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雪の降る街で 第六章 「勃発」 ③

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この作品はフィクションです。実在の人物団体事件出来事とは一切関係ございません。


第六章 「勃発」 ③


「きゃあっ!」

 突然の急ブレーキに菜々は悲鳴を上げた。

「敵襲ーーー!! 降車して周囲を警戒せよ!!」

 えっ?

 九六式の後部ハッチが開かれ、武装した隊員達が飛び跳ねるように車外に散開していく。

 菜々は慌てて携帯無線機を背負い直すと、彼らの後を追って外に出た。

 そして唖然とする。燃え盛る大隊長車。

 何をして良いのか分からず戸惑っていると次の瞬間、強烈な破裂音が菜々を襲った。

 至近で戦車砲が炸裂したのだ。

 これまで体験したことのない、理解の範疇を超える衝撃波と地響きにへたり込む。

 後方支援職種の通信員、演習でもここまで至近で戦車の砲撃に遭遇したことはない。耳栓はしていたが、耳鳴りは防ぎようが無かった。

 無音が菜々を支配する中、またも目の前で味方の戦車が爆発炎上した。自分の右手にいた隊員が突然、悲鳴を上げて倒れる。

 爆発の破片を喰らったのだろうか? とても現実のこととは思えず、呆然と眺めていると、菜々の視界に猛然と突進してゆく一輌の一〇式戦車が映り込んだ。

 そして、その一〇式を仕留めんと旋回してくる対戦車ヘリコプターコブラ

 あれは、コウちゃんの……。

 一瞬にして我に返る。間違いない。砲塔後部の富士山を模した「AI」のマークは一小隊の隊長車。

 助けなくちゃ!! コウちゃん!!!

 無論、手元の八九式小銃でコブラに太刀打ちするなど不可能。必死に周囲を見回す。

 本来であれば探すべきは装甲車の車内なのだが、突然放り込まれた実戦の中、新人の彼女に冷静な判断力など期待できるはずもない。

 そう、本来であれば。

 あ、あった!

 奇跡的に落ちていたのは九一式携帯地対空誘導弾、通称「携SAM」。

 恐らく傍らに横たわる隊員が携行していたものだろう。

 ええと、どうすればいいんだっけ!?

 教育期間中に何度か使い方を教わったことはある。重く、難しい操作内容で女の自分には無理だと諦めていた。

 だが、今はそんなことを言っていられる状況ではない。

 思い出せ! 思い出せ思い出せあたし!!! 

 必死に記憶を手繰り寄せ、慣れない手つきで操作する。

 不思議なことに、あれほど難しく、覚えられなかった操作手順が、鮮明に脳裏に浮かび上がってくる。これがいわゆる火事場の馬鹿力というものなのだろうか?

 これで、これで良かったはず。あとは……

「ええええええええいッ」

 気合の掛け声とともに携SAMを持ち上げると、一気に立ち上がった。

 あまりの重さに、よろめきそうになるところを必死に踏ん張る。彼を助けたい、ただその思いだけで。

 光一の乗る一〇式に狙いを定めるコブラ。

 お願い! 当たって! 神様!

 ロックオンを知らせる携SAMの電子音。

 祈る思いで菜々はトリガーを引いた。
 
           *
 
 藍が観念した次の瞬間、コブラが轟音と共に火を噴き爆散した。

 え……? 助かった……、の?

 粉々になり四散するコブラを信じられない思いで見つめていると、

〝コウちゃん!! 大丈夫!?〟

 と、聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「菜々!?」

〝当たったよ……、やったよ、あたし……〟

 無線から流れてくる菜々の激しい息使い。

 やったよって、まさか、菜々ちゃんが!? あんな重くて操作が難しいものを……!

「菜々! 大丈夫なのか!?」

〝えへへ……。あたしは平気だよ……〟

「馬鹿ッ! 無茶しやがって!」
「嬢ちゃん、ありがとよ! 助かったぜ!」

 安堵感からか、啜り泣く菜々。藍もまた、ほっと息をつくと、車外モニターに目をやった。

 そして、その目が大きく見開かれる。 

「菜々ちゃん駄目!! そこを離れて!!」

〝え……?〟

 へたり込んでいた菜々が顔を上げる。視界に飛び込んできたのは真っ直ぐこちらに向かってくる飛翔体。

 彼女にはもう、心身共に動ける力は残されていなかった。

 飛翔体の正体である〇一式軽対戦車誘導弾は九六式に命中すると、周辺にいた本部管理中隊の隊員達もろとも吹き飛ばした。

〝こちら中隊長車!! 本管の九六も被弾!! 周りを囲まれている!! 偶数号車は左方向、奇数号車は右方向を警戒せよ!!〟

 光一の頭が真っ白になる。

 本管の九六って……まさか菜々が……?

 背中を伝う冷気。脳裏を過る彼女の笑顔。
 
 そ。あたしは雪の脇腹わきばらから生まれたの
 
 菜々――――――!!!

「コウ君!?」
「バカッ! コウ! 何やってんだ!?」

 光一は一〇式を反対方向に転回させると、アクセルグリップを思いきり回した。向かうは燃え盛る本管の九六式。

 頼む、菜々! 無事でいてくれ!

