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内藤哲也を苦境から救いたい。

Buenas noches.

わたしは、特別に内藤哲也が好きというわけではありません。

しかし、彼のアンチというのは存在するのでしょうか?

プロレスファンに聞いてみてください。「内藤哲也のことが嫌いだ」と堂々と宣言できる人間が、はたしてどれだけいるか。棚橋弘至のアンチはいます。オカダ・カズチカに冷めている層もいます。でも内藤哲也を嫌いだと言い切れるプロレスファンを、わたしはまだ見たことがありません。

アンチがいない男——内藤哲也

なぜ内藤哲也にはアンチがいないのか。
それは、この男は誰にでも刺さるからです。

プロレスを見始めたばかりの初心者には、彼はわかりやすい。黒いスーツでゆっくり歩いてくる。スペイン語で何か叫ぶ。リングで寝そべる。会場が爆発する。理屈なんか要らない。「なんかこの人、すごい」で十分です。入場だけで客を掴める選手は、現代の日本プロレス界では片手で足りる。
あの地方興行でも巻き起こる、地鳴りのような「内藤コール」に衝撃を受けない初見はいません。

中級者になると、内藤の「試合運び」に気づく。のらりくらりとした焦らしの裏にある周到な心理戦。相手の見せ場をわざと作ってから、最後にデスティーノで叩き落とす。あの間の取り方は「会場マニア」を自称する男だけが構築できる空間設計です。客席のどの角度からどう見えるかまで計算しているレスラーが、いったい何人いるでしょうか。
あと、あの”人間ヨシヒコ”と形容される、”内藤にはなにやってもいい”と揶揄される、人間離れした受け身の技術に度肝を抜かれるのです。とくに飯伏幸太は「いくら酷いことしても壊れないオモチャ」と思っていた節があり、この2人の対戦は、まさに黄金カードでした。

そして上級者——つまり、コアでマニアックで批判的なプロレスファンにとって、内藤に文句をつけることができない存在なのです。
なぜなら、内藤ほどプロレスを愛している男はいないからです。新日本プロレスで、年間120~150試合をこなしつつ、それにも飽き足らず、空きシーズンには、メキシコのリングにも上がるという、コンディションがなにより心配される選手なのに、生き急ぐようにプロレスを求める姿は、もはや愛というより中毒です。
形に違いはあれど、プロレスを愛する事にかけては人後に落ちないと自負する、コアファンも「内藤ほどプロレスにすべてを捧げているか?」という点では内藤を否定できない。いや、否定することは許されないのです。

ここで少しだけ自己紹介をさせてください。わたしは中小企業診断士×フードコーディネーターという、やや変わった二刀流の経営コンサルタントです。独立2年目。その前は銀行で24年間、法人融資と事業再生をやっていました。
今回は、この内藤哲也という男の数奇なキャリアをたどり、自己プロデュースと顧客ニーズの合致という観点で、ブランド論を語ります。

さあ、始めましょう。彼はどうやって今の地位を確立したのでしょうか?

内藤哲也の履歴書——挫折なくして、制御不能なし

内藤哲也は1982年、東京都足立区に生まれています。父親の影響で5歳からプロレスを観戦し、しかも新日本プロレス以外には一切目もくれなかったという、生粋の「新日原理主義者」です。

1999年、17歳の内藤少年は後楽園ホールの北側A列——最前列です——で、ある若手選手のデビュー戦を目撃しました。棚橋弘至。この目撃体験が、後に超えるべき壁の出発点を観客席から見届けるという奇妙な因縁になるのですが、それはまた別の物語です。

アニマル浜口ジムに通い始めた内藤ですが、右膝靭帯断裂や肩の負傷で、入門テストを3年連続で受けることすらできなかった。ここで諦めていたら、この記事は存在しません。2005年にようやく入門テスト合格。2006年5月、デビュー。24歳でした。

