アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【その肆】結婚を成功させるには、いつまでも同じ人と、何度も恋に落ちることである。 ③
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【その肆】結婚を成功させるには、いつまでも同じ人と、何度も恋に落ちることである。 アメリカ女性作家 ミニョン・マクラフリン ③
自分たちで決めたこととはいえ、入籍までの十日間は目の回るような毎日だった。プロポーズの余韻はどこへやら、次から次へとやるべきことが出てくる。
最初に敏生の提案でToDoリストを作ったおかげで、段取りを組んで効率的に進めることが出来ていたものの、これまで二人が別々に歩んできた生活をすり合わせる作業は、思っていた以上に大変だった。
とはいえ、課題を片付けていくたびに、彼との幸せの基盤が積み上げられていくことが嬉しくて仕方なかった。
夕陽のアパートは既に引き払い、宿舎への引っ越しの日まで、敏生のアパートに身を寄せることになった。もっとも、半同棲状態ではあったので、それ自体に特段の問題は無かったものの、引き払う前に、お互いの家電や家具の取捨選択と、要らなくなったものを売り捌く作業に時間を要した。
度重なる転勤を想定して身軽にはなっていたつもりだったが、それでも炊飯器や電子レンジ、洗濯機などは、二つは不要だ。新居は2LDKだったので、エアコンだけはお互いのものを移設することにした。
最大の課題だった車については、夕陽のインプレッサを残すことにした。敏生が防大卒業と同時に購入したハリアーは既にローンを終えていたが、夕陽が千歳時代に購入したインプレッサの方が新しい分、走行距離も短く、少なくともあと5年以上は乗れそうなことと、安全装備の性能が高いこと、そして何より、ハリアーの方が、リセールバリューが圧倒的に高かったことが決め手となった。
実際に、ハリアーを売ったお金でインプレッサの残債を清算できた上に、かなりのお釣りが手元に残ったので、これを結婚指輪や、結婚式の資金に充てることにしたのだった。
一方、これらの私的な準備の合間を縫って、隊への諸届けの手続きや、下関への旅行許可申請を進めなくてはいけない。こちらの方は、オフにも関わらず、勝野が承認作業で最大限にサポートをしてくれたおかげで、滞りなく進められたのだが、何度も二人で基地に赴いたことで、たちまちのうちに二人の結婚が基地隊に知れ渡ることになった。
勝野や、直属の上官の菅沼、仲の良い刑部夫妻や美鈴以外の関係者への報告が、すっかり後回しになっていたので、これは拙いと、慌てて二人でLINERの飛行隊のグループチャットに「入籍します」との報告を入れたところ、殊の外盛り上がりを見せ、休み中にも関わらず、急遽、入籍予定日の夜に隊員クラブで宴が催されることになったのだった。
一息つく間も無く、両家の引き合わせの日が先にやって来る。会食場所は下関指折りの老舗割烹旅館。
常に予約で満杯、との話は地元民として聞いたことがあるので、一週間前で良く取れたな、と思っていたが、義父となる和生からの依頼で、首相官邸が手を回してくれたようだ。
海外要人の接待や政治家の会合で使われる、特別な離れがあるらしい。「首相官邸」というワード自体にも気が重くなるが、反戦教師の両親が、自衛隊高級幹部の敏生の両親とどのような会話を繰り広げるのか、という不安の方が正直、大きかった。
もっとも、敏生はと言えば、心配する夕陽を余所に、
「親父は一応、普段から国会対応で海千山千の政治家たちを日々、相手にしてるからね。それにお義父様とお義母様は、確かに俺らと異なるポリシーはお持ちだけど、至って常識人だから、こういう席では何も問題は起こらないよ」
と、どこ吹く風。果たして、敏生の予想通り双方とも大人の対応で、つつがなく両家の会食は終わった。それどころか、心配の種だった父親の和博は、「さすがは敏生君のご両親だな」と、喧嘩を売るどころか、その高潔な様に、いたく感心した様子だった。
安心したのもつかの間、当日こそ下関に泊ったものの、翌朝には厚木にとんぼ返りして、出来る限り、引っ越し準備を進める。
