アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【エピローグ】王であれ農民であれ、家庭に平和を見出すものこそ最も幸福である。 <Grand finale>
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【エピローグ】王であれ農民であれ、家庭に平和を見出すものこそ最も幸福である。 ドイツ人詩人・小説家 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ <Grand finale>
『門真がボールを運ぶ。レイナへパス。ヤング……、ゴメス、ワンツー! 抜けた! 門真だ! 門真! 門真! 門真! 入ったぁ!! ゴォォォォ―ル!!! 後半アディショナルタイムにエル・マドリー先制!! 決めたのは日本が誇るKK7!! 門真和生だあぁぁぁ―!!!』
興奮した表情のスーパースターが、歓喜に沸く仲間たちの追撃を振り切りながら、手でハートマークを作ると、一点を指差して一目散に観客席に駆け寄っていく。
次の瞬間、カメラが切り替わり、映し出されたのは、彼に向かって大きく手を振り、笑顔ではしゃぐ一人の女性。それは紛れも無き、あの日の自分。
気恥ずかしいことこの上なく、カーナビゲーションのチャンネルを変える。
あれからひと月以上が経過していたが、TVを点けていると、いまでもたまに流れる劇的決勝ゴールのVTR。その日本中を、いや、世界中を熱狂させた男が、今、隣でハンドルを握って車を走らせている。
自動運転が当たり前の世の中にあって、今時珍しい、ガソリンターボエンジンにマニュアルミッションのスポーツカー。
「……ほんと、びっくりしたわよ。スーパースターのくせに、あんな土下座までして」
「生憎、俺は姫姐と天秤にかけるほどのプライドなんて持ち合わせていないからね」
乙女心を揺さぶるセリフをさらりと言ってのける和生。彼の母親から聞いていた父親譲りの「秘策」が、まさか土下座だったとは。
想定通り、父親の太一は、端から拒絶モードで臨んできた。
最初のうちは全く聞く耳を持たずで、どうなることかと思ったが、大学ラグビーがシーズンオフで帰省中の弟の颯太も含めた家族全員での説得モードに、根負けしたのか、一時間ほどしてようやく口を開き始めたのだった。
〝姫子! お前はちゃんと覚悟が出来てるんだろうな? こいつは世界中のセレブ美女と浮名を流している男だぞ?〟
〝あんなのゴシップよ! あたしの知っている和生はそんな男じゃないわ! そんな男ならあたしみたいな平凡な一般人と結婚するなんて言う訳ないじゃない!〟
〝姫姐は平凡な女の子じゃない! 世界で一番可愛くてかっこいい女の子だ! 俺にとっては子供の頃からずっとずっと憧れてた、世界最高の女の子なんだ!〟
鬼の形相の父親の横で、必死に笑いを堪えている母親の葵。
〝パパ! あたしはゴシップなんかより和生を信じてる。世間の好奇な目なんて気にならない。とっくの昔に覚悟なんて出来てるわ!〟
〝あなた、もうそろそろいいんじゃない? それとも、姫に和生クン以外の知らない変な男がついてもいいの?〟
〝世界中で和さんくらいだぜ? 親父の長年に渡る圧にもめげずに、こんな不愛想な姉貴を貰ってくれる、気骨のある男は〟
葵と颯太のとりなしに、太一は腕組みをしながら俯くと、はぁー、と大きくため息をついた。
〝分かってるさ、和生が一途な男だってことくらい。赤ちゃんの頃から見てきたし、何より、あの万年バカップルの息子だからな。遊びたいならこの歳で結婚なんてしないだろ〟
〝おじさん……〟
〝パパ……〟
〝頭では分かってるんだ。素性も知ってて、世界で一番、姫を幸せに出来る男だ。だがな、俺が姫と歩んできた二十四年間が……、こうして……終わりを迎えるんだと思うと……〟
感極まったのか、太一が目を真っ赤にして、口元を抑えている。
〝ちょっとパパ! 終わらないでしょ!? あたしたちは永遠に親子なんだから!〟
〝おじさん!〟
和生は突然椅子から立ち上がると、その場でストンと床に跪き、太一に向かってガバッと土下座した。
刑部家の面々は当然のことながらあっけにとられ、目を丸くしている。もちろん、姫子も。