デビュー後の内藤は「スターダスト☆ジーニアス」を名乗り、高い身体能力と華やかな飛び技で頭角を現します。会社側は彼を次期エースとして強力にプッシュした。夢を語り、全力で闘い、優等生然としたベビーフェイスを演じる。棚橋弘至の背中を追いかける「正統派の天才」。

問題は、ファンがそれを求めていなかったことです。

2013年、G1 CLIMAX初優勝。プロレスラーとしてのキャリアにおいて、これ以上ない勲章です。しかし会場を埋め尽くしたのは歓声ではなく、大ブーイングでした。優勝したのにブーイング。しかもそれは一部のヤジではなく、会場全体がこの男を拒絶していた。

そして2014年1月4日。東京ドーム。G1覇者として当然メインイベントに立つはずだった内藤のIWGPヘビー級王座戦は、ファン投票によって中邑真輔vs棚橋弘至のインターコンチネンタル戦にメインの座を奪われます。

ファンが、内藤をメインから降ろした。

この屈辱の重さは、想像を超えます。実績は十分だった。実力も疑いようがなかった。なのに市場は「NO」を突きつけた。ファンが拒絶したのは、内藤の実力ではありません。「会社に推されている優等生」というキャラクターだった。品質は高いのに、消費者のインサイトに刺さっていない商品——経営の世界ではこれを「プロダクト・マーケット・フィットの失敗」と呼びます。

まあ、もっと簡単に言えば”安易な棚橋の二番煎じ”が鼻についたのです。

しかし、ここから先が、逆転の内藤の真骨頂です。

こんな主観的なグラフを載せるのは抵抗があるが・・・

顧客に迎合せず、顧客を教育する——内藤が選んだ第三の道

2015年、失意の内藤はメキシコへ渡りました。CMLL遠征。本人が後に「これでダメならレスラー人生は終わりだと思っていた」と語った、覚悟の渡航です。

そこで彼は「ロス・インゴベルナブレス」——スペイン語で「制御不能な奴ら」——と出会います。観客の反応など気にも留めず、自分たちのペースで、自分たちが楽しいと思うプロレスをする。それにもかかわらず、いや、だからこそ、メキシコのファンは彼らに熱狂していた。

内藤はここで気づいたのです。ファンの顔色をうかがい、求められる自分を演じ続けるから苦しいのだ、と。

帰国後、彼は「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」——L・I・Jを結成します。EVIL、BUSHI。最初はたった3人でした。東北遠征帰りの新幹線の中でBUSHIに連絡し、上野駅近くの喫茶店で直談判したというエピソードが残っています。「一緒にやりたい。俺にとってはラストチャンスだと思ってる。無理だったら諦める」。BUSHIは最初、拒否気味だったといいます。でも内藤の覚悟に折れた。

ここからの変貌はすさまじかった。

入場曲が鳴っても、なかなか出てこない。出てきても走らない。ゆっくり歩く。リングに入るまで焦らしに焦らす。試合中も、観客が「ここで飛んでくれ!」と期待するタイミングであえて動かず、リングに寝そべってポーズを決める。

「トランキーロ、焦んなよ」。

帰国当初は、本隊の位置付けだったので、仲のいい本間 朋晃とタッグを組むことが多かったですが、毎試合、内藤がタッチしてくれないので、本間がロンリーファイトを強いられ、ボコボコにされるという試合が続いてました。あの時期の、お客さんや、実況席の困惑ぶりは、ちょっとこれからも再現不能でしょうね。

わたしがここで注目したいのは、内藤が取った選択肢の「位置」です。ブランディングの世界には、ざっくり言って三つの型があります。

ひとつめは「迎合型」。市場調査をして、顧客が求めているものを忠実に提供する。マーケットイン。スターダスト・ジーニアス時代の内藤がまさにこれでした。この型は顧客ニーズを充足させる品質が要求される。そして当時の内藤は顧客を満足させる品質ではなかった。つまり、棚橋にはなれなかった。

