アホウドリの空〜自衛隊ラブストーリー〜【第八話】可能なら実行する。不可能でも断行する。 ②
【第八話】可能なら実行する。不可能でも断行する。 フランス陸軍軍人 マルセル・ビジャール ②
お店に入ると、金曜の夜ということもあり、店内は混んでいた。辺りを見回し、敏生が座るテーブルを見つけると、足早に駆け寄った。
「お待たせー」
「お、早かったね。飲み物何にする?」
「あ、じゃあ、明日は準待機だからウーロン茶で。敏生はそれ、アセロラ?」
「ああ、いつものね」
お互い戦闘機パイロット、翌日が完全な休日でない限りアルコールは入れられない。
「ありがとう、誘ってくれて。今日、ご飯作るの億劫だったから」
「実は俺も。今日はさすがに疲れたよな」
今日の訓練は自衛隊の戦闘機部隊としてはかなり珍しいもので、ホットローディングと、ADGR(Aviation-Delivered Ground Refueling)と呼ばれる、ここ数年で米海兵隊が提唱し始めた、二つの作戦行動の訓練だった。
ホットローディングとは、帰投した際に、エンジンを切らず、再武装して再出撃すること。そしてADGRとは母艦を撃沈されたり、基地が爆撃で壊滅した場合に、ライトニングの特性を生かして不整地に着陸し、そこで補給を受けて再出撃をすること。
実戦に即した訓練内容であり、いつも以上の緊張を強いられ、また、ACM訓練を挟みながら、南鳥島と硫黄島を経由しての往復はさすがに身体に堪えた。
「ということで沢山食べようぜ。この盛り合わせ、いっとこうか」
「うん! あと、やみつきキャベツ盛り!」
彼との晩御飯にテンションが上がる。
「こちらこそありがとうね、晩飯付き合ってくれて」
「ううん、あたしも……」
嬉しい、と言いかけて止める。油断していると彼への気持ちが直ぐに溢れてしまう。クリスマスだけでなく、お正月も彼に空振りさせてしまったというのに。
イブのリベンジとばかりに挑んだせっかくの初詣デートだったが、女の子の日の発動により、またしても敢え無く撃沈となった。
それでも敏生は優しい。何事もなかったかのように振舞ってくれる。もう、彼に好きだと告白してしまえたら、どんなに楽だろう。
彼との食事はとても楽しくて幸せで、あっという間に時間が過ぎていく。
食事が落ち着いたところで、彼がお手洗いに立つと、夕陽はふうっ、と息をついた。彼がいなくなった瞬間に溜まった疲れを思い出す。
眼精疲労に肩凝り。課業後に隊舎でシャワーは浴びてきたが、帰ったらお風呂にゆっくり浸かって身体を休めよう、と自分で軽く肩を揉んでいると、背後から両肩に手が掛かった。
「とっ、敏生?」
「すげー硬いな。だいぶ凝ってるね」
そう言いながら、彼が肩を揉んでくれる。
「晩飯も済んだし、この後、夕陽んちでマッサージしてあげようか?」
「えっ?」
「いや、変な意味じゃなくてさ。俺、マッサージ結構上手いんだぜ?」
「あ、で、でも……」
戸惑うも、会計を済ませてお店を出ると、結局、そのままの流れであっさりと彼を部屋に上げてしまった。心臓がバクバクする。
彼がこの部屋に来るのはインフルエンザの時以来。これはもう、何が起こっても文句も言えないシチュエーション。いや、逆にどこか期待している自分がいた。
だが、彼は言葉通り、至って真面目だった。それはそうだ。そういうことが目的なら、彼はこんな回りくどいことはしないだろう。
「どう? 気持ちいい」
「うん……、敏生、すごく上手……」
ほんの少し痛みを感じる位の絶妙な揉み方で、すごく気持ちがいい。凝りが疲れと共にほぐされていく。
「ね、なんで敏生、こんなにマッサージ上手いの?」
「俺、防大の時に部活動でアメフトやっててさ。で、二年の時に足を怪我して、半年くらい試合に出れなかったんだけど、その時に少しでもみんなの役に立ちたくて、トレーナーの人に教えてもらったんだ」
初めて聞く彼の学生時代の話に興味が湧く。
「敏生、アメフトやってたんだ。ポジションは?」
「ランニングバックだよ。ちなみに、アッシュはアメフト部の先輩でワイドレシーバーね」
「アッシュのことは聞いてないわ。敏生はてっきりクオーターバックだと思ってた」
「夕陽、アメフト詳しいね? 意外」
「昔、たまたまアメフトの映画を観て、少しだけハマっていた時期があったの」
「もしかして、タイタンズを忘れない?」
「そう! なんで分かったの?」
「へへ。俺もそれ観たし、夕陽も一緒ならいいな、って」
偶然にも、過去に同じ映画を観て、彼と感動を共有できていたことが何よりも嬉しい。
「クオーターバックやってた奴は俺の同期で親友なんだ。いつか紹介するよ」
「うん……」
〝親友に紹介〟という、彼のさり気なくも特別な言葉に、沸々と湧き上がる幸福感。
その後も、お互い、とりとめがなくも心地よい会話を繰り広げながら、彼の大きな手に身を委ねる。首から肩、そして頭、両の手のひら。三十分くらい経っただろうか。
「じゃあ夕陽、ベッドにうつ伏せになって。腰と足もやってあげる」
ドキッとするが、正直なところ、彼にならもう、何をされても良くなっているので素直に従う。だが、彼の手にいやらしさを感じることは全くなく、あまりの気持ち良さに眠気が襲ってくる。
「眠たくなったら寝ちゃってもいいんだよ?」
「ううん、大丈夫。すごく気持ちいい。ありがとう……」
「すごいよな、夕陽は」
彼がふくらはぎを揉みながら、しみじみと零す。
「え?」
「いや、こんな小さな身体で、男の俺らに混ざってすごく一生懸命頑張っててさ。弱音ひとつ吐かずに。本当に頭が下がるよ」
「それは、望んで飛び込んだ世界だから……」
「望んで飛び込んだ世界でも、弱音を吐きたくなるのが人間だよ。夕陽だって俺の前では辛いって言っていいんだよ? 溜めるのはメンタルにも良くない」
「敏生……」
彼の言葉に涙が滲みそうになる。夕陽にとっては彼が理解してくれているだけで十分だ。
「俺たち、もうそういう関係じゃないだろ? 俺の前では、プライベートの時は力を抜いてほしい。俺は夕陽にとって安らげる存在でありたいんだ」
「……とっくになってるよ。あたしが素を出せるのは敏生の前だけだもん」
夕陽はそっと起き上がると、彼に向き直った。
「なのに……ごめんね、クリスマスもお正月も。ほんとダメだよね、あたし。意気地なしだと自分でも思う」
「謝る必要なんかないさ。言ったろ? いつまでも待つって。夕陽は意気地なしなんかじゃない。俺がこの世で一番、尊敬する女の子だよ」
「敏生……」
どこまでも真っ直ぐな彼の想いに堪らなくなる。だからそれは、針が限界を振り切れてしまった夕陽にとって、自然の成り行きだった。
「ゆっ、夕陽……?」
突然、パーカーとTシャツを脱ぎ捨て、下着姿になった夕陽に、敏生が戸惑う。
「いいよ……、好きにして。今日は絶対に最後までいけるから」
彼と、ずっとずっと一緒にいたい。わざわざ彼と会うための口実を探す毎日なんて、もうごめんだ。
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