「待ちなさい! コウ君!」

 藍の制止も聞かず、光一は一〇式を九六式に横付けすると、ハッチを開けて外に這い出した。

「あんのバカ野郎!!」
「仕方ない! ジンさん! 連装銃で援護して!」

 藍がハッチに手を掛ける。

「おいマジかよ! 車外は危険だぞ!」
「もう安全なところなんか何処にもないわ! 早く!」
「分かった! 行くぞ!」

 相原は雪原に砲塔を向けると、戦車砲の右下に設置されている七四式車載七・六二ミリ機関銃の引き金を引いた。

 同時に藍はハッチを跳ね上げると素早く身を乗り出し、砲塔上部に備え付けられている十二・七ミリ重機関銃M2を構えた。

 いた! あそこ!

 射線で敵が潜む場所を予測していた藍は、躊躇うことなく引き金を引いた。

「うあああああああああああああああっ」

 大声を上げながら一帯に乱射する。

 雪原に潜むゲリラ相手に戦車砲ではさすがに埒が明かない。後続の車両も次々と車長達が身を乗り出して重機関銃で応戦を始めている。

 だが、キリがない。次々と起こる爆発音。

〝こちら二中隊!! 中隊長車が被弾した!!〟

 やられたのはまたも指揮官の車両。やはりそうだ。敵は確実に指揮官を狙い、仕留めに来ている。

 このままでは部隊は統制を失い壊滅する。

 重機関銃を撃ち尽くす前に、藍は再び車内に戻るとハッチを閉めた。モニターに座標を呼び出すと位置を確認する。

 お願い、どうかトンネルの外にいて・・・・・・・・・

「こちら一戦車! 特科隊へ砲撃支援要請! 方位角四六〇〇! 座標六四五二七六八二! 効力射! 弾種榴弾! 早く!!」

〝こちら一特科! 了解した、直ちに砲撃を開始する! 全員車内に避難してろ!〟

 間髪入れぬ返答に藍は胸を撫で下ろした。

 幸運なことに第一特科隊はまだトンネルの手前にいた。

 急に隊列が停まったと思いきや、山向こうから聞こえてきた爆発音。急いで牽引車からFH70一五五ミリ榴弾砲を切り離し、戦闘態勢を整えるも、無闇に撃てば味方に当たる。

 誰もがもどかしく思っていたところに飛び込んできた、凛とした女性指揮官の声。

〝第一中隊効力射! 五発! 方位角四六〇〇! 射角七〇〇! 射撃用―――意!〟

「ちっ、あの馬鹿あんなところに……! 藍ちゃんトリガー頼むわ! 操縦席に移る!」
「ジンさん気をつけて!」

 相原が砲手用ハッチを開けると砲塔上で銃弾が跳ねた。

 だが躊躇している暇はない。ひと思いに砲塔を這い出すと素早く車体から降り、操縦席に潜り込んだ。

「コウの奴! あとでぶっ飛ばしてやる!」

 相原は悪態をつくと、アクセルを吹かして一〇式を前進させた。
 
           *
 
「菜々!! 菜々あああああああああ!!」

 どこだ? どこだ!?

 其処彼処に横たわる血まみれの仲間達。被弾し燃え盛る車両。

 周囲を敵に囲まれ、各車が激しく応戦を繰り広げる凄惨な光景の中、無我夢中で彼女を探す。

 嫌な想像を掻き消すように首を振り、再び凝らした目に留まったのは、擱座した七四式戦車の傍らに横たわる人影。

 あれは紛れもなく――――――

 彼女の乗っていた九六式から離れているが間違いない。雪と血に足を取られそうになりながら、光一は彼女の下に駆け寄った。

「菜々!!」

 菜々もまた血まみれだった。膝をつき、彼女に覆い被さるようにして声を掛け、肩を揺すると、菜々がゆっくりと目を開いた。

「コウ……ちゃん? 良かった、無事で……」

 何処から出血しているのか分からない。光一は急いで止血帯を取り出すと、手当たり次第に止血に掛かった。

「あたし……死んじゃうのかな……」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ! 二人で見に行くんだろ!? あの桜を!」

 包帯を巻きながら菜々を怒鳴ると、彼女は弱々しい笑みを見せた。

「仕方ないよね……。あたし人殺しちゃったし……バチが当たったんだよ……」

 コブラを撃墜したことを言っているのか? 光一の中に猛然と怒りが込み上げてきた。

「何言ってんだよ! お前は俺を守ってくれたんだろ!? 人殺しなんかじゃねえよ!!」

 何で菜々が十字架を背負わなくちゃいけないんだ!? 仕掛けてきた奴らが悪いのに!!

 菜々の手がゆっくりと光一の頬に掛かる。

「コウちゃん……あたしのために泣いてくれるんだ……嬉しい……」

 光一の涙を確かめるように菜々の指がそっと頬を伝う。

「残念だな……せっかくコウちゃんと……仲良くなれた、のに……」

 頬に掛かった彼女の手が滑り落ちた。

「菜々……? 菜々……!? 菜々!?」

 身体を揺するも目を閉じたままの彼女。光一はストンとその場に腰を落とした。

 うそ……だ……

 次の瞬間、雪原が大きく舞い上がった。

 まるで彼女の魂が昇華するかのように。

 それは次々と弾着する榴弾の嵐だったのだが、光一にはもう、爆音すら聞こえていなかった。


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あとがき

本編の内容が内容につき、今回のあとがきは割愛させていただきます。
大変申し訳ございません。

次回は10月4日(土)に掲載予定です。