ふたつめは「自己主張型」。自分の作りたいものを作り、それを力ずくで市場に押し込む。プロダクトアウト。才能のある職人や芸術家に多いスタイルですが、市場との接点がなければただの自己満足で終わります。
実はこの型は、テンプレケースがいます。鈴木みのるです。彼は自分のスタイルを見せることに終始する。プロレスに戻ってきて以来、特に技も増えてませんし、やることも一緒です。よって、彼はフリーランスで自分を一番高く買ってくれる市場を求めて移動を繰り返すのです。これも一つの理想形です。

みっつめ——これが内藤が選んだ道——「概念先行型」。自分の哲学を先に提示して、ファンの側から近づいてこさせる

言わずと知れた内藤のキャラ変を可視化

2015年以前の内藤と、以降の内藤。態度、試合運び、タイトルへの執着、客席の反応。すべてが反転しています。しかし注目すべきは、「ファンに迎合した」のではなく「ファンが内藤に近づいてきた」という因果の方向です。

これは言葉で言うほど簡単なことではありません。

メインイベントから降ろされた男が、そのブーイングを浴びた客席に向かって「俺のペースに合わせろ」と宣言したわけです。普通なら総スカンを食らう。でも内藤は賭けに勝った。「概念」が先に着地して、ファンがそこに追いついてきた。

なぜ成功したのか。

それは「どん底での自己受容」があったからです。メキシコで内藤が手に入れたのは、新しい技やスタイルだけではなかった。「優等生の自分は嘘だった」という事実を受け入れる覚悟でした。

どん底での自己受容——期待への重圧からの解放と反骨心。 独自の言語・行動様式——スペイン語の活用とのらりくらりとした美学。 この二つが組み合わさったとき、「制御不能なカリスマ」というプロレス界最大のブランド現象が生まれた。

L・I・Jという経済圏——「引力」が生んだ集客とグッズ革命

ここからは、もう少し経営寄りの話をさせてください。

わたしの過去記事「削除覚悟!棚橋弘至の経営術」で、新日本プロレスの集客構造を「発信力」と「引力」の二重構造として分析しました。棚橋弘至はメディアに出まくり、テレビに出まくり、SNSで発信しまくることで新規ファンを「外から連れてくる」男でした。発信力の人です。

内藤は真逆でした。

メディア露出を制限し、「俺の話を聞きたければ会場に来い」というスタンスを貫いた。ファミレスに東京スポーツの記者を呼びつけて不満をぶちまけ、会計を押しつけて帰るという「ファミレス招集」が恒例になったのは有名な話ですが、あれすら計算された「引力」の演出です。わざと情報を絞ることで、会場に足を運ばなければ体験できない「希少性」を作った。

おそらく、世界唯一。新日ポジショニングマップ

このポジショニングマップを見てください。L・I・Jが占領しているのは、左上——「反体制×ベビーフェイス」という象限です。会社に反発しているのに、ファンからは圧倒的に愛されている。ヒールとして出発したのに、気づけば正義の側にいる。
後述するグッズ売上の関係もあり、抗争相手によってL・I・Jは立ち位置をコロコロ変えてます。そもそもコンセプトが”自分たちのしたい様にする”ですから、違和感なくポジションチェンジを行えるのです。
よって、ポジショニングマップ上では、アメーバみたいな形になり、とらえどころのないユニットと言えます。
その時期に旬のユニット相手に、理想的なポジションから抗争を仕掛けることが可能となり、絶えず新日マットの中心であり続けました。

これは経営戦略で言えばブルーオーシャン——誰も競合がいない市場空間の独占なのですが、ユニットごとブルーオーシャンに移動するのです。遊牧民族のように。

そしてこのブルーオーシャンが、とてつもない経済効果を生みました。

推計モデルなので根拠はない。すまぬ。

L・I・J結成の2015年以降、新日本プロレスの売上高は急激な右肩上がりを描いています。2017年から2019年にかけてのピーク期、内藤哲也は2年連続でプロレス大賞MVPを受賞し、4万1,988票の大規模人気投票でオカダ・カズチカを抑えて1位を獲得しています。

