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アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【エピローグ】王であれ農民であれ、家庭に平和を見出すものこそ最も幸福である。 ④(残り1話です)

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【エピローグ】王であれ農民であれ、家庭に平和を見出すものこそ最も幸福である。 ドイツ人詩人・小説家 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ ④


「司令!? 敏生司令じゃないですか! おーい皆んな! 敏生司令がいらっしゃるぞ!」

 かつての部下に見つかり、その掛け声であっという間に「しょうかく」の大勢の乗組員たちに囲まれる夫。退役してから三年も経つのに、この慕われようだ。

「おいおい、俺はもう君たちの司令じゃないぞ。司令はこっち」

 彼が笑いながら、皆の前で夕陽の肩を抱き寄せると、一斉に冷やかしの口笛が鳴る。

「司令! 皆で衛星中継観てましたよ! 完全優勝おめでとう御座います!」
「すごくかっこよくて興奮しました!」

 お祝いを口にするどの顔にも、彼に対する強い憧れや誇りが見て取れる。

「ありがとう。まあ、元海自航空隊の肩書き背負って、みっともない姿は見せられないからね」

 そう、今や、敏生は世界的な人気を博すバイソンエル・エアレースの絶対王者。

 日本ではフットボールのスーパースターである息子の和生の方が圧倒的に有名だが、世界的には肩を並べるくらいの有名人。

 海自で出世街道を歩んでいた彼は、空母打撃隊群司令を務めた後、市ヶ谷の海上幕僚監部に異動し、その仕事ぶりから防衛部長のポストを推挙されていたが、ウィングマーク返上と同時に突然、職を辞し、エアレーサーに転身してしまった。

 将来の統合幕僚長最右翼と目されていた人材の流出に、当然のことながら、市ヶ谷は大騒ぎになった。

 この動揺を鎮めたのは、当時、海上幕僚長を務めていた勝野だった。

「将官ポストは彼でなくても、他に優秀な成り手は沢山いる。だが、自衛隊パイロットの凄さを世界に見せつけられるのはトシだけだ。それが周辺国への牽制にもなる。俺もあいつが世界の空でどこまで行けるのか、最後に見てみたい」

 そう言って、敏生の転身にお墨付きを与えた勝野。窮屈な市ヶ谷を飛び出し、再び翼を与えられた彼は、水を得た魚だった。

 最初のシーズンこそ、エアロバティックス専用のレシプロ機への順応と、厳しく細かいレース規定に、勝手が分からず苦戦したものの、シーズン終わりの二戦で連続優勝すると、翌シーズンは開幕から好調を維持し、総合優勝を果たした。

 そして迎えた今シーズン。前年の活躍に加え、フットボール界のスーパースターである和生との親子関係が知れ渡ったこともあって、エアレースに対する国内の注目度も急上昇。

 前年王者として、日本中の期待を一身に集めることとなったが、敏生はプレッシャーをものともせず、前人未到の完全優勝を達成したのだった。

 また、シーズンを通じて、敏生が自衛隊の出身であることを意図的にアピールしてきたことで、空自、海自への入隊志願者が激増し、古巣への恩返しも果たすこととなった。

 そんなこともあって、いまだに隊内でもカリスマ的な人気を集める彼。

 ラスベガスでの最終戦は乗組員たちからの強い要望もあって、航海中にも関わらず、格納庫でパブリックビューイングを実施し、優勝という結果も相俟って、艦内は大盛り上がりだった。

