アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【その捌】結婚って、一人でも生きていける二人が、それでも一緒にいたいと思う時にするものよ。 ①
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【その捌】結婚って、一人でも生きていける二人が、それでも一緒にいたいと思う時にするものよ。 フランス人ファッションデザイナー ココ・シャネル ①
「だから言わんこっちゃ無いでしょー!」
傍らに立つ夫の敏生が、顔を抑えて悲鳴を上げる。平日の昼下がりの隊長室。
「まあ、そういうな。今や海幕も、お前たちには二人でいてもらった方が、都合が良くなったんだ」
椅子に深く腰掛け、ゆらゆらと背もたれを揺らしながら話す隊長の勝野。窓の外を、轟音を上げながら第三航空隊のP1哨戒機が離陸していく。
「夫婦共働きに支障のない開かれた職場、って、軍隊のアピール方法としては絶対に違うと思いますけど」
憮然とした表情で抗議する上官兼夫。
「時代だよ、時代。米空軍なんか、女性パイロットのためにマタニティスーツまで開発したんだぞ? 妊娠二十八週まで飛んでいいらしい。まあ、戦闘機じゃなくて爆撃機らしいが」
「夕陽は子供が出来たら即産休です!」
敏生がさっと、身を乗り出して妻を庇う。当の夕陽は、あ、二十八週までいいんだ、と能天気なことを考えてしまっていたが。
今後のこともあるので、勝野には予め、結婚式が終わったら子作りすることを、敏生から暗にほのめかしていた。ただ、今ここで問題になっているのは、そのことじゃない。
「まあ、そういきり立つな。そんなに嫌なのか? 密着取材。あの七瀬ゆずがインタビューアーらしいぞ?」
「えっ?」
勝野の言葉に夕陽の方が驚く。芸能人に全く興味のない夕陽でも知っている、今をときめく大人気女優。
「知りませんよ、そんな子」
いや、知ってるじゃん。この間、一緒に観に行った映画のヒロインじゃん、と心の中でつっこむ。
「それに、プライベートにまでカメラが入ったら、夕陽の可愛さが全国ネットで晒されるじゃないっすか。変な虫が湧くのはごめんですね」
いや、七瀬ゆずと並んで変な虫が湧くわけないじゃん! と脳内で悲鳴を上げるも、彼は至って大真面目。無意識に全力で惚気る彼に、傍らに立つ自分の方が火照ってしまう。
あの観閲式での夫婦飛行はちょっとした反響を呼んだ。話題の主は答礼を忘れて手を叩いて喜んでいた久峨だったのだが、その原因となった夫婦にマスコミが飛びつき、陸海空の中でも特に採用活動に苦しむ海幕広報室が、ここぞとばかりにアピールをしたのだった。
その結果、二人への取材の依頼が後を立たず、今に至る。
「分かった。海幕には上手く言っておく」
勝野が苦笑しながら話を畳む。
「ありがとうございます」
二人揃って頭を下げる。とりあえずホッとした。人前が苦手な夕陽にとっても、この話は気が重かったので、助かった、というのが本音。
「それから、こっちは命令だが、来週、二人で嘉手納に飛んでもらう。米空軍との共同訓練だ。ヒッカムからF22が大挙してやって来る。空自、海自の猛者を集めろ、とのお達しだ。期間は一週間」
「了解です」
こちらは敏生が即答する。「猛者」と言われ、心が躍るも、ふとした疑問が湧き上がる。
「アッシュは行かないんですか?」
ウィズウォリアーで、敏生と死闘を繰り広げたのは刑部だ。夕陽は三番手に滑り込んだとはいえ、ポイントはだいぶ離されていた。
夕陽の疑問に勝野が軽くため息をつく。
「娘ちゃんの誕生日と被るそうだ。先日、ウチの嫁から聞こえよがしに牽制されてな」
あ、姫ちゃん、もう一歳になるんだ。
娘を溺愛して止まない刑部。策士の彼のこと、命令拒否は出来ないので、娘の誕生日を邪魔する予定が入らないよう、奥様会ルートで予め勝野の耳に入るようにしたのだろう。
「それと、今回、空自は特に気合が入っていてな。市ヶ谷にいる川越も、この訓練のために呼び戻すらしい」
親友の想い人の名前に、ピクッと反応する。それがなくとも、一度会ってみたいと思っていた、敏生と並び称される国内最高峰パイロットの一人。
「川越三佐が? 久しぶりに会えるのは嬉しいですけど、なんでわざわざ……」
敏生が嬉しそうな表情を浮かべるも、首を傾げる。
「空自も以前、彼らにコテンパンにやられたらしい。メンツのため、奴を悠長に座らせているわけにもいかなくなったようだ。那覇から不破も出すようだから、久しぶりにあの二人のコンビが見られるな」
「ヨシさんも!? 懐かしいな、久々に会えるんだ。まだ那覇にいらっしゃるんですね」
「二〇四と三〇四を行ったり来たりだな。本人の希望もあるようだ」
不破義広一等空尉。航学出身で、TACネームはジャッカル。川越や敏生ほどの派手さは無いが、米空軍との共同演習で多くの撃墜を重ね「暗殺者」と呼ばれた、空自の誇る凄腕イーグルドライバーの一人。
「敏生、不破一尉のこと、知ってるの?」
「知ってるも何も、俺が実戦配備された時のエレメントリーダーだよ。すごく良くしてもらってさ」
「あ、そうなんだ」
またひとつ知ることが出来た夫の過去。その積み上げが夕陽には嬉しい。
