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アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第五話】僚機を失ったものは、戦術的に敗北している ③

【第五話】僚機を失ったものは、戦術的に敗北している ドイツ国防軍空軍撃墜王 エーリッヒ・アルフレート・ハルトマン ③


 一カ月に渡り繰り広げられたリムパックも佳境に入り、いよいよ最後の大演習が実施されようとしていた。全参加国がブルー国とオレンジ国に分かれて実戦さながらに雌雄を決する模擬大海戦。海自艦隊はイタリア、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、チリ、シンガポール海軍と共にオレンジ国に組み入れられ、米太平洋艦隊を主力とするブルー国艦隊と対峙することになった。

 ブリーフィングを済ませ、別命あるまで待機となった「ながと」航空隊の面々。いつも通り、傍らのシートで目を瞑り発進の時を待っている敏生。

 あの日以来、自分だけかもしれないが、彼とはどことなくギクシャクしてしまっている。彼は結局、エイミーの誘いを断ったようだが、夕陽は当日になって体調不良を言い訳に敏生との約束を断り、一日中自室に引きこもって過ごした。

 それでもいまだに気持ちの整理がつかず、彼の顔をまともに見ることが出来ないでいる。

 理由はあの日の出来事だけではなかった。

 各国の戦闘機部隊が参加した航空演習で、無類の強さを発揮したF22を擁する米空軍第十九戦闘飛行隊。エイミーもまた想像通りの技量を有していて、ながと戦闘飛行隊はかなりの苦戦を強いられ、夕陽も完膚なきまで叩きのめされた。

 そしてその日の夜に米空軍主催で開かれたパーティーでのこと。

〝どうやらあたしと貴女とでは覚悟の度合いが違うようね〟
〝覚悟……?〟
〝貴女たち、日本海軍を侮るつもりはないわ。士気の高さも分かっている。でも、世界中で戦うあたしたち米軍にとって、戦死はリアルよ。アフガンとイラクでは二百名以上の女性兵士が戦死した。貴女もあたしも同じ女性戦闘機パイロットだけど、あたしは敵地で撃墜されれば、例え生き残れたとしても女として辱めを受ける可能性だってある。自国領内でしか戦わない貴女とは覚悟の度合いが違うのよ〟

 酔った勢いでまくし立てるエイミー。リムパック前に芽生えかけていた自信をこの日の演習ですっかりと失った夕陽には、何も言い返すことが出来なかった。

〝トシはステイツでの二年間でその空気を肌で感じている。だから彼は強い。正直、あなたは彼にとって足手纏いでしかないわ。あたしのライバルとして、あなたは力不足ね〟

 グサリと胸に突き刺さったエイミーの言葉。その通りかもしれない。自分は敏生と飛ぶことで更なる高みへと昇っていける。だが彼にとって、こんな自分と飛ぶメリットなど、果たしてあるのだろうか? 

 今までそんなことは考えたことも無かった。結局、自分は彼の好意をいいことに、都合よく彼のことを利用していたに過ぎないのではないか? そしていつか彼に愛想をつかされるのではないか? 様々な感情が綯い交ぜになって胸中を駆け巡る。今にも自分を見失いそうだった。

 すっと席を立ち、トイレに向かう。頭を冷やしたかった。冷たい水で顔を洗い、トイレを出ると、敏生がドアの外に立っていた。

「……やっぱりあいつに何か言われたんだろ?」

 やはり見抜かれていた。人一倍、敏い彼。

「な、なんにも無いってば」
「でも、この間からおかしいぞ。夕陽」
「だからなんにも無いって言ってるでしょ!?」

 横をすり抜けようとして手首を掴まれる。

「なあ、そんなに俺って頼りないかな?」

 悲しそうな彼の表情に胸がきゅっと詰まる。

 本当は「違う!」と、今ここで叫んでしまいたかった。夕陽にとって、敏生は他の誰よりも頼り甲斐があるんだと。誰よりもそばに居て欲しい存在なのだと。だが。

〝あたしとなら彼はもっともっと上を目指せる。貴女になんか任せていられない。いつの日か必ず彼を振り向かせて見せるわ〟

 あの日のエイミーの言葉が呪縛となって頭から離れない。

 彼女の言う通り、今の自分に彼と切磋琢磨出来るだけの実力はない。だから、少なくとも彼に甘えて足手纏いになることだけは避けたい。でも、ここでこの手を振り切ればきっと彼を傷つける。それは夕陽にとって本意ではなかった。

「あたしは……」

 逡巡しかけたそのとき。

〝敵襲! 繰り返す! 敵襲! 総員、対空戦闘用―意! ながと戦闘飛行隊は全機発進せよ!〟

 艦内にカンカンとけたたましく鳴り響く鐘の音。

「ガイア!」
「ああ、行くぞ! イデア!」

 パイロット達が一斉に甲板へと駆け上がり、愛機へと散る。日頃の猛訓練の成果だろう。

 短時間のうちに全機がエンジンを始動させると、続々と戦空に駆け上がっていく。その練度の高さに、ながとに乗艦している各国海軍のオブザーバー達からも感嘆の声が上がる。

 ながと戦闘飛行隊は上空で戦闘空中哨戒を遂行していたイタリア海軍空母「カヴール」の艦載機であるF35B・六機と合流すると、事前の作戦通り防御態勢を敷いた。

 海自のイージス護衛艦「みょうこう」とオーストラリア海軍のイージス駆逐艦「ホバート」も睨みを利かせているので、敵機も警戒して簡単に踏み込んでは来なかった。戦況が動いたのは数分後のこと。

