アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第七話】じっとこらえてゆくのが男の修行である。 ①
【第七話】じっとこらえてゆくのが男の修行である。 再び、連合艦隊司令長官 山本五十六 ①
聞こえるのは激しい自身の息遣いのみ。
目まぐるしく入れ替わる天地。
透き通るような空とコバルトブルーの海に見惚れている余裕などない。歯を食いしばり、腹部に力を入れて地球の重力に抗う。
蒼穹に乱れる白雲は鉄鷲たちの戦いの激しさの証。
あと少し、あと少し………よしッ!
「Yes! Lock-on! NUTS, you were killed」
〝……All right. I was defeated〟
撃墜宣告にナッツこと、滑川智司二尉が応じる。
〝Well done, EDEA〟
スッと横に並んだのはフォローに徹してくれていた編隊長機。
〝Thanks to you, GAIA〟
弾む声でお礼を言う。
〝強くなったな、イデア〟
「まだまだ、全然よ」
その返答に彼はきっと含み笑いを浮かべているに違いない。
〝OK, Mission completed. Let's return to the base〟
「Roger」
ガイア機が腹面を見せると、夕陽も続いた。
勝つには勝った。「東方の幻影」と呼ばれたナッツに。
だが、敏生が背中を守ってくれているという絶大な安心感があればこそ。自分ではなくても勝てたはずだ。慢心は禁物、妥協は一切したくない。彼が見ている景色を自分も見てみたいから。
皆が言うように、彼は確かに不世出の天才かもしれない。だが、才能だけで乗り切れるほど戦闘機乗りの世界は甘くは無い。彼を最強たらしめているのは、その意識の高さと弛まぬ努力であるということを既に知っている。
努力を欠かさぬ天才についていくためには彼の何倍も、何十倍も、いや、何百倍も努力しなくてはならない。リムパックのときのように、もう二度と敏生の重荷にはなりたくない。いつまでもずっと、彼のウィングマンとして飛び続けていたい。
自覚した彼への恋心は何度も溢れそうになった。だが、その度に必死に押し止めた。いつか、胸を張って彼の横を飛べるようになるまでは、と。
「最近のイデアは鬼気迫るものがあるな。以前にもましてストイックというか」
レポートに目を走らせながら勝野がほくそ笑む。
「ガイアにもいい影響が出ていますね。教導群の時から奴の才能は分かっているつもりですが、この総飛行時間でこの成績は化け物と言う以外に言葉が見つかりません」
副隊長の水島がため息を漏らす。経験がものを言うパイロットの世界の常識を次々と打ち破る敏生に、歴戦の水島も素直に感嘆せざるを得ない。
「天才は天才を知る。イデアの才能を一番理解しているのはトシだ」
「隊長はイデアも天才だと?」
「二年目のパイロットがラッキーで千歳のベストガイは獲れんよ。本当は教導群時代に俺の下に呼びたかったがな」
「それをやったらただでは済まなかったでしょうね。ガイアの時ですら実戦部隊一年目の新人を抜擢したことにあれだけのクレームが来たんですから」
当時を思い返し、二人で笑う。米空軍からの経っての要望で留学期間を延長し、F15への機種転換まで米国で受けさせられた新人が居ると聞いて駆け付けた那覇基地。
興味本位で軽く揉んでみるつもりが、同行した猛者の一人が返り討ちに遭い、最後は勝野がやっとのことで捻じ伏せた。その腕前に末恐ろしさを感じた勝野は、通常の育成で逸材を潰してなるものかと方々にかけ合い、敏生の教導群へのスカウトを実現させた。
もっとも当の本人は那覇から離れると若い女の子が減る、と言ってかなり渋ったが。
当然のことながら新人を教導群に引っ張るなど前代未聞だと、巡回指導を受ける側の実戦部隊からは非難の嵐。それを黙らせたのは敏生本人だった。