注目すべきは、同年のベストバウト(年間最高試合賞)がオカダvsケニー・オメガに与えられているという事実です。試合の技術的最高峰はオカダ。でも「最も数字を持っている男」は内藤だった。試合の質と経営のエンジンが分離している。この両輪構造こそが、当時の新日本プロレスの強さの正体でした。

そしてグッズ——これが革命的でした。

従来のプロレスグッズは「会場で着る記念品」でした。選手の顔写真がドーンと入ったTシャツ。派手なフォントの必殺技名。日常では着られない。しかしL・I・Jのグッズは、黒を基調としたストリートファッション寄りのデザインで統一されていた。「L・I・J」のロゴだけを見たら、一見プロレスのグッズとはわからない。だから普段使いできる。電車の中でも、カフェでも、誰にも気づかれずにプロレスファンであることを表明できる。
そして、純粋にデザインが優れていたことが人気を担保してました。
棚橋グッズなんてもうクソダサい朴訥なデザインで、ファンからすると、
前世にどんな罪を犯したら、こんなん買わないかんのや”と絶望します。いや、買うんですけどね。

ごめん棚橋。悪気はないんだ・・・

このアパレル化戦略が爆発しました。推計で新日本プロレスのグッズ売上は年間2億円台から12億円台へと跳ね上がり、その半分近くがL・I・J関連だったと言われています。

個人では①内藤➁ヒロム③棚橋と言われている。もう3人ともいないけど。
グッズ売上6倍

会場に来なければ参加できない「デ・ハポン!」大合唱が体験消費を生み、日常使いできるグッズが街中を歩く無料広告塔になる。過去記事「もう二度と読めない!プロレス市場論」でも触れましたが、この時期の新日本プロレスの動員回復は、L・I・Jという「集客装置」なしには語れません。

棚橋弘至が「外に発信する」男なら、内藤哲也は「内に引き込む」男だった。

哲也と一平とわたし

ここで一度、プロレスから離れさせてください。

わたしは中小企業診断士であると同時にフードコーディネーターです。飲食業界のコンサルティングを手がける人間として、内藤哲也の戦略は「プロレスだから成立した話」ではない、と断言します。

わかりやすくするために、カップ焼きそばで考えてみましょう。

ひとつめ——迎合型。
顧客ニーズを毎日チェック・分析し、「味が濃い」と言われれば薄くし、「麺が柔らかい」と言われれば硬くする。客の声に忠実に応え続ける。一見正しいように見えますが、こうして出来上がるのは「誰にとっても70点の、どこにでもある店」です。個性が削られ、リピーターが生まれない。スターダスト・ジーニアス時代の内藤と同じ構造です。
1976年に市場に登場して以来、具を変え、麺を変え、ソースを変え、顧客ニーズにアジャストすることのみに注進し、もはや、当初の面影を忘れてしまった、業界の定番「日清食品 日清焼そばU.F.O.」がまさにそれです。

ふたつめ——自己主張型。「俺の味がわからない客は来なくていい」と公言する頑固オヤジの店。ハードルが高すぎて、新規客が寄りつかない。しかし、顧客は原理主義化し、一部のハマった固定客によって、支えられ続ける。当然、味も変わらない。変わらないことが支持されているのだから。
そうです。ペヤングのことです。

