アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【エピローグ】王であれ農民であれ、家庭に平和を見出すものこそ最も幸福である。 ① (残り4話です)
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【エピローグ】王であれ農民であれ、家庭に平和を見出すものこそ最も幸福である。 ドイツ人詩人・小説家 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ ①
「じゃあ門真二尉、次はこれをお願いしますね。アレンジは好きにやっていただいて構わないですから」
「おっけー。頑張るね」
基地広報の仕事に回されて三カ月が過ぎた。
時折、少し膨らんできたお腹をそっと撫でる。大事を取って人前に出る仕事も無く、平穏無事な日々。
あの航海から帰港した後、満を持して子作りを始めたら、驚いたことに直ぐに出来てしまった。
身体に常に負担が掛かる戦闘機パイロットという職業柄、自分は出来づらいと思い込んでいただけに、妊娠検査薬に反応が出た時は俄かに信じられなかった。病院で改めて診察を受け、エコー検査で胎嚢を確認して、ようやく実感が湧いた。
そして、妊娠して分かった、海幕による、手厚いまでの女性自衛官への対応。海幕が発行している隊内通知「女性自衛官の妊娠時等における職務制限等の基本的な考え方について」では、「母性保護の観点から、妊娠及び出産に伴う一定期間の不在による人事上の制約を考慮する必要がある」と説いており、様々なシチュエーションにおける指針が定められている。夕陽の基地広報への異動は、第二項の「職務制限」で定められた次のような指針に基づいて実施された。
妊娠時等の職務制限に関する基本的な考え方は、労働基準法及び船員法の母性保護の精神(軽易でない業務の制限、危険有害業務の制限、時間外労働・深夜業の制限)を考慮し、次のとおりとする。
(1)艦艇乗組及び航空機搭乗配置
妊娠が判明した時点で、艦艇乗組及び航空機搭乗配置から陸上の配置とすることを原則とする。
(2)その他の配置
妊娠時等の女性自衛官が女性労働基準規則第2条(別紙第2項)の項目の職務制限の業務に該当する業務を行う配置においては、軽易業務への配置替等に配慮する。その場合の配置転換は、原則として当該部隊内で行うものとする。
敏生が以前から勝野に、結婚式後の子作りをほのめかしていたこともあり、勝野も、予め事態を想定して、厚木航空基地隊の司令と、そうなった場合の段取りを組んでいたようで、妊娠発覚から二カ月後には、航空基地隊へ「異動」となった。この「異動」により、幹部自衛官としての数年おきのローテーションを消化したことにもなり、育休明けにはまた、ながと航空隊へ「再異動」することになるので、当面の間、夕陽は厚木に居られることになる。これもまた、勝野の配慮だった。
窓の外では慣れ親しんだ漆黒の機体が轟音と共に離着陸を繰り返している。敏生と共に、あの機体で空を翔けていたのは、ついこの間のこと。色々なことを思い出してしまう。
あたし、駄目だな……。敏生のことで頭がいっぱい。
敏生は相変わらずとても優しい。いや、妊娠してから、その甘さにますます磨きが掛かっている。妊娠が分かった時の彼の喜びようは想像以上で、改めて、彼に深く愛されていることを実感した瞬間だった。
仕事やトレーニングですごく疲れているはずなのに、嬉々として、それまで二人で分担していた家事一切を引き受けてくれる。もっとも、夕陽としては彼の世話を焼きたくて仕方ないのだが、少しでも何かしようとするものなら「お腹の子に障る!」と言って引き止められてしまう。
敏生、どうしているかな? ちゃんとお弁当、食べてくれたかな?
