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アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第五話】僚機を失ったものは、戦術的に敗北している ④

【第五話】僚機を失ったものは、戦術的に敗北している ドイツ国防軍空軍撃墜王 エーリッヒ・アルフレート・ハルトマン ④


「オレンジ艦隊のF35四機を撃墜! 日本海軍のながとの艦載機です!」

 飛び込んできた戦果報告に、米空母ジョージ・ワシントンの艦橋がドッと沸いた。

「完全な拙攻だ。らしくないな、彼らはもっと慎重だと思っていたが……」
 ブルー国艦隊を率いる米太平洋艦隊司令官・マードック大将が顎を撫でる。

「空母運用では彼らはまだまだですね。こちらの損害はまだオクラホマシティだけです」

 続々と入ってくる戦果に誇らしげに胸を張ってみせたのは、ブルー国艦隊の中核を成す米第七艦隊司令官のワイズナー中将。

「彼らを舐めてはいかんよ。早期警戒機を運用できない軽空母で良くやっている。彼らに必要なのは経験だ」
 マードックがワイズナーを窘める。

「カドマが率いていた頃の日本艦隊は本当に手強かった。オクラホマシティを沈めた彼らの対潜能力は相変わらずさすがだ」

 遠くを見るような目で懐古する世界最強艦隊のトップ。

「そういえば彼の息子は戦闘機乗りとして今回の演習に参加していましたね。で、そろそろ仕上げに掛かりますか?」
「そうだな。観戦している中国艦隊の連中に我々の圧倒的な力を見せつけてやろう。当面、変な考えを起こせないようにな。一気に行くぞ」

 ワイズナーは頷くと、傍らのジョージ・ワシントン艦長シュミット大佐に顔を向けた。

「シュミット艦長、全機出撃、攻撃開……」
〝プリンストンがやられた!〟

「何!?」

 突然、命令を遮るように飛び込んできた、味方のイージス巡洋艦撃沈の報に艦橋内が凍り付く。今回の演習でオレンジ艦隊に潜水艦はいない。ということは鉄壁の対空防御力を誇るイージス艦が敵水上艦艇か敵航空機に葬られたということか?

 誰もがあり得ない状況の理解に苦しんだが、それだけでは済まなかった。

〝サンプソンもやられた!!〟
〝ハワードも撃沈!!〟

 これまでの攻勢から一転、次々と飛び込んでくる味方イージス艦撃沈の報せ。

「何だ!? 何が起こってる!?」

 堪らずマードックが提督席を立つ。

「提督!!」

 ワッチの悲鳴のような声が響き渡る。次の瞬間、轟音と共に衝撃波が艦橋を襲った。

 何だ……!?

 状況の確認のため、艦橋の外に飛び出したマードックの視界に飛び込んできたのは、ジョージ・ワシントンの真上で悠然とホバリングする二機のF35B。

 その翼に描かれた国籍マークは星条旗ではなく、ロービジ仕様の日の丸だった。

          *

 夕陽が「ながと」に戻ると、艦上は大騒ぎだった。
 機を降りるとあっという間にクルー達に取り囲まれて何故か祝福される。

「夕陽さん! 皆さん凄かったです!」
「ちょ、ちょっと待って、みんなどうしたの?」

 駆け寄ってきた美鈴に戸惑いながら尋ねる。

「あれ? 知らないんですか? ガイアとアッシュが、あのジョージ・ワシントンを沈めたんですよ!」
「え……?」

 美鈴の言葉に固まる。

「超低空で敵艦隊のレーダー網を掻い潜って、次々とイージス艦を沈めていって最後はズドン! 凄かったですよ? 撃沈判定の度に艦内はお祭り騒ぎで、ジョージ・ワシントンを沈めたときはもう、ワールドカップでゴール決めたときみたいにみんなで抱き合って喜んで! あ、戻って来た!」

 飛行甲板には興奮気味のクルー達が続々と集まってきていた。その中には艦隊司令の尾澤三郎海将補と艦長の森川伸宏一等海佐の顔も見える。

 二機のライトニングが着艦し、敏生と刑部が機から降りてくると、大歓声と共にクルー達が一斉に二人に飛び掛かった。

 寄ってたかって揉みくちゃにされている敏生を一人、ぽつんと遠巻きに眺める。嫉妬、羨望、自己嫌悪。様々な感情が胸中を駆け巡る。

 ショックだった。今まで、彼に合わせられるのは自分だけだと自惚れていた。思い上がりも甚だしい。夕陽はきゅっと唇を噛むと、誰にも気づかれないようにその場を後にした。

 あたし、空回ってばかりだ……。

 自室に引きこもると、ベッドに潜り込んだ。一人になると、今さら恥ずかしさが込み上げてくる。穴があったら入りたかった。体調不良を理由にディブリーフィングもさぼってしまった。

 そのままどのくらい落ち込んでいただろうか。
 少し寝てしまったようで、時計の針はそろそろ夜の七時を指そうとしていた。みんなと顔を合わせるのは気まずかったが、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。きっと敏生にも心配を掛けてしまったはずだ。

