには、朝のブリーフィングの開始を静かに待つ彼。

 プライベートでは夫婦になることを急いだ二人だが、パイロットとしては、こうしてずっと隣に居られることはもちろん無いだろう。いつか、別々に飛ぶ日は必ずやって来る。

 だからこそ、彼とのフライトは一分一秒でも無駄にしたくない。不世出の天才パイロットである彼の、最高のパートナーは公私ともにこの自分なのだ、と永遠に周りに認めさせたい。その想いは結婚してから、ますます強まる一方だった。

「よーし、ブリーフィング始めるぞ」

 勝野と水島が部屋に入ってきて、一同、起立して敬礼する。勝野は皆を見回すと、咳払いしてからプロジェクターを起動させた。

「ながと戦闘飛行隊の編成から既に二年以上が経過し、皆のおかげで、ここまで錬成も順調に進んでいると思っている。リムパックでの大活躍、前回の戦競も優勝しているし、我々の隊内外でのプレゼンスは着実に高まって来ている」

 改めて身が引き締まる。この二年強での様々な出来事。それは、彼と歩んできた濃密な歴史でもあった。

「そこで、皆の更なる向上を促すため、我が隊でも、空自の諸隊に倣い、心技体で最高と認められたトップパイロットに贈る称号を創設することにした!」

 おおー、と列席のパイロット達からどよめきが起こる。

「ここで、トップの称号を獲るということがどういうことか、諸君ならよく分かっているはずだ。自他共に、日本最高の戦闘機パイロットとして君臨することになる。何か質問は?」

 すっと敏生が手を上げる。

「はーい、称号は何て言うんすか? ベストガイ? トップガン?」
「そんな他部隊の真似だと、モチベーション上がらんだろ。なので、休み中、俺がかっこいい名前を考えていた」
「おっさんのセンスで?」
「嫌な予感がするな」

 パイロットたちの軽口に、勝野がニヤッと笑う。

「では発表する! ここ、ながと戦闘飛行隊のトップパイロットに贈る称号は、〝WIZ WARRIOR〟だ!」

 パワーポイントでスクリーンに映し出された、トップパイロットの称号。

「ウィズ……ウォリアー?」
「サムライのエースってこと?」
「文法合ってる?」

 言いたい放題の気安い仲間たちに、夕陽はたまらず口を抑え、肩を震わせた。

「いいんだよ、文法なんて。造語なんだから。な、かっこいいだろ?」
「まあ、おっさんにしたらいいセンスじゃん?」

 敏生がフォローすると、勝野がドヤ顔で頷いた。

「だろ? で、ついでにこの隊の愛称も、フライングウォリアーズにしようと思う。今、こんな感じで広報がロゴを検討してくれているところだ」

 スライドに映し出される複数のロゴ案。

「まじかよ。やりたい放題だな、おっさん」
 刑部が呆れたように呟く。
「そんな名前のゲームソフト無かったっけ?」
「右端のやつ、WWEみたいだな」

 遠慮なく指揮官を弄る部下たち。この雰囲気を作り出しているのは間違いなく勝野。

「まあ、米軍の空母飛行隊はみんな愛称あるからなー。ブラックエイセスとか、ロボットアニメのモチーフにもなった海賊旗のジョリーロジャースとか」

 柿崎の発言にみな、うんうん、と頷く。何だかんだで、皆、異存は無いようだ。勝野は頷くと、先程までとは打って変わって厳しい表情になる。

「よし、では来週から選考を兼ねた訓練に入る。ACM、射撃、爆撃、スクランブル、全ての訓練で配点する。称号のための特別な訓練はしない。期間は二カ月間。審査官は俺とポッターだ」