そう、彼もまた、ここには居ない。今頃はきっと、目黒の統合幕僚学校で全国から集まったエリート候補生たちと共に課題と睨めっこしているに違いない。
〝俺は夕陽との愛と大空に生きるの!〟
かつてそう宣っていた彼。出世なんかには全く興味なかったはずなのに。
「それはあれですよ。一家の主としての責任ってやつじゃないですか?」
「そ、そうなのかな?」
いつものように曹士食堂に出向いての美鈴との昼食。
「そうですよー。こんなに可愛くて綺麗なお嫁さんをもらって、挙句に速攻孕ませた、ときたらねー」
「ちょ、ちょっと美鈴ちゃん、言い方いやらしい!」
夕陽が慌てて美鈴の口を封じる。美鈴の言う通り、夕陽の妊娠が発覚した途端、急いで指揮幕僚課程の受験を申し込み、猛勉強を始めた彼。
「大変らしいですね、指揮幕僚課程って。入校ですら狭き門で、入ってからも論文漬けの毎日で。でも、卒業できれば将官への道も開けるし、本省の内局官僚と同等の扱いも受けられるんですって。ま、あたしには縁遠い世界ですねー」
「あたし……別に敏生に将官なんて望んでないし、ずっとそばに居られればそれでいいんだけどね……」
「こら。お腹に赤ちゃんいるくせに、何を乙女なこと言っているんですか?」
「え?」
「自衛隊は一階級違うだけで生涯賃金や退職金も雲泥の差なんですよ? 子供が生まれればお金もかかるし、万が一幼稚園から大学まで私立で、しかも理系なんかに行かせたらそれこそ二千万円は下らないんですよ?」
「そ、そうなの?」
「お二人とも幹部自衛官かつパイロットのダブルインカムだから収入はそこそこいいと思いますけど、子供や二人の老後のことを考えたら、沢山もらっておくに越したことないんです! まさにお兄ちゃんの献身的な愛じゃないですか!」
「み、美鈴ちゃん、すごく詳しいわね……」
「そりゃあ、結婚ともなれば現実を直視することは重要ですからね」
「え? 結婚?」
「あ、やば……」
「えっ!? えー! もしかして坂本君?」
「……はい」
「本当に? おめでとー!!」
「あのっ、みんなには黙っていてもらえますか? 自分たちの口から言いたいので……」
「もちろん! やったね、嬉しいなー。坂本君、とってもいい人だもんね」
「その節は大変お世話になりました。お二人には本当に感謝しています。こんな形じゃなくて、お二人には真っ先にご報告に上がろう、って航と話していたんですけど……」
美鈴が深々と頭を下げる。
「いいよー、改まって。それにあたしたちはあの時、引っ掻き回しただけのような……」
「いえ、お二人にご立案いただいた〝大作戦〟が無ければ、きっと今でもまともに口すら利けていなかったと思います」
もっとも作戦を仕掛けたのは敏生で、当時、夕陽は「やめなよー」と止めに入ったのだが。結果論としては、二人の結婚にまで繋がり、結果オーライというところか。
「坂本君、奥手そうだもんね。あたしもそうだったから分かるなー」
敏生のことが既に好きになっていたのに、恋愛経験の無さから、ただただ戸惑い続けた、あのじれったい日々。お腹に彼との子供を宿した今となっては、とても懐かしい。
美鈴との昼食を終えると、職場に戻り、午後の仕事に取り掛かる。
今、任されているのは、基地見学にやってくる小学生たちに自衛隊の仕事内容を知ってもらうための、パワーポイントでの説明資料の作成や、イベント用のチラシ作り。
パワーポイントなどこれまで使ったことも無かったので、当初は不安でしかなかったが、勝手が分かってくると、とても楽しい。もっとも、決して簡単な仕事ではない。
自分たちの仕事をどのように紹介したら分かってもらえるか、共感してもらえるか、興味を持ってもらえるか、パイロットの時とはまた別の脳味噌を働かせなくてはいけない。
何より、これまでパイロットという仕事しか経験してこなかった身としては、基地隊の隊員たちがこうして、日々、地道に地域周辺への理解活動に取り組んでくれているおかげで、毎日、雑念もなく飛べていたことが分かり、頭の下がる思いだった。なので、今ではこうして地上勤務を経験することも、とても重要なことだと理解している。
「門真二尉、すごいですね。デザインとか勉強されたりしていたんですか? 内容もすごく分かり易くて、アレンジも可愛くて、ばっちりです」
夕陽の指導員をしてくれている広報官の鈴木真琴三曹が、笑顔で褒めてくれる。
「本当に? ありがとう!」
褒められて素直に嬉しい。
「門真二尉にこんなセンスがあったなんて、広報としてはラッキーです。チラシ作りが得意だった屋敷曹長が館山に異動されちゃって、みんな困ってたんですよー。これなら、来年の春祭りのポスターやチラシも、門真二尉にやってもらいたいな」
「ええっ? それはさすがに無理だよー」
「大丈夫ですって。春祭りは出産後ですし、ちゃんとサポートもしますから。何なら、航空隊に戻られた後も、しばらくお願いしちゃおうかな。あ、そろそろ時間ですよ」
「あ、本当だ」
基地周辺の道路は、定時後は通勤ラッシュで非常に混むので、身体に負担が掛からないよう、16時30分までの時短勤務にさせてもらっている。夕陽は周囲のメンバーに挨拶をすると、職場を後にした。
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