「オーストラリア海軍のホバートが撃沈判定!」
「カナダ海軍のシャーロットタウンも撃沈!」
「何!?」

 味方艦艇の立て続けの撃沈の報せに、オレンジ国艦隊の司令部が置かれた「ながと」の戦闘指揮所CIC(Combat Information Center)が浮足立つ。

 二隻を葬ったのは米海軍のロサンゼルス級攻撃型原子力潜水艦「オクラホマシティ」。世界最高峰の対潜水艦戦能力を誇る海上自衛隊だったが、他国艦艇の能力不足分までカバーすることが出来ず、完全に隙をつかれた形だ。

 艦隊防空の片翼を担うホバートが早々に撃沈されたことで、オレンジ艦隊が混乱に陥る。

 その後、ながと哨戒飛行隊のSH60Kシーホーク八機が総出で何とか「オクラホマシティ」を仕留め、面目を保ったが、その間に更に二隻の僚艦を失った。

 一気に劣勢となり、大混乱する味方海上部隊に夕陽は唇を噛んだ。

 悔しい。このままじゃ負け続けだ。仲間も。自分も。

〝貴女とは覚悟が違うのよ〟

 脳裏にこだまするエイミーの言葉。

 ……そんなことない! あたしにだって、覚悟はある!

 夕陽が振り払うように首を振った次の瞬間、レーダー画面の端に複数の輝点ブリップが現れた。

 恐らくはジョージ・ワシントンの艦載機、F/A18Eスーパーホーネットの一群。こちらはステルス機ゆえ、気づかれていないようだ。

「ガイア、これ、向こうは気づいていないよね?」

〝相手にするな、イデア。艦隊はまだ奴らの空対艦ミサイルの射程外だ。今の俺たちの任務は艦隊防空。持ち場を離れるな〟

「でも、このままじゃ埒があかないわ! 仲間がやられているのに、指を咥えてなんていられない!」

〝夕陽! 駄目だ! 落ち着け!〟

 自分のことを必死に宥めようとする彼。だが。

〝イデア、俺も付き合うぜ。このままやられっぱなしじゃ、ながとの名が廃るよな〟
〝ああ。ながとはアッシュやガイアだけじゃないことを見せてやろうぜ〟

 夕陽に呼応したのはティーダこと、刑部のウィングマンの清瀬と、柿崎のウィングマンであるジャック、北条。彼らもまた、先日の航空演習で辛酸をなめた口だった。

〝おいアッシュ! ティーダを止めろって! ガッツさんもジャックを止めてくれよ!〟
〝知らん。バカは死ななきゃ治らん〟

 突き放した様子の刑部。珍しく、その声には多分に怒気が含まれている。

〝こうなっちまうと止められんなあ。ま、こいつらだけで行かせるわけにはいかん。仕方ない。行くぞ、お前ら〟

 柿崎が苦笑しながら、火が着いてしまった若手三人に声を掛ける。

〝ガッツさん!〟

 敏生の悲鳴にも似た叫び声。

「絶好のチャンスじゃない! あたし行くわ!」

〝夕陽―――!!〟

 ごめん、敏生。でも、あたしはせめて、胸を張ってあなたの横を飛びたいの!

 夕陽は翼を振ると、敏生の下から離脱した。

 ステルス性能を活かし、米海軍の編隊に忍び寄る四機のライトニング。

 抜群の空戦性能を誇るスーパーホーネットは強敵。機数もこちらより断然多かったが、この面子なら先制攻撃さえ仕掛けられれば、ひと泡吹かせることも可能だと思われた。だが。

 ピ―――ッ!

 コクピット内に突如響き渡った電子音。

 え……?

〝To Zeke 10, You were shot down by US John Paul Jones. Please leave the site soon〟
(ジーク10へ、君は米駆逐艦ジョン・ポール・ジョーンズに撃墜された。直ちにその場から離脱せよ)

 罠だった。まんまと誘き出されてイージス艦の射程に入ってしまった。

 そんな……、なんで……

 唇を噛むも後の祭り。結局、奇襲を仕掛けた四機ともイージス艦とスーパーホーネットの編隊によって血祭りに上げられてしまった。

 インカム越しに流れてきた結果に、敏生はふーっと深く息をついた。

 相手は自他ともに認める世界最強の米太平洋艦隊。いくらステルス機とはいえ、鉄壁のレーダー網に何の策も無しに飛び込めば、瞬殺されることは火を見るよりも明らかだった。

「アッシュ……、行くか?」

 感情を押し殺し、落ち着いた口調で刑部に問い掛けると、この防大で一期上の先輩はフンと不敵に鼻を鳴らした。

〝当たり前だ〟

隊長アーサー、いいっすよね?」

〝ああ、行ってこい。そしてあの若造どもに実力を見せつけてやれ。二度とお前らに背けないように、な〟

「あんがと、アーサー。Ash! Are you ready?」
(アッシュ、覚悟はできたか?)

〝What are you dreaming on? You are Element leader. Should lead me〟
(何を寝惚けてんだ? お前が編隊長だ。先に行け)

「Roger, follow me. Lose altitude to 30ft」
(了解。ついてこい。高度三十フィートまで降下する)

〝Hey! You don't hesitate to me? 〟
(おい! お前、俺には遠慮ねえな?)

「Of course. I believe you」
(当然だ。お前を信じているからな)

 刑部の笑い声が返ってくる。紛れもない親友同士。お互いの考えていることは手に取るように分かる。

 敏生は翼を振ると、ロールを打ってから一気に降下を開始した。

 それが伝説の始まりだった。
 

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