 重い体に鞭を打ち、恐る恐る、食堂となる士官室に顔を出したが、いつも先に待っていてくれる敏生が見当たらなかった。

「今日は敏生の大好きな肉じゃがの日なのに……」

 意気揚々と待ち構えている彼を思い浮かべていた夕陽は、肩透かしをくらった形だ。

「なんだよ、復活したのか?」

 背後から掛かった声は、今一番会いたくなかった相手。

「あ、えっと、すみません。ご迷惑をおかけしました」

 目を合わせることなく、頭を下げる。

「えっと……敏生知らない? いないんだよね。ひと言お祝い言いたかったんだけどな」

 彼と同室の刑部なら何か知っているはず。

「お前、何か勘違いしてねえか?」

 ムッとして刑部を睨む。

「確かに勘違いしていました! あたしなんてまだまだです!」

 悔しい。毎日敏生と一緒に飛んでいる自分ではなく、即席でエレメントを組んだ刑部と彼が抜群のコンビネーションを見せたことが。

「分かってねえな、あいつのこと。だからお前はいつまで経ってもお子ちゃまなんだよ」
「……どういう意味?」
「自分で確かめろ。恐らくいつものように艦橋の裏だ」

 そこはいつも、夕陽が敏生と一緒に休憩時間を過ごす場所。

「それから! 柿さんにも謝っておけよ、墜とされるのが分かっていてお前らのバカに付き合ってくれたんだからな。あれ程の人に恥かかせやがって」

 そうだった。夕陽たちが命令違反にならないよう、フライトリーダーとして編隊を率いる形をとってくれた柿崎。改めて自分が情けなくなってくる。

 夕陽は先に柿崎を探し当てると、深々と頭を下げた。気がいい柿崎は夕陽のとった行動自体は「いい勉強になったな」と笑って許してくれたが、敏生とのことについては、俺よりも先に話さないといけない奴がいるだろう、と叱られた。

 足早に艦橋の外に出ると、南洋の夜風に包まれる。

 夜空に浮かぶのは上弦の月。初航海のときの敏生との会話を思い出す。あれから少しは成長できたと思っていたのに、結局、自分は何ひとつ変わっていなかった。涙腺が緩みかけ、ギリッと唇を噛んで堪えると、気を取り直して彼を探す。

 いた。

 ひとり落下防止柵に両腕を乗せて夜の海を見つめている彼。すうっと息を吸う。

「敏生」

 夕陽は後ろ手を組むと、ゆっくりと彼に歩み寄った。

「夕陽……」
「凄くかっこ良かったよ。やっぱり自衛隊史上最強の天才パイロットは伊達じゃないよね。これからは環太平洋最強って呼ばれちゃうんじゃない?」

 悔しさを隠し、努めて明るく振舞ってみせる。もはや手の届かないところまで昇り詰めようとしている彼。どんなに足掻いてもその差は離れる一方だ。だが、彼は何も答えず、フイっと海に視線を戻した。どことなく寂しげな横顔。

「どうしたの? もっと喜びなよ、凄い戦果なんだから」

 彼の反応に若干苛立つ。多分、これは嫉妬だ。同じ戦闘機パイロットとして、自分には無いものを全て持ち合わせている彼への。だが。

「……夕陽が撃墜されて喜べるわけがないだろ」
「え?」
「夕陽を守れなかった。必ず守るって約束したのに……」

 ガンとバットで頭を殴られたような衝撃。予想外の彼の言葉に激しく動揺する。

「そ、そんな、演習なんだから何もそこまで……」

 そう言いかけて口を噤む。脳裏を過ったエイミーの言葉。

「これが実戦だったらと思うと……俺は……自分が許せない」

 敏生は柵にガツンッと拳を叩きつけると項垂れ、歯を食いしばった。

〝あなたとは覚悟の度合いが違うのよ〟

 エイミーの言うとおりだった。自分は何て浅はかだったのだろう。彼はいつも彼自身のことなどこれっぽっちも考えてはいなかった。常に仲間のことを、そして夕陽のことを最優先に考えていた。そんなことは以前から分かりきっていたはずなのに。それなのに。

「敏生!」

 感情が振り切れた夕陽は身体をぶつけるように敏生の背中に抱きついた。

「ごめんなさい! あたしが馬鹿なばっかりに! もう二度と敏生の言うことには逆らわないから! お願い、あたしは敏生とずっと一緒に飛んでいたいの! 敏生はあたしにとっての高みなの! だからっ……」

 失いたくない、彼を。ずっとずっと一緒にいたい。必死にその大きな背中に縋りつく。

「夕陽……」

 普段の夕陽からは考えられない大胆な行動に、敏生は驚きのあまりしばらく固まっていたが、やがて胸元にまわっていた夕陽の手をそっと掴んだ。

「頼むから俺に合わせるなんて言うな。夕陽は夕陽のままでいて欲しいんだ。俺が好きになった、ストイックで誇り高い女の子のままで」
「敏生……」
「大丈夫。今度こそは全て受け止めてみせるから」

 どこまでも温かい彼の言葉。

「ごめんね、敏生……。ごめんねぇ……」

 彼の優しさに堪えられなくなった夕陽は、うわあああと声を上げて泣き出した。

「頼む、泣かないで。夕陽に泣かれると俺、どうしようもなくつらい。そうだ、明後日こそ一緒にアラモアナ行こうぜ? 最後のオフだし、何か買ってあげるからさ」

 彼の背中に顔を埋め、泣きながら何度もコクコクと頷く。

 もう駄目だ。分かってしまった。

 必死に気づかないふりをしてきたこの感情が、やはり恋であったということを。
 

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