アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【その伍】閑話休題 友情は翼のないキューピットである。 ②
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【その伍】閑話休題 友情は翼のないキューピットである。 第六代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン ②
「何だよ、こいつと話してもつまんねーぜ? ヒコーキの話ばっかりだし」
「あたしは坂本三曹とヒコーキの話がしたいんです。あっち行って下さい」
「何だよ……」
酒の席とはいえ、桑野は上官だ。美鈴の露骨なまでのぞんざいな態度に、場が険悪になりかけたその時。
「おい桑野! オメーはこっちこい! 退場ー!」
「そうだそうだ~! くわのたいじょ~!」
声が飛んできた方向を見ると、門真と神月が楽しそうに肩を組んで、ビール片手に喚いている。
あれでプロポーズを躊躇してるって……どこからどうみても最低の酔っ払い夫婦だ。
「はーい」
桑野はそんな二人に、半ばホッとしたように苦笑すると、そそくさと呼び付けられるままに行ってしまった。
「ふふ、さすがあたしのお兄ちゃんとお姉ちゃん。桑野二曹、ちょっとしつこいんで困ってたんですよね~」
あっけらかんと笑う美鈴。こっちはハラハラと気が気じゃなかったのに。
「でも桑野二曹、かっこいいじゃん。女の子は皆、ああいうイケメンが好みじゃないのか?」
不思議そうに自分を見つめてくる彼女。
「全然。それにイケメンなら、小松以来、アッシュとガイアの超絶イケメンコンビを見慣れているので食傷気味です」
そういうものか。だが、桑野クラスが相手にならないのなら、自分なんてどう相手をすればよいのか。だいたい谷口は何でこんな自分なんかとおしゃべりをしたいというのだ?
「ねー、目を合わせて下さいよ~」
こちらの気持ちなどお構いなしといった様子で、美鈴が悪戯っぽく覗き込んでくる。
「あたしね、前から一度、坂本三曹とゆっくりお話したかったんです」
「……え?」
「だって坂本三曹の整備の腕前、傍から見ていて凄いんだもん。あたしなんていつも慌てふためいてばかりなのに、坂本三曹はいつも沈着冷静で、手際も良くて、門真一尉の指摘なんかすぐ理解してさっさと直しちゃうし」
驚いた。彼女からはそんなふうに見えていたのか。沈着冷静なんてとんでもない、ただ人見知りで話すのが苦手なだけだ。作業に没頭していれば無理に人と話す必要も無い。
それにさっさと直せるのもトシさんの説明が的確で原因を特定しやすいからだ。もっとも、飛行機を弄るのは大好きで、放って置かれたらいつまでも弄り続ける自信はあるが。
「……そんなことないよ。これでもいつもテンパっているんだ。俺の機はあのトシさんの乗機だからさ。自分のせいであの人がキルされることだけは無いようにって、いつも還ってくるまで不安だし、肝が冷えてるよ」
それは偽らざる本心。
「それに谷口だってあの勝野隊長に引っ張られてここに来たんだろ? そっちの方が凄いと思うし、神月三尉だっていつも谷口の整備を褒めているじゃないか」
「てへへ……。坂本三曹に言われると何か恥かしいデス」
俯き、嬉しそうにジョッキを弄ぶ美鈴。
ああ、やっぱり可愛いな。
職場では業務連絡以外、あまり話したことがなかった。気持ち悪がられたくないので、意識してあまり目を合わさないようにしていた。
もっとも彼女の周りはいつも賑やかで、部隊内外問わず、男たちが何かと理由をつけてやってくるので、自分などつけ入る隙すらないのだが。
そんな彼らを羨ましく思うも、自分には絶対に無理だと思っていた。だが、当の美鈴は桑野を袖にしたばかりか、こんな自分と楽しそうに話してくれている。
勘違いは出来ないが、勝手に壁を作りすぎていたのかもしれない。
せっかくトシさんが与えてくれたこの幸せな状況、ダメ元で今だけでも楽しむか。そう思うと少し気が楽になり、お酒の勢いも手伝って色々と話せるようになった。
「えーっ、坂本三曹もアイアンイーグル観たんですか?」
「あ、うん。航空アクション映画はあらかた観たよ。トップガンは当然として、アパッチとかイントルーダーとか、ステルス、ファイヤーフォックス、あ、邦画ならベストガイも」
「わ~、ヤバイ、みんな分かる~」
「本当に? じゃあナイト・オブ・ザ・スカイは?」
「観ました! ストーリーはハテナだけど空撮は最高!」
興奮気味に食い付いてくる彼女に思わずテンションが上がってくる。
「確かに。でも意外だな、谷口がそんな映画ばっかり観てるなんて」
「恋愛映画しか興味ないような女に見えます? あたし、飛行機好きが高じてこの職業に就いたんですよ? 意外でも何でも無いと思うけどな~」
「ごめん。俺、谷口を偶像化し過ぎていた。俺とは違う星に住むお姫様だと思ってた」
その言葉に彼女はアハハと爆笑すると、自分に向かってビシッと敬礼してきた。心なしか顔が近い。
「へへ~。あたしオタク女子っすよ、筋金入りの。オタクで何が悪いんですか〜~~」
楽しそうにぐいぐいとにじり寄ってくる彼女。せっかく空けたパーソナルスペースはいつの間にか彼女によって埋められていたが、もう、その距離を自ら離そうとは思わなかった。
*
頭が痛い……。
ぼんやりと開けてきた視界に映る天井は、見慣れないものだった。
あれ、ここ、どこだ?
