雪の降る街で 第九章 「狂気」 ①
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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・出来事とは一切関係ございません。
第九章 「狂気」 ①
日曜日の夕暮れ、息子のサッカーの練習に付き合った帰り道。
繋ぐ手の温もりが心地よい季節の中、それは唐突な質問だった。
「パパは何で自衛官になったの?」
興味津々に自分を見上げるつぶらな瞳。
子供の質問というものはいつだって突拍子もないものだが、親としては適当に受け流すわけにもいかない。
「うーん、何て言ったらいいのかな?」
少し思案した後、握る手に力を加える。
「パパの手はあったかい?」
「うん? あったかいよ」
きょとんとした表情の愛息。
「パパも大樹の手、あったかいよ」
紅葉のような手から伝わる温もりは、それだけで日々の緊張感から解き放ってくれる。
「守りたかったんだ、パパは。このあったかさを」
「何それ。意味わかんないよ」
それはそうだろう。幼い我が子相手に回答を誤ったかと頭を掻く。
「大樹が大きくなったらきっと分かるよ」
「ふーん」
息子は手を離すと、抱えていたボールでリフティングを始めた。
その上手さに天才では? と思ってしまうのは親馬鹿故か。だから、息子の口から出た言葉は彼にとって意外だった。
「俺、大きくなったら自衛官になるんだ。パパみたいな」
驚いて立ち止まる。
「Jリーガーじゃなかったのかい?」
「だってかっこよかったんだもん。パラシュートで降りてくるパパ。あっ、ママだ!」
年始の降下訓練始めでのことを言っているのだろうか?
色々と聞きたかったが、大樹は母親の姿を認めると、ボールを抱えて駆け出した。そんな息子の様子に苦笑し後を追う。
「お帰りなさい」
微笑んで彼を迎えてくれる最愛の女性。
「ただいま。買い物? 持つよ」
「大丈夫よ、これくらい」
「いいから。今日の夕食は俺が作るよ」
すっと妻から買い物袋を引き取る。
「大丈夫、せっかくの休日なんだから賢治さんは休んでて。あたしがやりますから」
「平気だよ。いつも晴香に任せっきりにしてしまっているからね。こんな日くらいは」
「何言ってるの。妻として当たり前です」
「ありがとう、晴香」
そう言って妻の手を取ろうとしたが、彼の手は宙を切った。
「さようなら、賢治さん」
「ばいばい、パパ」
え……?
妻と息子が微笑みながら遠ざかっていく。
追いかけようとしても身体が動かない。
晴香! 大樹! 行くな――――――
ふと気がつくと、窓からは西日が差し込んでいた。どうやら微睡んでいたようだ。手を頬に当てると指先が濡れる。
また、あの頃の夢を……。
仲木戸はソファから起き上がると浴室に入り、勢いよく顔を洗った。
何かを振り切るかのように何度も何度も顔を擦る。やがて、ひと息つくと顔を上げ、鏡を見た。
これが修羅の顔……、なのだろうか?
