アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第七話】じっとこらえてゆくのが男の修行である。 ④
【第七話】じっとこらえてゆくのが男の修行である。 再び、連合艦隊司令長官 山本五十六 ④
人々が忙しなく行き交う師走の一日。今日は待ちに待った約束のクリスマス・イブ。
年内最終日の課業を終え、いつも以上にたっぷりとめかし込んで、友達以上恋人未満の上官を待つ。
約二週間ぶりとなる彼との再会。改めて分かったのは、自分で思っていた以上に大きくなっていた彼の存在。会えなくてつらかった時間も、あと少しの辛抱だ。
首元のペンダントにそっと手をやる。
〝無理に恋愛感情を押し止める必要なんて無いんじゃないですか? 恋人同士になってからでもお互いを高め合うことは出来ます〟
そう言って背中を押してくれた美鈴。彼女の言う通りだ。彼との「その先」を知るのが怖くて、「夢」を言い訳に逃げ回っていた。彼のことが大好きなのに、踏み込めない己の意気地の無さを「志」で正当化していた。
だから、今日こそは彼との関係を一歩進めるんだ、と気合いを入れてきた。分からないなりに、そういうことになってもいいようにしっかりと準備もしてきた。
夕陽の前を通り過ぎる人たちが一様にチラチラとこっちを見てきて、そんなに気合いを入れ過ぎたか、と一抹の不安を覚える。勝負メイクを施した夕陽が女優と見紛う程の美貌を持ち合わせているからこその視線なのだが、本人にはその自覚が無いので致し方ない。
くじけそうになるも、いつも自分のことを「可愛い」と言ってくれる彼の笑顔が浮かんできて、彼さえ喜んでくれればと思い直す。それにしても。
なんで、ここで待ち合わせなんだろ?
彼が待ち合わせに指定してきたのはなぜか厚木基地から離れた東京駅の改札口。金曜日の、しかもイブとあってかなりの人混み。ちゃんと落ち合えるのか少し心配になる。
まだかな……。彼と会えるのが待ち遠しい。到着の時間だ。そわそわと改札の向こう側に待ち人の姿を探していると、
「夕陽!」
と、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。雑踏であっても聞き間違えるはずのない、耳に馴染んだ声。振り向くと敏生が手を振りながらこっちに歩いてくるのが目に入った。
「敏生!」
その姿を認めた瞬間、自然と彼に向かって駆け出した。もっともその胸に飛び込みかけて、直前で我に返った夕陽は慌てて急ブレーキを掛けようとしたのだが、同じく駆け寄ってきた敏生にそのまましっかりと抱き留められることになった。
「ちょっ、ちょっと敏生っ」
「夕陽……、会いたかった……」
ギュッと抱きしめられる。出だしからの恋人モードにあたふたするも、その温もりと匂いがとても心地よくて愛おしくて、気がついたら夕陽も彼の背中に手を回していた。
「あ~、やっぱり可愛いや。この二週間は夕陽不足だったから」
敏生は夕陽をそっと離すと、頬に指を掛けた。
「もう、こんなところで……」
「あはは。夕陽が駅で待っていてくれると思ったら頭の中、ずっと山科哲郎のクリスマスソングが止まんなくてさ」
「何それ? 山科哲郎じゃ、あたし来ないじゃん」
「歌詞じゃないよ。知らない? NRのシンデレラ急行のCM。俺らが小さい頃の」
「知らない。子供の頃はテレビあんまり見せてもらえなかったし」
「そっか~。離れ離れの恋人がイブに新幹線で会いに行く内容なんだけど、俺、中学生の時にMY TUBEでその動画見て以来、すごく憧れていてさ」
「まさか……、それで待ち合わせ東京駅にしたの?」
「うん」
「なら新横浜で良かったじゃん!」
「いやいや、やっぱ雰囲気重視? シンデレラ急行は東京駅じゃないと」
「もう。新横浜ならもう三十分は早く会えたのに」
そう言って拗ねたようにツンとそっぽを向いてみせる。普段の夕陽なら絶対にしない、かわい子ぶった仕草。二週間ぶりの彼との再会にテンションが上がっている自覚はあった。
「今のって……」
「あたしは敏生と少しでも早く会いたかったの。悪い?」
「いや……、嬉しいよ」
敏生が心底嬉しそうに夕陽の頭を撫でる。いつもの優しい手だ。
うん、いける、今日こそは。だってこんなに嬉しくて幸せなんだもん。
「ところで敏生、荷物は?」
「ああ、ちょうど厚木に行く定期便がいたから頼んじゃった」
「……それに乗って帰ってくれば良かったじゃない!」
「だからシンデレラ急行だって」
敏生が笑いながら夕陽の両頬をムニッと甘くつねる。
「ふにゃ~、はにゃして~」
久しぶりに再会した彼とのスキンシップに、夕陽の気持ちは昂ぶる一方だった。
*
敏生が予約していたのは都心の一流ホテルの上層階にある、夜景が一望できる高級フレンチレストラン。いつもは夕陽の希望を汲んでくれて安くて気楽な居酒屋ばかりだが、今日くらいは、との敏生の意向で、尻込みしつつも彼に従った。
大都会の夜景を見下ろすシチュエーションに、美味しいワインと食事。そしてキャンドルの灯りの向こうに、端正なマスクで優しく微笑む想い人。
まるでおとぎ話だ。頑なだった自分の殻がすっかりと剥がされた感じがする。これこそが聖夜の魔法のなせる技なのだろうか?
「ずっとしてくれているんだね、そのペンダント」
「うん。だって、あたしの大切な宝物だもん……」
そっと握り締める。辛い時も苦しい時も、これがあったから乗り切れた。だから。
「今日はね、あたしも敏生へのプレゼントを用意しました」
夕陽はバッグから可愛くラッピングしたプレゼントを取り出すと、ドキドキしながら彼に渡した。
「え? これ俺に?」
「うん。開けてみて」
丁寧にシールを剥がし、包みを開く彼。現れたのはネイビーブルーのマフラー。
「まさかこれ……、夕陽の手編み?」
「う、うん。あたしにはこれくらいしか思いつかなくて。……重い、かな?」
敏生は驚いた様子でマフラーを見つめていたが、やがて目頭を抑えると俯いた。
「ごめん。俺、メチャクチャ嬉しい……」
「ちょ、ちょっと。やだ、泣かないでよ」
「あー、駄目だ。今までの人生で一番うれしいプレゼントだよ。夕陽、毎日訓練で疲れているはずなのにこんな」
目を真っ赤にしながら首に巻いてみせる敏生。
「すごく素敵だよ、このマフラー。柔らかくてとっても暖かくて。本当にありがとう」
愛おしそうにマフラーを頬に当て、温もりを確かめる彼。まさかこんなに喜んでもらえるなんて思わなかった。夕陽もまた、目頭が熱くなり、きゅっと舌を噛む。
その後、彼からのプレゼントもあり、食事を終えた二人はそのまま最上階のバーに流れると、どちらからともなく自然に身を寄せ合った。ふと気がつけば時計の針はもう十二時を指そうとしていた。
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