見出し画像

アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第六話】悔しさが男をつくる、惨めさが男をつくる、悲しさが男をつくる。そして強大な敵こそが、真におまえを偉大な男にしてくれる。 ②

【第六話】悔しさが男をつくる、惨めさが男をつくる、悲しさが男をつくる。そして強大な敵こそが、真におまえを偉大な男にしてくれる。 ドイツ帝国陸軍航空隊騎兵大尉 マンフレート・フォン・リヒトホーフェン ②


 案の定、敏生が作成してくれたメニューは地獄だった。忙しい朝の制限時間以内に全てのメニューをこなせるようにならなくてはならない。

 自分に鞭を打ち、歯を食いしばりながら取り組んでいく。きっと今頃、彼は涼しい顔でこなしているに違いない。そう思うと、ヘコたれてはいられなかった。

 目を白黒させながら何とかやり切ると、急いで家に戻り、大特急でシャワーを浴びて出勤の準備をする。始業時間も迫っており、今日は車で行こうか、との考えも頭をもたげたが、首を振るといつも通り徒歩を選択した。

 全身が重い。つらいのは普段使っていなかったと思われる箇所。恐らく明日には筋肉痛になるだろう。やっとのことで隊舎に辿り着き、パイロットスーツに着替えると隊の朝礼、そして午前の飛行訓練に向けたブリーフィングだ。

 打ち合わせテーブルに着くなり、敏生が顔を覗き込んできた。

「大丈夫か? 調子悪そうだな?」

 平静を装っていたが、あっさりと見抜かれてしまった。だが肯定するわけにはいかない。

「だっ、大丈夫だよ。何でも無いって」

 まじまじと自分を見つめる敏生。その探るような視線に必死に耐えていたが、やがて根負けすると、ふいっと目を逸らす。彼はため息をつくと、ドカッと椅子にもたれ掛かった。

「今日の飛行訓練は中止。帰ってゆっくり休め」
「ちょっ! なんでよ!? あたしはっ……」
「夕陽」

 いつになく厳しい表情と声色に遮られては、二の句が継げない。

「個人のトレーニングが訓練に支障を来たすようなら本末転倒だよ? 俺はあのメニューを与えたけど、まさか初日から飛ばして無いよね?」

 射るような彼の眼差しに身体が竦む。上官として至極真っ当な指摘。確かに彼が「二週間後までに出来るようにしておいて」と言っていたことは覚えていた。

「自分の身体と相談しながら二週間でどうキャッチアップしていくかを考えなきゃ、プロとして失格。今日のところは大目に見てあげるから、出直して来な。これは上官命令ね」
「……はい」

 言い訳の余地はない。焦り過ぎた自覚はあった。
 力なく肩を落とす。改めて己の未熟さを痛感させられた。

 午前の飛行訓練は中止となり、ひとり、サポート業務に回る。隊長の勝野には敏生から報告が上がったようで、結局、午後から半休となった。

 帰り支度を終え、うなだれてロッカールームを出たところで敏生に呼び止められた。

「これ、あげる」

 差し出された手提げの紙袋。中には箱が入っている。

「何?」
「今の夕陽に必要なもの。家に帰って開けてみな」
「悪いよ、そんな」
「俺の使い古しだから気にするな。じゃ、また明日な」

 敏生はポンと夕陽の肩を叩くと、会釈して午後の飛行訓練に向かっていった。夕陽は彼の消えた廊下をしばらく見つめていたが、やがてふっと息をつくと、隊舎を後にした。

 何やってるんだろ、あたし……。

 自己嫌悪と後ろめたさに苛まされる。アパートに戻ると、ベッドに腰を下ろし、しばらくの間放心していたが、敏生から帰り際に貰った紙袋を思い出して開けてみた。

「これ……」

 出てきたのはアロマディフューザーだった。使い古しとは思えないくらい綺麗で、物を大切に扱う彼の性格が垣間見える。そして、オレンジスイートオイルの小瓶。スマホで効能を調べてみると、落ち込んでいる気分を和らげてくれるらしく、安眠効果も得られるようだ。説明書を読み、早速焚いてみると、心地良い香りがふんわりと部屋全体に広がった。

「いい匂い……」

 ベッドに横になり、目を瞑ると、自然と涙が溢れてきた。彼はきっとこうなることを分かっていた。だから前もって準備してくれていたのだろう。

 敏生に追いつきたい。ずっと抱き続けてきたその想いは、パイロットとしての自我からきているものだと思っていた。いや、ここに来た当初は間違いなくそうだったはずなのに。

「なんで……敏生の顔が……頭から離れないよぉ」

 涙が止まらない。彼のくれた優しい匂いに包まれながら、夕陽はやがて眠りについた。
 
          *

  約束の日。自宅アパートの前で入念にウォームアップをしていると、終わりかけのタイミングを計ったように彼が迎えに来てくれた。この二週間、徐々にペースを上げることで、何とか全てのメニューをこなせるようになっていた。
 
 まずは、ここから5キロほど離れた公園までのランニング。彼のペースに遅れないよう、頑張って喰らいつく。涼しい顔の彼と、歯を食いしばっている自分。ストライドは言い訳にならない。これが現時点での彼との差だ。

「じゃあ始めようか?」

 公園に到着し、夕陽の呼吸が整うまで、さり気なく待ってくれていた彼。

「はい。よろしくお願いします」
「うん。じゃあこの時間は体幹トレーニングをやっていくよ」
「えっ?」
「やったことない? 身体の軸、主にインナーマッスルを鍛えることで、身体のバランスが向上してパワーを生み出しやすくなる。新陳代謝も向上して筋肉系の怪我もしづらくなるし、呼吸筋も鍛えられるから持久力も改善できて、厳しいトレーニングにも耐えられるようになる」

 もちろん夕陽も聞いたことはあったが、サッカー選手や陸上選手など、アスリートが取り組むメニューだと思っていた。

「やり方は簡単だよ。俺がやる通りに真似してみて。まずはプランクね」

 敏生は芝生の上にうつ伏せになると、肘をつき、腰を浮かせた。

「コツはドローインしながら、要はお腹をへこませたまま呼吸をしながらやること。姿勢は首から足にかけて一直線になるように」

 想像していたウェイトトレーニングと異なり、動きが全くない。戸惑いながらも彼に言われた通りに真似してみる。

「どう?」

 意外だった。お腹まわりにじんわりと負荷が掛かっているのが分かる。

「これをまずは30秒、3セットね。始め」

 このプランクを皮切りに、彼から6種類の体幹トレーニングを教わった。それぞれ3セットを終える頃には心地よい疲労感が身体を支配していた。

「よし、今日はこの辺にしておこうか?」

 えっ? これで終わり? 時計を見ると、公園についてからまだ30分ほど。これならウォームアップとランニングの方がきつかった。 
 

リンク

次の話 アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第六話】悔しさが男をつくる、惨めさが男をつくる、悲しさが男をつくる。そして強大な敵こそが、真におまえを偉大な男にしてくれる。 ③|京

前の話
 アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第六話】悔しさが男をつくる、惨めさが男をつくる、悲しさが男をつくる。そして強大な敵こそが、真におまえを偉大な男にしてくれる。 ①|京

最初から読む
アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第一話】指揮官はまず楽観的であることが重要である ①|京