みっつめ——概念先行型。すなわち内藤型。これが面白い。
まず、第一印象で、「えっ、これダメでしょ」と思わせる。
しかし、怖いもの見たさで食べてみると、「あぁ、そうだったのか。じつはUFOにもペヤングにも不満があったんだ。これが答えか!」とわかる。
本来、自分のニーズに外れたものを、新たに提案され自分でもわかってなかった潜在ニーズに気づかされる。いや、気づいたと錯覚させる。
これが、カップ焼きそばの定義そのものを書き替えた革新的カップ焼きそば「明星一平ちゃん」です。
あのマヨビーム!
今やスタンダードと言っていいぐらい普及しましたが、当時は懐疑的でした。考えてみればお好み焼きと同じ味の組み立てですから美味しいに決まっているのですが、その価値観を提供したのは明星です。
「焼きそばにはマヨネーズだ」という体験を自身の潜在ニーズと思わせることに成功したわけです。

つまり——顧客ニーズを満たしたのではなく、顧客ニーズそのものを作り替えたのです。

内藤哲也がプロレス界でやったのは、まさにこれでした。「客に媚びない」「マイペース」「会社と戦っている」「ベルトなんてくそくらえ」と、従来と違う価値を提供し、顧客も、それが正解で、あたかも自分たちは最初から分かっていたという顔をする。
こうして信者を量産していったのです。
さらに、外部環境も味方した。2016年当時、新日本プロレスの木谷オーナーの「オカダに2億円のプロモーションをかける」という発言があり、それに対して、文句を言っていたのが内藤だけだった。
そしてIWGP初戴冠の時のマイクパフォーマンスが伝説になる。

新日本プロレスワールドでご観戦の木谷オーナー。どうか2億円かけて、オカダをスターにしてやってください。俺に負けたオカダをあなたのお力で、スターにしてやってください。俺にはそういうの必要ないんで。

2016.4.10 IWGP選手権にて

プロレスは、会社が決めたストーリーによって、主役が決まる。選手はその配役に従ってストーリーを進行する。というある意味お約束があり、それは実際はファンも納得済みなのだが、今回はあからさますぎて反感を買っていたところ、内藤が新しい価値観「オーナー(体制)と戦う」という立ち位置を示したことで、ファンは、書き換えられたニーズの方が本当に自分が求めていたものだったと気づいてしまった。
本当は社畜と呼ばれるほど、会社に尽くしているのは内藤なのだが・・・

この「概念先行型」というブランディングは、飲食でもアパレルでもサービス業でも応用できる普遍的な戦略です。顧客に聞く前に、顧客が言語化できていない欲求を先回りして形にする。あるいは「これがあなたの潜在ニーズなのですよ」と啓蒙する。
この言わば、「顧客教育型ブランディング」は、非常に高度な戦略で、十分なリサーチと分析力が必要になりますが、なにも強みを持ってない企業でも集客可能という、破壊力のある戦略です。
とくに、廃業率の高い飲食店で試してほしいものです。

出典:LINEリサーチ

大谷翔平・マイケル・ジョーダン・武藤敬司——概念先行型だけが持つ強さ

内藤の戦略の特異性を際立たせるために、異分野のスターと比較してみます。

大谷翔平は「実力先行型」の極致です。二刀流という前代未聞の挑戦を、圧倒的な数字——ホームラン数、投球成績、年俸——で証明し続けることで、ファンも批評家も黙らせた。コンセプトが先にあったのではなく、結果がコンセプトを生んだ。すごいけれど、再現性がない。大谷の才能を持たない人間には、このモデルは使えない。

マイケル・ジョーダンは「実績×ブランド融合型」です。バスケットボールの最高峰に立ちながら、エアジョーダンというスニーカーブランドを確立し、スポーツ選手がファッションアイコンになるという革命的モデルを作った。本業以外にもグッズ販売で稼ぐというビジネスモデルの奔りであり、そういった意味では、内藤の先駆者と言えないこともありませんが、
引退後も、いまだに売れ続けており、偉大なるMJのブランドであることが最高のロイヤリティを生み出しているということで、やはり、常人には成しえないものです。

