アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【その玖】良い結婚ほど素敵で、友好的で、魅力的な関係、結びつきや仲間は存在しません。 ①
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【その玖】良い結婚ほど素敵で、友好的で、魅力的な関係、結びつきや仲間は存在しません。 ドイツ人神学者 マルティン・ルター ①
不思議な感覚だった。
今、夕陽が愛機でホバリングしているのは学校の上空。眼下の校庭では、陸上自衛隊の輸送ヘリコプター、CH47JA・チヌークが生徒や教職員、そして保護者達の収容作業に当たっている。
その避難者たちを守るように、複数の陸上自衛隊の隊員達が、小銃を構えて周辺の警戒に当たっていて、夕陽もまた、周辺に睨みを利かせるように時折、機体を転回してみせる。
『司令部より各隊へ。偵察隊より入電。武装集団が西方十キロ先に迫っているとのこと。地上、および上空援護の各隊は警戒を厳とせよ』
『こちら習志野04。所在不明だった邦人のうち、3名を確保した。これより日本人学校へ向かう。援護を頼む』
『大使館より入電。北東2キロの商業施設に邦人5名が取り残されている模様。至急、回収に向かわれたし』
緊迫した内容の無線が絶え間なく飛び交う。
夕陽の任務は救出作業を妨害せんとする武装集団への威嚇。少し離れたところには同様にホバリングし、警戒に当たっている敏生のライトニング。
もっとも、眼下の校庭では、機体を見上げる生徒たちが笑顔ではしゃぎながら手を振っていて、夕陽も敏生に倣って、こっそりと手を振り返す。
学校の周辺では、現地の人たちが大勢集まって、何事かと、ホバリングするライトニングを見上げている。
東南アジア、タイ王国。毎年、タイ王国軍と米軍を軸に実施されている多国間軍事演習、コブラゴールド。自衛隊も2005年から毎年参加しており、特に近年では陸海空三自衛隊の統合運用による邦人救出訓練に力が注がれている。
今年は「ながと」の東南アジア歴訪航海が丁度、本演習と重なったため、この邦人救出訓練に参加することになったのだった。
舞台となっているのは、海辺の町、チョンブリ県シラチャ郡にある日本人学校。バンコクから東南に100キロほど離れた、かつては小さな漁村だったこの町は、近年、タイ政府が力強く推進するEastan Economic Corridor(EEC/東部経済回廊)政策の恩恵もあって、急速に発展を遂げている。人口は約25万人に達し、そのうち約6千人が在留邦人で、主に周辺の工業団地に展開する日本企業の駐在員と家族たち、そして彼らを相手に現地で飲食店や不動産業など、各種サービス業などのお店を営む人たちだ。
日本人学校の周辺は日本人向けの住宅街と、ショッピングセンターの他には田畑が広がっていて、近くを高速道路が走っている。日本ではとても考えられない訓練環境。
チヌークは邦人避難者たちを収容後、南に60キロほど離れたところにある、軍民共用のウタパオ航空基地へ送り届けることになっていて、それを最後まで援護して任務完了だ。
実際には、このようなシチュエーションでライトニングがホバリングして武装集団を威嚇することなど無い。
近くにもし、携帯式対空ミサイルを持ったゲリラが潜んでいたら、格好の餌食になるだけだ。現実には、上空で戦闘空中哨戒をしつつ、地上部隊からの要請に基づき、爆撃支援をすることになる。
なので、あくまでもこれは派手なデモンストレーションの一環。邦人を狙う世界中の武装ゲリラ勢力に対して、何かあれば日本国は容赦しない、という自衛隊としてのスタンスとプレゼンスを示すものだった。
地上では収容作業も終わりに近づいているようだ。注意深く作業を見守っていると、陸自隊員達と共に、最後尾で生徒たちを守るように誘導していた教職員と思われる白髪の男性が、こちらを見上げて手を振った。
あれは……!