妙に色っぽいピンクの照明。そして右半身に感じる人肌の温もり。
え……? た、谷口……?
パニックとはこういうことをいうのだろうか? あろうことか自分にぴったりと密着して寝息を立てているのは、、あられもない姿の「ながと」のアイドル。
眠気が一気に吹っ飛び、背筋に冷たいものが走る。
「あわわっ……」
慌てて飛び起き、後ずさりすると、自分もパンツ一枚であることに気づいた。
まさか……まさかこれって……。おっ、おっ、俺は、俺は何てことをっ……!!
「ん……、あ、おはようございます……」
騒がしさで目が覚めたのか、美鈴が眠たそうに眼を擦りながらのそっと起き上った。その拍子にキャミソールの肩紐が外れ、片方の乳房が露わになる。
うわ―っ!!
あまりに色っぽい彼女の姿態に、慌てて眼を逸らすと、シーツを差し出した。
「そ、その、これって俺たち、もしかして……」
「えへへ、やっちゃいましたね……」
恥ずかしそうにペロッと舌を出す美鈴。その可愛さに昇天しかけるも、我に返るとその場でガバッと土下座した。
「ごっ、ごめん! よりによって、嫁入り前の女の子に俺はなんてことを!」
「……何で謝るんですか?」
「え?」
恐る恐る顔を上げると、美鈴は少し怒ったような表情を浮かべていた。
「あたしとじゃ……、嫌でしたか?」
「そ、そんなことはっ……、ただ、俺は、その……」
沈黙。なぜ彼女が怒っているのか分からないので、二の句が継げない。
「……あたし、帰ります」
美鈴はベッドから降りると、そそくさと身支度を始めた。気まずい時間が流れるが、声を掛けることができない。
「坂本さん」
身支度を整えた彼女が振り向く。何故か、今にも泣き出しそうな顔で、心臓が締め付けられる。
「あたし、処女じゃないですけど、誰とでもこんなことする女じゃないですから」
「……え?」
「……ごめんなさい、失礼します」
パタンとドアが閉まっても、坂本はしばらくの間、動くことが出来なかった。
*
何が起ころうとも、また、日は昇る。あんなことがあったので、土日はほとんど眠れず、悶々としながら、ずっと部屋に引きこもっていた。同じ営内暮らしなので、彼女と鉢合わせてしまう状況だけは避けたかった。
もっとも、頭の整理はいまだについていない。
「おい、航!」
「え、あっ、トシさん。お、お帰りなさい」
ハッと我に返ると、フライトから戻った門真が、呆れたように傍らに立っていた。
「どうしたんだよ? ボーっとして。珍しいな」
「あ、いや、何でもないです! どうでしたか? 機体の調子は」
「機体は全く問題なかったけど……、お前、大丈夫か? 朝から変だぞ?」
「だっ、大丈夫です!」
探るような目つきに背筋が凍る。
「お前、美鈴となんかあったか? あいつも何か変なんだよな」
核心を突かれ、目が泳ぐ。
「いえっ、べっ、べつに!」
「ふーん」
門真はギロリと坂本を一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らした。
「まあ、どっちでもいいけど、仕事に影響させるなよ。俺と夕陽は、お前と美鈴にそれぞれ命預けてるんだからな」
「……それは、大丈夫です」
むしろ、今は仕事に集中して邪念を払いたいところだ。
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