〝改めて、俺に姫子さんを下さい! 誓って、俺が必ず姫子さんを幸せにします! 大切な娘さんを、俺が世界で一番幸せな女の子にしてみせます!!〟
そう叫んで、床に額を擦り付け、結婚の許しを請う和生。
幼馴染とはいえ、今や世界的スーパースターの土下座とあっては、太一も振り上げた拳を下ろさざるを得なかった。とはいえ。
「……今更だけど、本当にあたしなんかが奥さんでいいの? あたし、戦闘機パイロット辞めるつもりもないから、スペインにも一緒に行けないし、一年の半分は海の上だから、和生がシーズンオフでもサポートすらろくに出来ないと思うし」
「何度も言ってるだろ。俺は姫姐に家政婦を求めてるんじゃない。姫姐は俺の生き甲斐なんだ。そもそも家事一切は、万が一、独りになっても生きて行けるよう、小さい頃から親父とお袋に徹底的に叩き込まれてるし」
そう、何でも一人でテキパキとこなしてしまう幼馴染の婚約者。
年上として姉貴風を吹かせたくても、逆に色々と世話を焼かれてしまい、自分がもどかしい。
二人が結ばれたのは姫子が高校三年生、和生が高校一年生のとき。
大きくなっても、和生のことはずっと弟にしか思えず、何度告白されても躱し続けていたのだが、夕陽に憧れて海自の航空学生になると伝えた時、涙を流して大反対する彼を宥めているうちに、そういう流れになってしまった。
そして気づいた、自身の本当の気持ち。
「年下の彼」に対する、自身のちっぽけなプライドが築き上げていた壁は、身体を重ねたことで脆くも崩れ去り、逆に慕情の沼に嵌って抜け出せなくなった。
あれから六年。
結婚の許しを貰えたのは嬉しいが、このままで良いのか、との自問自答からは抜け出せていない。「年上の自分」というかつてのプライドの残骸が、彼への申し訳無さや心苦しさという気持ちに姿を変えて、どうしても顔を覗かせてしまう。
窓の外をぼーっと眺めていて、ふと我に返って気づく。
「あれ? どこ行くの? 鶴巻行くなら真っ直ぐよ?」
街中だと、あっという間に人に囲まれてしまうため、彼の希望で、近場の高級温泉旅館でゆっくりと過ごすことにした二人。彼が前々から予約を入れていたらしい。
「はは。時間はたっぷりあるから、ちょっと寄り道」
向かっている方向は厚木飛行場方面。姫子のいつもの通勤路だから直ぐに分かる。鼻歌交じりに車を走らせる和生。どういうつもりか測りかねていると、車は飛行場への道から少し逸れていく。
あ、もしかして。
「おっ、懐かしいな。俺たちが小さい頃に住んでいた宿舎だ。全く変わってないねー」
「……思い出巡り?」
「まあそうだけど、ここじゃない」
そのまま通り過ぎて少し行ったところで、和生は車を止めた。
「ここ……」
促され、車を降りる。住宅街の中の、ありふれた児童公園。和生は隣に並ぶと、公園で遊ぶ子供たちを眺めながら伸びをした。
「子供の頃、親父とお袋は航海で家に居ないことが多くてさ。そんな時は、戸塚の祖父ちゃんか祖母ちゃんが俺と夕奈の面倒を見に、家に来てくれてたんだけど、やっぱり寂しくて。友達と遊んだ後も、親父とお袋の飛行機が帰って来ないか、ここでずっと、空を眺めてた」
「……うん。それで、習い事帰りのあたしが通りかかって、一緒に帰ったんだよね」
彼が驚いた表情でこっちを見る。
「え? 覚えてたの?」
「覚えてるよ。和生がすごく寂しそうだったから、あたし声を掛けたんだ」
泣きそうな顔をして空を見つめていた年下の彼を守るように、手を繋いで宿舎まで帰ったあの日。
「すごく嬉しかったな。あの時から俺、姫姐のことが頭から離れなくなってさ」
爆音がして空を見上げると、米海軍のF35CライトニングⅡ戦闘機が厚木の滑走路に着陸していった。
「……あたしは逆に、あの時のことがずっと心に引っ掛かってた」
「ん?」
和生の手を取り、両手で握り締めると、縋るように彼を見上げる。
「いいの? 今度はあたしが和生にまた、あの時と同じ想いをさせちゃうんだよ? 本当にそれでもいいの?」
彼は自分のことをまじまじと見つめていたが、やがて柔らかい笑みを浮かべると、頬に手を掛けてきた。
「知ってた? 俺がサッカー始めたのって、姫姐に振り向いて欲しかったからなんだよ?」
「え?」
きょとんとして、彼を見る。
「姫姐が、いつも〝サッカーの上手いミナト君〟の話ばかりするからさ。それがすごく悔しくて、じゃあ、ミナト君よりサッカー上手くなって、姫姐に好きになってもらうんだ、って」