 元部下たちから次々にサインと写真撮影を求められる敏生。求めに応じて、夕陽も一緒に写真に収まる。思い出すのは、在りし日の光景。

 ああ、そういえばあのリムパックの時は、皆に囲まれ祝福される敏生を、嫉妬の念に駆られながら見つめてたんだっけ。

 あれから四半世紀が経ち、今は皆に囲まれる夫が、ただただ、誇らしく、愛おしい。

 ひとしきり、サインと写真撮影を終えると、二人は皆に手を振ってその場を離れ、ようやく停めていた車に乗り込んだ。

「大丈夫? 長時間のフライトに今のサイン会で疲れたでしょ? あたしが運転しようか?」
「何言ってんだよ。航海から戻ったばかりの夕陽の方が余程疲れてんじゃん」

 敏生が笑いながらハンドルを握る。彼の方こそ、米国からの夜行便での帰国、かつ時差ボケで疲れている筈なのに。

 いくつになっても、変わらずに自分のことを慮ってくれる。

 あの時だって、行かないでと言えば、彼は今頃、自身の想いを封印し、海幕の要職に就いて家族のために、市ヶ谷でのデスクワークに明け暮れていたはずだ。

 家族の幸せが自分の幸せと言って憚らない彼。でも、パイロット人生の最後くらいは悔いを残さず、自分のために飛んで欲しかった。

 いや、夕陽自身が、もう一度、あの、憧れてやまない、夫の天才的なフライトを見てみたかったのだ。

「ようやく二人きりになれたな」

 赤信号に引っ掛かり、彼がそっと手を重ねてくる。

「ふふ。そうだね。嬉しい。どこかでご飯食べていく?」
「お腹空いた?」
「ううん。飛ばなくなってから、あんまりお腹空かなくなっちゃった」
「そっか。じゃあ、早く家に帰って、夕陽を抱きたい」

 彼のストレートな要望に胸が高鳴ってしまう。

「もう、だめよ。家には和生が帰ってきてるし、夕奈もいるじゃない」
「和生は姫ちゃんと泊りで出掛けたらしいよ。しばらく帰ってこないって。夕奈も昼過ぎから、代表合宿に行くって言ってた」

 二人目の夕奈は大学二年生で、陸上の長距離選手。最近、めきめきと実力を伸ばし、日本代表候補に選ばれるまでになっていた。

「そういえば夕奈は今日からだっけ。和生は大丈夫そうだった?」
「何も聞いてないけど、まあ刑部は、最後は姫ちゃんの言うこと聞かざるを得ないでしょ」
「そうよね。彼は、姫ちゃんから嫌われたら、人生終わるもんね」

 二人で笑い合う。

 道路も空いていたので、四十分ほどで自宅に到着した。

 市ヶ谷、横須賀、厚木を転々とすることを考えて、十五年ほど前に利便性の良い横浜市内に一戸建てを構えていた。

 同じような境遇の刑部も度重なる転居を嫌い、同時期に同じ住宅街に、やはり一戸建てを購入していた。

 それもあって家族ぐるみの付き合いが続き、お互い、子供を預かり合ったりして、行き来していたのだが、まさか、和生と姫子がそういう関係になっていたとは。

「赤ちゃんの時から知ってる姫ちゃんが、あたしと一緒の船に乗って、その上、和生とくっつくなんてね。びっくり」

 夫の腕枕に身を寄せる。久しぶりに肌に直に感じる最愛の人の熱が心地よい。

「和生もなかなかやるよな。サッカーも恋人も、小さい頃からの想いを実現させて」
「うふふ。そういうところは敏生そっくり」
「母親の遺伝子もかなり強いと思いますよ? 男の子だしね」
「一途なところはお互い様」
「だね」

 笑いながら唇を重ねる。

 お互い、ご無沙汰だったこともあって、帰宅早々、昼間からだいぶ盛り上がってしまった。この歳になってもレスとは無縁。いまだに若々しく、恋人同士のような間合いでいられるのは、敏生のおかげだ。

 エアレースと航海で離れ離れでも、毎日欠かさず、可愛い、綺麗だ、好きだ、愛してる、との言葉を電話やメッセージで伝えてくれる。

 そして、夕陽の前では常に頼もしくて、かっこいい夫であろうとしてくれる。平和に向けた努力を欠かさない自衛官であった彼は、家族と自身の幸せのためにも、日々の努力を怠ることはない。

 だから自分もまた、彼にずっと好きでいてもらえるよう、一切油断はしない。たまにそんな生活でお互い息が詰まらないか? と聞かれることがあるが、二人とも質問の意味が分からない。

 努力そのものが幸せを与えてくれる、とはロシアの文豪、トルストイの名言だが、それを実践してきた二人にとっては、努力せずに得られる一時の心地良さなど、ただのまやかしの快楽に過ぎず、何の価値も無いことを知っている。

