見出し画像

アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第三話】落ち着け、そしてよく狙え。お前はこれから一人の男を殺すのだ ②

【第三話】落ち着け、そしてよく狙え。お前はこれから一人の男を殺すのだ 革命家 エルネスト・「チェ」・ゲバラ ②


 そんな軽いノリだったにも関わらず、昨夜は緊張してあまり眠れなかった。こんなことであれば多少の免疫は付けておくべきだったのだ。この歳にして初めての異性との外出。

 だって、しょうがないじゃない……。

 高校までは厳格な両親の下、常に監視下に置かれ、航空学生になってからはただひたすらにファイターパイロットになることを目指してきた。デートの誘いは多かったが、ひと睨みすると大抵の男は離れていった。
 
 だが、彼は違った。出会ってからひと月ちょっと、これだけあしらっているのにめげない男は初めてだ。もっともセクハラで訴えようとは思わない。
 そう、満更でもない自分がいるのは認めざるを得なかった。上官としては指示も的確で文句なしの男。一度くらいなら彼のプライベートに触れておくのも悪くない、と思うのは言いわけじみているだろうか? 

 気がつけば無意識のうちにいつもより短めのスカートを履いてきてしまっている。相手はかつて航空自衛隊内にその名を轟かせた希代の女ったらし。

 失敗したかな? などとあれこれ思いを巡らせていると、ポンと肩を叩かれた。

「よっ、おはよう」
「あ、お、おはよう……」

 見慣れたパイロットスーツではなく、ファッション誌から抜け出してきたような洗練された出で立ち。これまでも彼の私服姿は目にしているが、彼が自分と会うために選んだ服装だと思うと急にドキドキしてくる。

「待ち合わせ十分前で俺より先に女の子がいるの、何か新鮮」
「十分前集合は当たり前でしょ?」

 彼の言葉の意味が理解できず、首を傾げる。

「へへ、夕陽のそういうところが大好き」
「ちょっ、な、何をいきなり」
「ほい、行こうぜ」

 すっと切符を差し出され、戸惑う。ツイカなら持っているのに。

「あ、ありがとう。払うよ」
「デートで女の子に金なんか出させるかよ。これ、門真家のポリシーね。覚えといて」
 そういうとさりげなく手を取られ、夕陽は従うしかなかった。

 土曜日の朝だが、横浜に向かう電車はそこそこ混んでいて、敏生は車両の端にスペースを見つけると、夕陽を他の乗客から庇うように位置取りした。手は繋いだまま、しかも近い。異性と手を繋いだことなんて小学校のキャンプファイヤー以来。真っ赤になった顔を悟られないよう俯く。

 ねえねえ、あの人むちゃくちゃカッコよくない? 明らかに敏生に向けられた若い女性たちの話し声が聞こえてきて、少しムッとする。なぜだ? 分からない。

「えっと、今日の敏生、ずいぶんとお洒落だね……」

 照れ隠しから、とって付けたような話題を振る。敏生は一瞬、キョトンとして夕陽を見たが、柔らかく微笑むとシャツの胸元を摘んだ。
「ん? これ、下はユニシロ、上はGUP。二尉の手取りなんて知れているから、その分着こなしでカバーだよ」
「そ、そうなの?」
「それより今日の夕陽、マジ可愛い」
「へ?」
「うん、いつにも増して」

 彼の言葉に耳まで赤くなるのが自分でも分かる。いつもとの違いはナチュラルメイクを施していること。普段は飛行訓練で汗をびっしょりと掻くので化粧などしないが、基本的におしゃれ好きだ。
 もっとも誰かのことを考えながら化粧をしたのは初めてのことで、違いをさらりと拾い上げて褒めてくれる彼に心が舞い上がる。

「しっかり掴まってないとあぶないよ」

 彼の手がスッと背中に回り、軽い抱擁のような形になる。頭の中はもはや真っ白。あまりにも自然な彼の所作は撥ねつける隙すら与えてくれない。

 そ、そうよ。混んでいるから、撥ねつけたら他のお客さんの迷惑になるし!

 電車が揺れるたび、逞しい彼の胸が額に当たる。やがて背中にあった彼の手が頭に回ると、夕陽は促されるまま彼の胸に頭を預けた。頭の中で必死に言いわけを唱えながら。

          *

「わ~! すっご~い! 海きれ~い!」

 やって来たのは八景島マリンパラダイス。爽やかな海風が心地よい。

「この間、初航海終えたばかりじゃん。それに夕陽、下関出身だろ?」
「こういうときに見る海はまた違うよ~」
「そんなもんかね」

 優しく微笑む彼に思わずドキッとして、目を逸らす。

「敏生はよく来るの? ここ。その、海老名で一緒にいた子とか、おととい横浜で一緒にいた子とか……」

 軽口を叩いたつもりなのに、胸がズキンと痛む。

「ん? あいつらとは来たことないよ。ただの割り切った友達って言ったじゃん? ここに来たのは高校生のときに当時の彼女と以来、かな」

 彼女……それはそうだろう。平静を装い、彼を見上げる。

「……その彼女さんとはどうなったの?」
「振られたよ」
「え?」
「他に男ができたって。俺といると辛かったんだってさ、やっかみとか。なんだよ、それ? って感じだよな。それ以来ぶっちゃけ、女の子に深入りするのが怖くてさ」