そんなこんなで、入籍当日の午前に何とか入居まで持ってくることが出来た。二人がこれまで住んでいた綾瀬市に転出届けの手続きを終えると、いよいよ、残るは大和市への転入届けと婚姻届けのみ。
記載漏れが無いか、何度も二人で確認すると、窓口に提出した。
「はい、記載内容は大丈夫ですね。この度はご結婚、おめでとうございます」
話には聞いていたが、あまりにあっさりと終わった事務手続き。役所にとっては数多ある日常業務のひとつなので、機械的に済ませるのが当然と言えば当然なのだが、いまいち、実感が湧かない。
「すみません、住民票にはいつ頃反映されますかね?」
やはり敏生も同じ思いだったのか、受け付けてくれた女性職員に確認している。
「転入届と一緒に処理しますので、即日交付できますよ。三十分ほどお待ちいただければ」
「あ、じゃあお願いします」
三十分も掛からずに呼び出され、手数料を支払い、住民票を受け取る。二人で覗き込むと、世帯主の欄に「門真敏生」、その下の欄に「門真夕陽」の名前と、続柄に「妻」がちゃんと記載されていた。もっとも、周囲の人目もあるので、大っぴらには喜べず、静かに幸せを噛み締める。
二人は市役所を後にすると、途中、ホームセンターに寄ってA4サイズのフォトフレームを購入してから、新居の宿舎に戻った。
「えへへ、門真夕陽だって……。やったぁ……」
購入したばかりのダブルベッドにゴロンと寝転がり、早速フォトフレームに入れた住民票を眺めていると、ポロポロと涙が溢れてきた。
「泣くなよ~。お疲れ様」
敏生は夕陽にぴたっと寄り添うと、頭を撫でてくれる。
「だって、嬉しくて……。敏生こそ、お疲れさま」
フォトフレームをそっと脇に置くと、抱き合い、唇を重ねる。
「うふふ……。夫婦になって初めてのキスだね」
「そういえばそうだね」
お互い、気分が高まっているので、いやがうえにも勢いがついてしまう。夫婦になって初めての営みに突入しかけた時、敏生のスマホが鳴った。
「え? もう?」
二人で時間を確認して、頭を抱える。
「一六三〇だね……」
隊のみんなが開いてくれる祝宴に遅れないよう、セットしていたアラーム。基地内の隊員クラブまでは、宿舎から歩いて一時間半。飲み会の開始は十八時半。
「さすがに主賓二人で遅刻していくわけにはいかないよな……」
敏生が諦めて、起き上がろうとしたところを、夕陽がぐいっと引き寄せた。
「歩くのやめて、電車とバスにします? あなた」
前からしてみたかった「あなた」呼び。照れながらも悪戯っぽく提案してみると、一瞬、きょとんとした彼だったが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべ、再び覆い被さってきた。
「そうしましょうか、奥さん」
いつもならお互い、ぐっと堪えて、歩きを選択するところだったが、今、この時は、刹那でも、ただただ、お互いに溺れたかった。
*
新居の最寄駅である桜が丘駅まで歩き、そこから、昨日まで徒歩圏内だった相模大塚駅まで電車で行き、バスに乗り換えて基地に向かう。乗り換え時間も含めて四十分ほど。
バスを降り、ゲートを抜けて隊員クラブの前まで来ると、美鈴が外で夕陽を待っていた。
「夕陽さん! おめでとうございます! やったあ!」
夕陽に抱き着き、自分のことのように喜んでくれる親友。
「ね? 言った通りでしょう?」
「う、うん。ありがとう、美鈴ちゃん」
「言った通りって?」
敏生が興味津々に覗き込んでくる。
「内緒です。女同士の秘密。ねっ?」
夕陽に同意を促し、いーっ、と舌を出す美鈴に、敏生が苦笑する。
「今日はすごく嬉しいです。お二人の出会いからずっと見てきたから、まさか結婚まで見届けることが出来るなんて」
「本当にありがとうね。ここまで来れたのも美鈴ちゃんのおかげだから」
「あたしの方こそ。今日はいっぱい飲みましょうね!」
美鈴に腕を引っ張られ、店内に入ると、歓声と拍手で迎えられた。休み中にも関わらず、パイロットは勝野以下、既に勢揃い。夕陽の「ながと」での仲良しお喋りメンバーたちも、美鈴が呼び掛けてくれたのか、横須賀からわざわざ駆けつけてくれていた。
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