新人だからと舐めてかかってきた各隊のベテランパイロットたちを、ことごとく奈落の底に突き落とした。そして一年も経つと、文句を言う者は誰一人いなくなった。「空自創設以来の天才パイロット」の称号と共に。
「少なくともここは教導群じゃない、実戦部隊だ。俺の編成に文句は言わせん。それに」
窓の外を轟音と共に駆け上がっていく部下たちの編隊。
「彼女もいずれ実力で周囲を黙らせるだろうさ。戦闘機パイロットに老若男女は関係ない」
当然のことながら分かっている。彼女に対するやっかみ混じりのくだらない陰口が後を絶たないことを。だが、それを黙らせることが出来るのは結局、本人次第だ。隊長である勝野に出来ることはその機会を作ってやることだけ。
「それにしてもあいつら、公私共に仲良すぎですね。問題起こさにゃいいのですが」
水島の不安を勝野が声を出して笑い飛ばす。
「なあに、お互いが本当に尊敬し合えているのであれば問題など起きないさ。それこそ逆にくっついちまえばいいんだよ。あいつらが落ち着いてくれた方が、俺も安心できる」
「まさか、最初からそのつもりで?」
「まさか。俺もあいつらがここまで共鳴し合うとは思ってもいなかった」
笑いながら手元のレポートに視線を落とす。
「まるでアホウドリのつがいのように、な」
*
リムパックから帰還して数カ月が経った。高みを目指し、ただひたすらに自分を痛めつけてきた日々。だから、さすがに無理がたたったのかもしれない。
その日の朝、夕陽はベッドを起き上がろうとしてふらつくと、そのまま枕にボスッと顔を埋める羽目になった。
這うようにして体温計を探し出し、脇に挟む。
三十九度二分。
我が目を疑うも、起き上がれない身体が何よりの証拠だ。枕元の携帯に手を伸ばし、朝トレーニングのキャンセルと本日の病欠を伝えるため、敏生の番号を押す。
早朝にも関わらず、彼はワンコールで電話に出た。状況を伝えると、心配そうな敏生から二三、質問をされたが、朦朧とする意識で答えると電話を切った。
やばい……インフルエンザかな? だったら病院行って薬貰わなきゃ……。
だが、起き上がろうにも身体が言うことを利かず、夕陽はそのまま意識を手放した。
どれくらい眠っただろうか?
夕陽!! 夕陽ッ……!!
ああ、なんかあたしを呼ぶ声がする……。
ドンドンって、そんなに力一杯叩いたらドア壊れちゃうよ、敏生……。敏生!?
夕陽は必死にベッドを這い出すと、ふらつきながらやっとの思いでドアを開けた。
「夕陽!! 大丈夫か!?」
敏生の顔を見た瞬間、ふらっと倒れそうになり、彼に抱きとめられた。
「凄い熱だな。インフルかもしれないから病院行こう」
彼に横抱きにされ、一旦、ベッドに寝かされる。
「保険証と診察券はどこ?」
「そこ……テレビの横の財布の中……」
「おっけー。悪いな、開けるよ」
彼は夕陽の保険証と診察券を取り出すと、夕陽の身の回りの準備を始めた。枕元の時計を見ると、まだ始業前だった。
「としき……、しごとは……?」
「隊長に休みもらった。夕陽を病院に連れていくって言ったら一日休んでいいって。どのみち今日はウィングマンがいないと訓練にならないし」
「ごめんね……」
「気にするな。頑張りすぎなんだよ、夕陽は。少しは休まないと」
彼はテキパキと準備を終えると、夕陽を抱え起こして、パジャマの上からセーターを着せてくれた。
「や……」
「ん?」
「あんまり近づかないで……汗くさいから……」
「そんなことないさ。いつもの夕陽の匂いだよ。心地良くて安心する」
敏生にぎゅっと抱き締められる。まるで恋人のような扱いに益々熱が上がりそうだ。
「さ、行こう病院。予約入れといたから。寒くないか? 車、裏のパーキングに停めてあるから少し辛抱して」
「だ、大丈夫……」
再び敏生にひょいと横抱きにされ、夕陽は赤く火照った顔を見られないよう彼の胸にそっと顔を埋めた。
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