 敏生の予想外の返答内容に思わず動揺する。その時の失恋体験が手当たり次第、女性に手を出すことになった理由であろうことは想像に難くない。

 あたし、もしかして地雷踏んだ? でも……

「だから俺、恋は本当に久しぶり。一目惚れなんて初めてだし」

 一瞬曇った彼の顔が、またすぐにいつもの能天気な表情を取り戻す。その様子に一旦はホッと息をつくも、夕陽は繋いだ手に視線を落した。

「……ね。割り切りって、あたしやっぱり良く分からない。どんな子にも気持ちはあるんだから、敏生のやっていることは良くないと思う」

 多分、どんなに敏生が予防線を張ったところで、彼女たちはきっと割り切りなんて思ってない。あの目を見れば分かる。

「ごめんね、何も知らないのに偉そうなこと言って。もちろん裏切られた敏生の気持ちも分かるけど、それと同じこと、敏生がやっちゃダメだよ」

 驚いた表情で自分のことを見つめてくる敏生。

 怒ったかな? でも気づいて欲しい。だってあのとき、パイロットとして目指すべきところを熱く語ってくれた彼こそが、本当の姿だと思うから。

「……ん、そうだね」

 彼の顔が和らぐ。

「やっぱり俺、間違ってなかった。夕陽のこと好きになって」
 心底嬉しそうな彼。〝好き〟という言葉に思わず胸が鳴る。そうだ、確かめなきゃ。

「……ねぇ」
「ん?」
「何であたしのこと好きになったの? よく知りもしないのに一目惚れとか」

 前から聞いてみたかった疑問。選り取り見取りの彼が、よりによって何故、つっけんどんで魔女と揶揄される自分なのだろう?

「ああ、やっぱ見た目?」
「……あたし帰る」

 怒って踵を返した夕陽の手首を、彼が咄嗟につかんだ。

「おっと、勘違いすんなよ。確かに夕陽は滅茶苦茶可愛いけど、こっちはモデル並みの美女なんて腐るほど相手にしてきたんだ」

 馬鹿にされたと思いきや、いたって真面目な顔つきの彼と目が合う。確かにそうだ。容姿で落ちるような経験値の男ではない。

「夕陽、背は低いし見た目華奢だろ。そんな子がファイターパイロットで、しかも千歳のベストガイ。男の俺ですら大変な世界なのに、それこそ血の滲むような想いをしてきたんだろうな、って」

 掴んだ夕陽の手首を見つめながら、愛おし気に話す彼。

「初対面で女の子に睨みつけられたのも初めてだったし、常に肩肘張って生きてきたんだろうなって。そう思うと無性に守ってやりたくなったというか」

 出会って一瞬でそこまで思い至ったというのか? もっとも、彼のその言葉に取って付けたような様子は微塵も感じられない。おそらく、一瞬一瞬の状況判断を求められる戦闘機パイロットゆえの直感だったのかもしれない。

 でも、あたしは……

「あたしは男の人に守って欲しいとは思わない。これまでも道は自分で切り開いてきたわ」
 声を抑えて出来る限り冷たく言い放つ。

「それでいいんじゃない? 夕陽を守りたいのは俺の勝手だし。好きな子を守りたいと思うのは男なら当たり前の感情だよ。深く考える必要はない」
 流されそうな夕陽としては精一杯の抵抗のつもりだったが、彼の方が何枚も上手だった。

「何も一足飛びに恋人関係なんて求めちゃいないさ。まずはエレメントを組む仲間として親交を深めようぜ」

 そう言われてしまうと、これ以上抗う理由はない。

「……うん」

 こくん、と小さく頷く。完全なる敗北。だが、悪い気はしない。再び胸がトクンと鳴る。

「ってことでまずはジンベエザメ! こっちこっち!」

 少年のような笑顔を浮かべて夕陽の手を引く敏生。プライベートで続くか不安だった会話も途切れることなく、終始彼がリードしてくれる。彼と一緒にいると、自然と女の子になれる自分がいて、それもまた驚きだった。

 うん、これが女ったらしのテクニックってやつよね、あぶないあぶない。

 ハッと我に返っては一人、注意喚起を繰り返す。恋愛慣れしていない夕陽にとって、裏表のなさそうな彼の笑顔をどこまで信じてよいのかさっぱり分からなかったが、彼に近接相までパーソナルスペースを割られることへの不快感は全くなかった。

 八景島で遊んだあとは少し足を延ばして、みなとみらいの夜景が見えるフレンチレストランで食事を共にし、戻って来たさがみ野の駅前では、名残惜しくなった夕陽から「お礼」を言い訳に軽く居酒屋へ誘った。彼はとても喜んでくれたのだが、ここでも彼がお会計を全額持とうとしたので、そこは全力で阻止したのだった。

 それが今日の出来事。腕の中に抱き締めているのは、彼に買ってもらった大きな白イルカのぬいぐるみ。ベッドに座りながら、彼とのやり取りを一つ一つ丁寧になぞる。

 一緒にいてとても楽しかったのは事実。結局、最後まで彼と繋ぎっぱなしだった右手をそっと撫でる。アパートの前まで送ってくれた彼におやすみなさい、と言うのは何だが少し淋しくて。でもそれがまた悔しくて。

「敏生のバーカ!」

 夕陽はそう叫ぶと、白イルカのぬいぐるみを抱き締めたままゴロンとベッドに横たわり、余韻に浸るようにそっと目を瞑った。


リンク

次の話 アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第四話】指揮官は、部下の中に入っていき、彼らとともに感じてともに考えなければならない ①|京

前の話
 アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第三話】落ち着け、そしてよく狙え。お前はこれから一人の男を殺すのだ ①|京

最初から読む
アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第一話】指揮官はまず楽観的であることが重要である ①|京