「……ミナト君って、誰?」
「知らないよ。姫姐がいつも言ってたんじゃん。ミナト君ミナト君、って」
額に手を当てて記憶を辿るも、全く思い出せない。
「ごめん。本当に記憶に無いわ」
「まあ、子供の頃の話だしね」
和生の苦笑に、プクッと頬を膨らませる。
「無関心だから覚えてないだけよ。あたし子供の頃のこと、結構覚えてるもん。和生、この公園で暗くなるまで、ずっと一人でボール蹴ってた」
「それは、ここに来れば姫姐と会えたからだよ。ありがとう、俺のことは覚えててくれて」
彼が嬉しそうにムニムニと頬を掴んでくる。
「当り前でしょ。大切なことはちゃんと覚えてるわよ」
その言葉に、和生は小さく頷くと、視線を落とした。
「……俺、姫姐と会えないのは寂しいよ。寂しいに決まってんじゃん。でも、俺が好きなのは自分らしく生きている、かっこいい姫姐だ。小さい頃からずっと憧れてた、真っ直ぐで凛とした姫姐だ」
「和生……」
胸が詰まる。いつだって、彼はストレートに自分への気持ちをぶつけてくれる。
「だから、会えないから他の女の子を選ぶなんて、俺には考えられないよ」
「あっ、あたしだって! 和生以外なんて絶対に嫌!」
目に涙を貯めながら、彼の両手首を掴んで、ありったけの想いを返す。
「ありがとう、すごく嬉しい。だから、いいんじゃないかな、それで。俺たち」
「え?」
「欧州と海の上で離れていても、お互いをずっと想い合って、高め合って、会えた時は全力で愛し合う。それが俺たちの形ってことで」
彼に優しく頭を撫でられながら、涙を拭い、鼻を啜る。
これじゃ、まるで彼の方が年上のようだ。でも、悔しさよりも圧倒的に幸福感の方が勝る。
「……浮気したら許さないからね」
照れ隠しに、上目遣いに睨みつける。
「あはは。なめんなよ。俺はあの万年バカップルの、アホウドリのつがいの息子だぜ?」
頭に大きな手を置いたまま、こつん、と額を合わせてくる彼。だめだ、堪らなく愛おしい。目を瞑り、すっと唇を差し出したのだが。
「すみませーん! ボール取って下さーい!」
その声に振り向くと、目の前に勢いよくボールが転がって来た。少年たちが慌てて駆け寄って来る。
和生はすっと姫子の前に出ると、華麗なトラップでポーンと頭の上にボールを上げ、背中から流し落とすと、ヒールキックで少年にパスした。
「すげえ! ありがとうございます! ……って、KK7!?」
「ええっ!? ほんとだ!!」
少年たちが和生に気づき、驚きの声を上げる。それはそうだろう。彼はこちらに向かって悪戯っ子のように、ごめんと手を合わせると、
「おーい! 俺もちょっとだけ混ぜてくれよ」
と言って、自ら少年たちの輪の中に入って行ってしまった。
ひとりとり残され、腰に両手を当てて、口を間一文字に結んで見せるも、自然と笑みが零れてしまう。
まったく、もう。
少年たちと戯れながらボールを追いかける幼馴染みが、在りし日の情景と被る。
今のままの自分が良い、と言ってくれた彼。
色々と一人で考えすぎていたのかもしれない。
だから委ねてみようと思った。あの頃から少しも変わらぬ、彼の情熱に。
そして、その時々で、自分が返せるものを彼に全力で返していこう、と思った。
姫子はふっと息をつくと、足を一歩踏み出し、口元に手を当てた。
「ねえ!! あたしも入れてよ!!」
その大声に和生が動きを止め、こちらを向いて満面の笑みを浮かべると、大きく手招きした。
「お姉ちゃん、サッカー出来るの?」
「何言ってんだよ、姫姐はスポーツ万能のスーパーウーマンなんだぜ? 姫姐!」
和生が蹴ったボールが、綺麗な放物線を描いて飛んでくる。姫子はその彼のパスを軽々とトラップすると、腰を落として、口角を上げた。
うん、いける。
「昔はあたしの方がサッカー上手かったんだからね! 行くわよ、和生!」
「おっしゃ来い! 姫姐!」
これがきっと、あたしたちの形。
この先も、色々なことが二人を待ち受けているに違いない。でも、迷いが生じたら、二人でまた、何度でもここに戻って来ればいい。
自分たちの、原点に。
童心に返り、少年たちに交じってボールで戯れる二人の未来を祝福するかのように、桜の樹の上で、オナガのつがいがピュイピュイと鳴いていた。
―Fin―
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