川越と不破のコンビは正に無双で、アグレッサーの天敵、とも言われ、当時、飛行教導群長だった勝野の誘いを何度も断り、最前線の防人であり続けた二人。
空自が汚名返上のため、その伝説の名コンビを再結成させてまで臨む相手。まさかと思い、恐る恐る勝野に訊ねる。
「隊長。もしかして、今回の相手って……」
「ああ、あのエイミーだ」
身体に電流が走る。エイミー・ベイカー中尉。リムパックで、航空支配戦闘機・F22ラプターを手足のように扱っていた彼女。当時から凄かったが、今や、女性ながら米太平洋空軍の絶対的エースにして、専制君主とも女王陛下とも称される存在。
そして、夕陽にとっては忘れることのできない、トラウマとも言える因縁の相手。
「夕陽」
強い目で訴えかけてくる彼。
「うん、大丈夫。分かってる」
夕陽は頷くと、心を落ち着けた。あれから一年半。自分がどれだけ成長できたのかを知るには、良い機会に違いなかった。
*
沖縄県中頭郡にある嘉手納飛行場は、米国空軍における極東最大の拠点だ。かつては日本帝国陸軍の中飛行場だったが、太平洋戦争末期の沖縄戦で連合国軍に接取され、その後、整備拡張が繰り返されて、現在に至る。
駐機場に並んでいるのは、定常配備されている最新型のマルチロールファイター、F15EX「イーグルⅡ」。見た目は空自のF15Jと殆ど変わらないが、中身は最新の技術で大幅にアップデートされ、全くの別物と言っても過言ではない。数年前までは旧式のF15Cが運用されていたことを考えると、配備機数こそ四十八機から三十六機に減ったものの、その戦力は大幅に向上していた。
これに加えて、周辺諸国への牽制のため、不定期ではあるが米国本土からF22が暫定的に配備されてくる。
近年の米国は、海外に展開する部隊を縮小する傾向にあるが、こと、日本周辺においては今や最大の仮想敵国となった中国の太平洋進出を阻むべく、質の面で戦力向上が着実に図られていた。
夕陽は機体を降りると、敏生と一緒に、トラベルポッドを開けて、宿泊用の荷物を取り出す作業を始めた。トラベルポッドとは、戦闘機での部隊移動の際などに使用する荷物入れのこと。F15やF2などは爆弾のような形をしていて、翼のパイロンに吊り下げて運ぶのだが、F35はステルス機につき、レーダーに反応させないよう、外側には吊るさず、ミサイルを格納する機体の内側のスペースにセットできるようになっている。
ここ最近はオスプレイに運んでもらうことが多く、めったに使っていなかったので、悪戦苦闘して何とか取り出すと、
「トシ!」
と背後から声が掛かった。
「ヨシさん!」
敏生が目を見開くと、嬉しそうに声の主に駆け寄っていく。彼の様子から、その柔和な顔立ちの男がジャッカル・不破義広一等空尉であることはすぐに分かった。
「聞いてるぞ、海自でも大活躍みたいだな。俺はあっという間に追い抜かれたか、あはは」
豪快に笑いながらバンバンと彼の肩を叩く不破。
「そんな訳ないっすよ。ヨシさんは俺の永遠の師匠ですから」
「相変わらず愛い奴だな。そうだ、お前本当に結婚したんか? あの招待状、実はお前のいつもの悪戯じゃないかと、健也と話してたんだ」
「そんなわけないじゃないですか! 本物ですよ! おーい夕陽! こっち来てくれる?」
遠巻きに眺めていたところ、彼に呼ばれ、慌てて小走りに駆け寄る。
「紹介します。俺の最愛の妻の夕陽です。こちらは不破一等空尉殿だよ。俺の師匠」
夫の惚気混じりの紹介に耳が熱くなる。
「初めまして、門真夕陽三等海尉です。お噂はお伺いしています」
頭を下げると、不破が満面の笑みを浮かべ、大げさに両手を広げた。
「おおっ!? そういうことか! 初めまして。不破義広一等空尉です。って、あいつどこ行った? あ、おーい健也!! トシの嫁さんがいるぞ!! 本物本物!!」
ジェットエンジンの音に負けんばかりの大声で不破が叫ぶと、F15の下に潜って飛行前点検をしていた川越が掛け声に気づき、こちらに向かってきた。
不破の大声にパイロットや整備員たちの注目が集まってしまい、顔を真っ赤にして俯く。
「お久しぶりです! 川越三佐!」
群青のファルコンこと、川越健也三等空佐に最敬礼する敏生。彼の川越への接し方は、他の諸先輩たちへのそれとは明らかに異なり、畏敬の念が感じられる。
「久しぶりだな、トシ。立派になったな。今やお前が自衛隊最強のパイロットだ」
くしゃくしゃと頭を撫でられ、すごく嬉しそうにはにかむ彼が可愛い。
「そんな、川越三佐とヨシさんにはまだまだ敵いませんよ。あ、えっと、こちらが自分の最愛の妻の夕陽です」
またも急に振られ、慌ててしまう。
「あ、お噂はかねがね! 門真夕陽三等海尉と申します!」
青い瞳の、爽やかな超絶イケメン。この瞳に親友の紀美は恋をしたのだ。
「川越です、よろしく。君の活躍は良く耳にするよ。若手の最有望株だと」
「そっ、そんなこと無いです。あたしなんか、敏生についていくだけでも精一杯で」
川越に会えたら、紀美のことに軽く触れて、彼女を意識してもらおうと思っていたが、彼の醸し出すオーラに、言葉が出てこない。
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