「お父さん!?」
『え!? マジで!?』
敏生が驚きの声を上げる。
「間違いないわ! おとーさーんっ!!」
聞こえるはずもなかったが、大声で叫び、手を振り返す。
『ロメオ03からジーク06、10へ。収容完了。これより撤収する』
『こちらジーク06、了解した。ジーク10と共に退避を援護する』
チヌークからの通信に敏生が応答する。
やば……、今の聞こえてたかな。
夕陽は、いけない、と気を引き締め直すと、ホバリングのオートパイロットを解除し、操縦桿を握り直した。
*
「まさか、こんなところで会うとはな」
「ええ、私たちもびっくりしました」
夕暮れ時の、海辺のタイ料理レストラン。あの後、ウタパオ基地で父親の和博と面会することができた夕陽は、上陸日の今日に、夕食を一緒にする約束をしたのだった。開放的なオープンテラスで、ビーチには椰子の木が群生しており、南国情緒に溢れた場所。
「悪かったね、シラチャまで呼び立てしてしまって」
「ながと」が停泊しているサタヒップ海軍基地からは車で一時間強。途中、観光地として有名なパタヤに寄ってから、ここに辿り着いた。
それにしても。
ポロシャツにハーフパンツ、サンダルのラフな格好の和博。母親の真理子はそこまでラフではないが、ノースリーブ。こんな格好をした両親など、これまでの人生で記憶がない。
「いえ、こちらこそありがとうございます。車の手配に、宿までお取りいただいて。すごくいい部屋でした」
キングサイズのダブルベッドの部屋で、一晩1500バーツは破格だ。日本の料金体系と違い、一人当たりではなく一部屋料金。新しいホテルで部屋も広く、清潔でアメニティも充実していた。
「お昼は二人でパタヤを観光したのかい?」
「はい。サンクチュアリを観て、パタヤビーチを歩きました。欧米人が多かったですね」
パタヤは元々、ベトナム戦争の拠点としてウタパオ基地に駐留していた米軍が、兵隊の休息のために近場の漁村だった場所を、保養地として開発したことに始まる。
「明日も休暇ならパタヤに泊ることを勧めたんだがな。夜のウォーキングストリートを歩いてみるのも良い勉強になる」
「ウォーキングストリート?」
夕陽が首を傾げる。
「パタヤ最大の、いわゆる繁華街だ。世界中から色と欲を求めて人々が集まってくる」
あの厳格な父親から、夜の繁華街観光を勧められるとは。
「人種のるつぼで、物凄い熱気だったわ。日本ではなかなか体験できない雰囲気よ」
母親の真理子も楽し気に話す。日本に居たときとは、明らかに雰囲気が変わった両親。
「残念ながら、明日の夕刻には艦に戻らなくてはならないので、次の機会にします。次回は夕陽さんとプライベートで遊びに来ますので」
敏生が微笑みながら断りを入れる。
「確かに、それがいいかもしれないな」
和博が腕組みしながら頷く。仕草は変わらないが、表情はどことなく柔らかい。やがて、ビールと、料理が次々と運ばれてきた。テーブルの横に立っているウェイトレスが、グラスに氷を入れてからビールを注いでくれる。
「え? ビールに氷を入れるんですか?」
「ああ。これがタイでは一般的だ。悪酔いもしないし、この気候には丁度いいんだ。最近は氷が入っていないと逆に違和感があってな」
「郷に入れば郷に従えですね」
笑いながら四人で乾杯する。夕陽にとって初めてのタイ料理。辛いイメージがあったが、和博が気を利かせてくれたのか、シーフードがメインで辛くなく、とても美味しい。
「これ、すごく美味しいですね。何ていう料理なんですか?」
「プーパッポンカリーよ。プーは蟹で、パッは炒める、ポンは粉って意味ね。ちなみに炒飯のことはカオパッ、って言うの。カオはご飯の意味。蟹炒飯が食べたいならカオパッ・プーと言えば出てくるわ。タイ料理の名前は材料と作り方で構成されているから、覚えておけばタイのどこに行っても注文できるわよ」
さすがは教師だけあって、とても分かり易く教えてくれる真理子。敏生は興味津々といった感じで、真理子に色々とタイ語のことを聞いている。その様子を微笑ましく眺めていたところ、
「お、そろそろ良い頃合いだな」
と和博が呟き、夕陽に目配せした。振り向くと、水平線の向こうに、夕日が沈んでいこうとしているところだった。
「わぁ! ね、ね、敏生、見て見て! すごいよ、ほら。夕日がすごく綺麗」
見事なまでに美しい、南国のサンセット。これを自分たちに見せたくて、早めの夕食にしたのだろう。
「これはすごいですね……。夕日に照らされた夕陽もすごく綺麗で可愛いよ」
両親の前でもさらっとこういうことが言えてしまう彼に、いまだに顔を真っ赤にして俯かざるを得ない。
「よし、サンセットを背景に写真を撮ってあげよう」
和博に促され、二人で頬を寄せてポーズを取る。その後、店員を呼んで、両親も交えて写真を撮ってもらうと、早速、SNSでそれぞれのスマホで撮った写真を送りあう。
「素敵ね。こうして見ると、貴方たち、ハネムーンみたいね」
真理子が写真を眺めながら呟くと、和博がうんうんと頷いた。
「どうだ? 結婚式も無事終わって、少しは落ち着いたか?」
「落ち着きたかったけど、式の後にすぐ、この航海訓練だから」
夕陽が苦笑しながら返事をする。そう。結婚式を終えてから、一週間も経たずに出航し、早一カ月。落ち着く暇など無い。航海中はいつも通りの厳しい訓練と、夜は別居状態につき、甘い余韻にも浸れず、合間の上陸日が彼との貴重な癒しの時間だった。
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