何度も繰り返してきた自問自答。しばらくそのまま見つめていると、呼び鈴が鳴った。
「はい、開いてるよ」
タオルで顔を拭いながら浴室を出る。
「失礼します!」
入ってきたのは蒲田直哉一等陸尉。空挺団以来の優秀で信頼のおける部下の一人だった。
「どうした?」
「派遣部隊が一気に燕三条まで前進してきたようです」
「ほう?」
仲木戸が目を見開く。
「予想よりもかなり早かったね」
冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを二本取り出すと、一本を蒲田に手渡してソファに腰を下ろした。
「はい、まさかあの政府がこの段階で思い切って前進してくるとは思いませんでした」
その言葉にはあからさまに侮蔑の感情が込められていて、仲木戸は少し眉をひそめた。
「ここまで思い切った判断が出来る人間は限られているよ。あの面子だと永野官房長官か宇垣大臣、門真統幕長といったところだね。で、どんな様子だったのか聞いてる?」
「それが……市街に侵入してくる一時間程前に、地元警察から緊急通達があったそうです」
「緊急通達?」
「市民は屋内に待機し、絶対に外に出ないこと。耳栓をして、可能な限り窓ガラスは内側からガムテープを貼ること」
その報告内容に仲木戸はポカンと口を開けていたが、やがて声を出して笑い始めた。
「そうか。彼女らしいな」
ひとしきり笑うと、パンと膝を叩き、蒲田に視線を戻した。
「彼女?」
「気を引き締めろよ、蒲田一尉。我々の相手はかなり手強いぞ」
「と、いいますと?」
「疑心暗鬼の状況を逆手にとって市街地戦闘の練度を上げてきたのさ。長岡という実在の都市を使ってね。向こうは小編成での威力偵察を繰り返したんじゃないのかな? 戦車を前面に出して」
蒲田が驚いた様子で仲木戸を見る。
「良くご存じで。もっとも戦車砲は空砲だったようで、風圧で窓ガラスが割れた他は特に街への被害は無いそうです」
仲木戸は笑みを浮かべると、ペットボトルの水を一口含んだ。
かつて上官と部下、いや、束の間の恋人同士だったときに、彼女に研究しておくように指示した戦術。
藍、どうやら君を活かしてくれる良い上官と巡り合えたようだね。
「で、こっちの準備は完了した?」
「はい。抜かりはありません」
「そうか……。今ならまだ抜けられるぞ?」
「馬鹿なこと言わんで下さい。逆賊の誹りを受けようが、我々は地獄の底まで貴方についていくつもりです。この国の未来の為に」
少しの揺るぎもない強い眼差し。
「……分かった」
頷くと、蒲田は敬礼し部屋を出て行った。
〝大きくなったら自衛官になるんだ。パパみたいな〟
そういえば大樹が大切にしていたサッカーボールはどこに仕舞ったんだっけ?
もう、二度と帰ることも無いであろう船橋の自宅に想いを馳せる。妻が大切に手入れをしていた美しい庭は今頃、きっと荒れ放題であろう。
晴香、大樹……。俺は確実に地獄行きだ。お前達とはあの世で会えそうにないよ。
やがて立ち上がった彼の顔には修羅の相が浮かんでいた。
*
新潟を目前にして対策本部は方針を決めあぐねていた。次は確実に敵が陣取る街。本格的に鎮圧に乗り出せば無傷で済む訳はない。
グロズヌイ、ホムス、アレッポ。内戦で破壊された街の記憶。自国の街を戦火に晒すことへの葛藤が、決断を鈍らせている。
「米国から再三に渡り新潟空爆作戦の打診が来ています。ご判断を」
宇垣が決断を促すように伺いを立てるが、久峨は眉間に皺を寄せ、頭を抱えるだけだった。
燕三条までの前進は評価されたものの、それ以上の前進を渋る政府に、事態の早期収拾を図りたい米国が痺れを切らし始めている。
長期化すれば東アジアのミリタリーバランスは不安定化が進み、日本を橋頭保に築き上げてきた太平洋戦略が崩れ去るからだ。
「米軍は敵部隊への空爆に限定し、極力街への被害軽減に努めると」
「信じられるか、そんなもん!」
久峨は縋るように門真を見た。
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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
あとがき
今回は仲木戸メインの回でした。普段は強者かつ飄々としている彼の、部下には見せぬ裏の顔。
皆さんは何を感じられましたか?
そして米国から新潟空爆を迫られる久峨総理。
個人的に久峨は憎めないキャラクターです。
国のトップは一見、栄華を極めたようでいて、このような歴史を左右する決断を迫られる時というのは、とても孤独なんだろうな、と思いながら書いています。
まあ、望んで総理になっちゃった以上は、我々国民のために身を粉にして馬車馬のように働いてもらわねばなりませんが😂
コンプラNG用語連発すみません(๑˃̵ᴗ˂̵)
さて、次回は10月28日(火)に投稿予定です。
会議の続く市ヶ谷に危機が!? 引き続きお付き合いいただけますとありがたいです🙇♀️