 そして、その道が正しかったことは、自分たちの背中を見て育った二人の子供、和生と夕奈が証明してくれたと思う。

 敏生に抱き寄せられ、何度もキスを繰り返す。彼の愛撫は変わらず、とても心地良い。

「夕陽、愛してるよ」
「ああ、あたしも愛してるわ。大好き、敏生」

 彼が嬉しそうに夕陽の頭をそっと撫で、前髪をすっと掻き分ける。出会った時から変わることのない、優しい眼差し。

「夕陽。俺、ひとつ相談があってさ……。いいかな?」

 あ、これは大切な話だ。妻としての直感。

「うん。なあに?」

 夕陽は彼の首に腕を回すと、ぎゅっと抱き着いた。彼の言葉全てを受け止めるつもりで。

「俺、パイロットを引退しようと思ってる」

 やっぱり。

 何となく、予想はしていたので、驚きは無かった。パイロット人生の集大成と思えるくらい、今シーズンの彼のフライトには鬼気迫るものがあった。

「本当にいいの?」

 敢えて問い掛ける。後悔だけはして欲しくないから。

「夕陽もウィングマーク返上したし、俺ももう、体力的に限界に来ているから。ここら辺でいいかな、って」
「そう……。やり切ったのね」
「うん。もう何も思い残すことは無いよ」
「……長い間、お疲れ様でした」

 ポロポロと涙が溢れ出る。

「泣いてるの? 夕陽」

 敏生は夕陽を引き剥がすと、心配そうに覗き込む。

「天才パイロットのほぼ全ての時間に立ち会うことが出来て、あたしはすごく幸せでした」

 涙を拭いながら笑って見せると、彼に再び抱きしめられた。

「何言ってんの。夕陽がいたから、俺はここまで来れた。君と出会えた奇跡に、俺は今でも感謝している」

 二人で一緒に、全力で駆け抜けたパイロット人生。これでついに区切りかと思うと、感慨もひとしおだった。

「うん……。じゃあ、あたしももう、いいかな」
「えっ?」

 敏生の上でゆっくりと起き上がる。

「姫ちゃん達、烈風隊のみんなも立派に育て上げることが出来たし、空母打撃群司令の任期もあと少し。ここから先の人生はまた、敏生と一緒に歩んでいきたいの」

 その言葉に敏生は目を見開いていたが、やがて夕陽の頬に手を掛けると、ふっと笑った。

「また怒られるな、勝野のおっさんに」
「統合作戦司令官殿は、もう海自の人事なんかいちいち気にしていられないでしょ」
「とはいえ、俺たちの大恩人だからね。早いうちに仁義を切りに行こうか」
「うん」

 夕陽は敏生の胸に倒れ込むと、キスをした。

「子供たちも手離れしたし、今度は二人で何しようか?」
「うーん、今はまだ何も考えられないな。とりあえず夕陽の方が落ち着いたら、世界一周クルーズでも行かないか?」
「クルーズ?」
「うん。夢だったんだ。いつの日か夕陽と二人でゆっくり、世界中を旅してみたいな、って。エアレースでお金も貯まったし」
「敏生……」

 相も変わらず自分のことを深く愛してくれる夫には感謝しかない。

「一緒に世界中を旅しながら、ゆっくりと考えよう。これからの俺たちのこと」
「ふふ。なんか、プロポーズみたい」
「ああ、第二の人生を始めるに当たってのプロポーズですよ」
「ありがとう。改めてよろしくお願いします、旦那さま」
「こちらこそ、よろしくお願いします。愛しくてたまらない、俺の奥さん」

 この世の中に永遠や絶対が無いことなど分かっている。

 変わらぬものがあるとするならば、それはお互いが持つ強い信念と意志。だからこそ、心の底から信じ合える。

 これからも愛する彼と共に歩んで行く。

 この先もずっと、何があろうとも。

 キスを交わし、再び愛し合い始める、羽を休めたつがい鳥。

 二人にとっての永遠が、人生の道標そのものであるのなら、それはもう、果たされた約束も同然だった。



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