アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第四話】指揮官は、部下の中に入っていき、彼らとともに感じてともに考えなければならない ①
【第四話】指揮官は、部下の中に入っていき、彼らとともに感じてともに考えなければならない ドイツ国防陸軍元帥「砂漠の狐」エルウィン・ロンメル ①
失敗した自覚はある。
少しでも良いところを見せようと、張り切り過ぎてしまったのは紛れもない事実だ。
「大丈夫ですか? 夕陽さん」
箸が進まない夕陽を美鈴が心配そうに覗き込む。
「うん……。なんか久しぶりに物凄く叱られたから、さすがに堪えたわ……」
がっくりと項垂れる。
「ポッター、水島副隊長は幾重もの緻密なトラップで相手を追い込んでいく、教導群史上随一の策士と言われた人ですから。計算外の動きをされたのが気に障ったんですかね」
もちろん、夕陽も以前から水島の凄さは知っている。千歳時代に教導群の巡回指導があり、先輩パイロットたちがことごとく水島に撃墜され、一様に落ち込んでいた場面を今でも覚えている。その時の夕陽はまだ新人で、手合わせをする機会すら得られなかった。
それがこれから二カ月半、まさかウィングマンとして直接指導を受けることができるとは。敏生には悪いが、モチベーションはかなり上がっていた。
そして待ちに待った本日午前のACM訓練でのこと。水島からは指示があるまでしっかりとついてこい、と言われていたのだが、夕陽は相手の一瞬の隙を見つけると、編隊を解いて追いかけてしまった。結果としては見事、撃墜を果たしたのだが。
「結果良ければ全てよし。そこまで気にする必要は無いんじゃないですか?」
「でも、そういう問題じゃないって……」
〝今回はジャックの拙攻だったからお前は運良く捻じ伏せることができた。もしお前が追い掛けた相手がガイアやアッシュだったら、あれは完全に罠で、俺たちは全滅していた〟
指示に背いたのは確かだ。だが、残した結果すら歯牙にもかけず、この場にいない敏生を評価する水島の言葉に、唇を噛む。
「厳しいですもんね、副隊長。教導群では新撰組の土方歳三になぞらえて〝鬼の副長〟って呼ばれていました。勝野隊長がどちらかというと放任主義だから、隊内を締め上げるのは副隊長の役目でしたね」
少しでも気を紛らわせようと、色々と話を広げてくれる美鈴。それが申し訳なくて、夕陽はしっかりと箸を進め始めた。
「そういえば、午後のフライトは門真二尉が戻って来られるんですよね?」
「え? あ、ああ、そうだね」
「ガイアはある程度、夕陽さんの自由にやらせてくれますもんね。なんたって夕陽さんのこと、一番良く分かっていますから」
美鈴の言葉にぶほっと咽る。
「会いたいですね? 優しいダーリンに」
「べっ、べっつに。どうでもいいわよ」
「ふーん?」
勝野の命令で、先週から目黒の航空自衛隊幹部学校で幹部普通課程を受講している敏生。
対象は五十歳以下の一尉と二尉で、三佐へ進むための必須課程だ。本来であれば海自の中級幹部特技課程を受講することになるのだが、航空作戦のカリキュラムに関しては空自に一日の長ありとのことで、空自での研修になったらしい。
期間が二十週以上の海自研修に対し、SOCは十週間と短く、ちょうど「ながと」の補修のための入渠期間に収まることも決め手のようだった。
この十週間は完全に入寮して課程に専念となるのだが、航空隊の戦力化を急ぐ「ながと」の事情もあり、目黒基地での「業務実習」の時間に週2回だけ、厚木に戻ってフライト訓練に当てることを許されていた。
「その割には先週からずーっと元気ないですよ。夕陽さん、気づいています? 最近ため息ばかり」
「ええっ? うそうそ」
「ほんとです。切なさそうな、恋煩いっぽいやつ」
「ちょっと、やめてよぉ」
「でも、もう何度かデートしたんですよね?」
「でっ、デートじゃないよ! あくまでもウィングマンとして親睦を深めるため……」
「じゃあ、今までもコンビ組んだ人とは一緒に遊びに行ったりしたんですか?」