 和やかだった場の空気が一転してピリッとなるのが、指揮官としての勝野の凄さ。

「普段通りにやれ。お前らなら問題ないと思うが、自分の得点のことだけを考えている者は減点となる。心技体、全てで最高を目指せ」

 勝野の言葉に頷く、海自の誇る精鋭パイロット達。だが、以前であればこの手の話に高揚していたはずの夕陽の気持ちは、何故か上がることが無かった。

          *

 「ほい、終了」

 敏生が洗い終えた最後のお皿を受け取ると、布巾で拭いて、食器棚に仕舞う。

「ん? どうした? 夕陽」
「え?」
「いや、何かぼーっとしてるからさ」
「あ、いや、大丈夫だよ? きゃっ」

 敏生に突然、お姫様抱っこされて、短く悲鳴を上げる。

「隠さず何でも言おう、って約束だよね?」

 夕陽のちょっとした葛藤も見逃さない彼。やっぱりよく見てくれている。

「ん……、何か気乗りしないな、って」
「え? ザ・ファイナルシップ嫌だった? だったら他のにする?」

 ネットクリックスで一緒に観始めた米ドラマのことだと思っている彼。夕陽は微笑むと首を横に振った。

「違うよー。あれは、あたしも観たかったもん。……今日の、ウィズウォリアーのこと」
「うん?」

 敏生は夕陽を抱きかかえたまま、ソファに腰を下ろした。

「なんか、トップとか、もういいかな……、って。戦競でMVP獲った時も、全然嬉しくなかったし」
「ごめんな。それは俺のせいだね」

 すまなさそうな表情を浮かべる彼に、夕陽はぶんぶんと顔を横に振った。

「ううん、違うの。あたしの目標はいつの間にか変わってたの。多分、ずっと前に」
 ぎゅっと彼に抱き着く。

「敏生の隣をずっと飛び続けていたい、って」
「夕陽……。すごく嬉しいよ」

 彼もまた、抱きしめ返してくれて、その流れのまま深くキスを交わす。お互いにとっての癒しのひととき。やがて、彼はそっと夕陽を引き剝がすと、悪戯っぽく微笑んだ。

「じゃあさ、俺がウィズウォリアーを獲るのを手伝ってくれないか? イデアがいたからガイアはタイトルを獲れたんだって」
「え?」

 意外な彼の提案。彼の名声は既に隊内どころか、米軍を始め、同盟諸国の空海軍関係者にも轟いている。共同訓練の時などは、噂を聞きつけた他国のパイロットたちが次々と握手を求めてくるほど。

 もはや、タイトルを獲ったところで、箔がつくというレベルでは無いし、これまで、この手のタイトル争いには全く無関心だった彼。

「もちろん、途中でタイトルが欲しくなったら、自分のために飛んでくれて構わない」
「なんでそんな……」
「夕陽が俺の隣を飛び続けたい、って思ってくれているようにさ、俺も夕陽と二人で認められたい、って思ってる。だから正直、どちらかがタイトル獲れれば、それでいいんだ」
「あ……」

 彼もまた、自分と同じ想いでいてくれたことが何よりも嬉しい。

「戦競はそのチャンスだったのに、俺のせいで逃した。だから今度こそは」

 彼の言いたいことは理解できた。リムパックの時は、夕陽が暴走したせいで、彼は刑部と組み、その結果、揺るぎない名声を手に入れた。逆に戦競の時は、夕陽がMVPを獲ったが、彼は謹慎で隣にいなかった。

 勝野が二人は一緒に居た方が強いから、と海幕を説得してくれて、結婚しても異動することなく、一緒に飛べているが、それを裏付けるものが形で残っていない。

 現場レベルで関わっている「ながと」のクルーや厚木の仲間たちは肌感覚で理解してくれていても、市ヶ谷はいちいち末端一人一人の仔細な事情など、理解できるわけもなく、慮るはずもない。判断材料は、あくまでも上がってくる「結果」のみ。

 だから、もしかしたら、色々と言ってくる人たちがいるのかもしれない。でも、それはそれで仕方のないことだ。

「ありがとう敏生。あたし、すごくやる気が湧いて来たわ」

 そうだった。ずっと隣を飛んでいたいなんて、願っているだけでは叶いっこない。戦力としてのコンビの有用性を示さなくては。だからこそ、今度は二人一緒に結果を残すのみ。

「それからもう一つ。俺たちだけの目標を作りたい」
「あたしたちだけの?」

 敏生は頷くと、夕陽の頬をそっと撫でた。

「うん。誰にも撃墜されず、毎回、二人で一緒に生き残ること」

 彼の言葉にきょとん、とする。

「訓練だからといって、一か八かの無謀な賭けには出ない。しっかりと実戦を想定して、勝てなくても、お互い必ず生きて戻ってくる」

「……逃げ回るってこと?」

「そうじゃない。現代戦において、武器と人を失うことは継戦能力の点において致命的だ。分かるよね? F35やF15は墜とされたからといって直ぐに補充が利くわけじゃない。仮に補充が出来たとしても、パイロットがいなけりゃ飛ばせないし、いたとしてもF35が初めてなら、機種転換にはどんなに急いでも半年以上は掛かる。だから、現代戦では人も機体も生き残って、出撃を繰り返すことがとても重要なんだ」

 確かにその通りだ。太平洋戦争の時ですら、実はそうだった。


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