「まさか。敏生だけ……あっ」
ニヤニヤと夕陽を見つめる美鈴。またしても彼女の誘導尋問に引っ掛かってしまった。
「幹部普通課程、指揮幕僚課程ほどじゃないけど、かなり大変みたいですよ」
夕陽があたふたと必死に言い訳を考えていると、美鈴が話題を変えてきた。
「え?」
「毎日、山のように課題出されて、レポート書かされるんですって。パイロットも管制官も整備員も関係なく、皆さん疲れ果てて帰ってきます」
知っている。特に敏生のような防大卒のキャリア組はA幹部と呼ばれ、将になるためにいくつもの昇進試験を乗り越えなければならず、忙しい課業の合間を縫って勉強漬けの毎日を送ることになる。
「夕陽さんも数年後には受けることになるんですから、門真二尉から色々聞いておいた方がいいですよ?」
「あたしはA幹の敏生と違って、航学出身のB幹だから履修は当分先だよ」
「何言ってるんですか。夕陽さんは女性隊員たちの希望の星なんですから、もっと上に行ってもらわないと」
「あたしはガラじゃないし、希望の星なら三護群の桑原海将補がいらっしゃるじゃない」
京都・舞鶴を母港とする第三護衛隊群の桑原瑞穂海将補。女性初の護衛隊群司令として、隊内では知らぬ者のいない女傑だ。
「あ、ああ、そうですね」
「どうしたの?」
桑原の名前を出した途端、歯切れの悪くなった美鈴を覗き込む。
「なんでもないです。あ、いっけない。補給品の棚卸し、二時までに終わらせなくちゃいけないので先に行きますね」
「うん。じゃあまた後でね」
「午後の短い時間で、優しいダーリンにたっぷりと癒されてくださいな」
美鈴はわざとらしくウィンクすると、さっさと行ってしまった。
「だから、そんなんじゃないっていうの」
赤くなった顔を誰にも見られたくなくて、夕陽は俯くと味噌汁をすすった。
*
敏生が戻ってきたのは、予定の時間よりも十五分ほど遅れてのことだった。
「ごめん、夕陽。遅くなっちゃった。電車が遅れてさ。さ、ブリーフィング始めよう」
息をつく暇もなく、テキパキと打ち合わせの準備を始める敏生。
「今日は一五〇〇から水戸東方R121空域での空対空射撃訓練。AGTS(機関砲用標的装置)を使用する。その後はE空域に移動して、柿崎隊との空対空戦闘訓練だ。前回はガッツさんにまんまとやられたから今回はリベンジするよ。ここまでで何か質問は?」
「……大丈夫?」
「ん? 俺?」
「うん。敏生、何か疲れてそう」
「だーいじょうぶ。これくらいでヘバってたら国防なんて出来ません。それに久々に夕陽と会えたからテンションは上がりまくりだよ」
「バカ」
夕陽の返しに、あはは、と楽しそうに笑う敏生。
実際の訓練も、夕陽の杞憂だった。ここ最近、訓練時間が減っているにも関わらず、彼は相変わらずの技量を維持していて、射撃でもACMでも抜群の結果だった。
訓練後のディブリーフィングもいつも通りの的確さで、効率よく次回に向けた課題の整理とラップアップを終えた。
「お、もうこんな時間か。ごめん、すぐ目黒に戻らなくちゃ。夜は班でディベートなんだ」
「うん。あ、えっとさ」
「ん?」
駅まで車で送ろうか? と喉元まで出かかって言い淀む。
「お、トシ上がりか? 送ってやるぞ。俺も上がるからついでだ」
間を割って入ってきたのは本日の空対空戦闘訓練の相手、柿崎だった。
「マジっすか? じゃあ二俣川までお願いします! 恵比寿まで一本で帰れるんで。ガッツさんは希望ヶ丘でしたもんね?」
「分かったよ。相変わらずちゃっかりしてるな。混まないうちに行くぞ」
柿崎が苦笑しながら敏生を促す。
「へへ、ラッキー。じゃあ夕陽、また来週な。頑張れよ」
「あ……、うん。敏生もね」
敏生は嬉しそうに夕陽の頭を掻きまわすと、柿崎を追ってブリーフィングルームを出て行った。
「……二俣川までなんて、送るわけないじゃない」
夕陽は膨れると、手荒に机の上を片付け始めた。
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