武藤敬司は「自己破壊と再生型」です。内藤が尊敬し、新日本プロレスで頂点を極めた武藤敬司は、「グレート・ムタ」というペイントレスラーに変貌する。光と闘の二面性を使い分けることで、飽きられることを防いだ。武藤敬司としても長髪だったり、スキンヘッドだったり、スペースロンリーウルフだったりで、多面的に顧客ニーズに応えています。
そうです。武藤は天才ゆえに、幅広くプロレスファンにアクセスして、すべてのプロレスファンのニーズを充足させる力量を持っていたのです。つまり、「ニーズ迎合型(焼きそばUFO型)」です。

では、内藤哲也は何か。

「概念先行型」です。

大谷のような圧倒的な実績が先にあったわけではない。ジョーダンのように勝ち続けたわけでもない。武藤のように複数の仮面を使い分けたわけでもない。内藤は、実績よりも先に「哲学」を叩きつけた。「トランキーロ」「制御不能」「デ・ハポン」という概念を先に市場に投げ込み、ファンがその概念に魅了されてから、後追いで実績がついてきた。

これは何を意味するか。

哲学は、誰にでも作れるということです。

大谷の身体能力は持てなくても、ジョーダンの戦績は出せなくても、「自分の概念」は誰にでも設計できる。
独立した個人事業主にとって——わたし自身を含めてですが——内藤型のブランディングが最も現実的で、最も再現可能なモデルなのです。
ただし、高度な戦略ゆえに、技術とノウハウが必要なので、専門家の協力が不可欠です。
つまり、

オファー待ってるぜ!

内藤哲也を苦境から救いたい

ここまで書いてきた内藤哲也の輝かしい軌跡を読んで、「じゃあ今も最高潮なんでしょう?」と思われた方もいるかもしれません。

違います。いま、内藤哲也は苦しい。

2025年5月、19年間在籍した新日本プロレスを退団。L・I・Jは名称権利の問題で解散扱いになりました。あの「デ・ハポン!」の大合唱は、少なくとも新日本のリングでは二度と聞けない。フリーランスとなった内藤はプロレスリング・ノアを中心に活動していますが、19年かけて築いた本拠地を失った43歳のレスラーが置かれている状況は、客観的に見て厳しいと言わざるを得ません。

膝は限界に近く、目の手術も複数回こなしている。「満身創痍」という言葉がこれほど似合う選手も珍しい。

しかし——ここが重要です——この構図に、わたしは既視感を覚えます。

2015年。メインイベントから降ろされ、ファンに拒絶され、八方塞がりの中でメキシコへ渡った男。あのときも内藤は「これでダメなら終わり」と思っていた。そして、そのどん底からすべてが始まった。

いまの内藤は、あのときと構造的に同じ場所にいるのではないでしょうか。

本拠地を失った。看板を奪われた。身体はボロボロ。でも「トランキーロ」という概念は、誰にも奪えない。概念は——これがこの記事で最も言いたかったことですが——劣化しないのです。肉体は衰える。戦績は積み上がったり崩れたりする。所属団体は変わる。しかし「焦んなよ」という哲学は、10年前と同じ純度で存在し続けている。

退団後、彼はBUSHIとともに「LOS TRANQUILOS de JAPON」を立ち上げました。入場テーマ曲を「El Comienzo(始まり)」に変えた。過去の栄光にすがるのではなく、43歳の身体で「ここからが始まりだ」と宣言する。

独立2年目のわたし自身が、この記事を書きながら何度も考えました。銀行を辞めて、看板も後ろ盾もない状態で経営コンサルタントを名乗り始めたとき、わたしにあったのは「元銀行員24年」という経歴だけでした。

あとづけで、中小企業診断士とフードコーディネーターをとりました。
特にこの資格取ってよかったと思ったことはないですが、

肩書きは概念です。概念は劣化しない。

内藤哲也がこれまで築き上げてきた、ブランド力は、失われるものではない。それは、流行り廃りではなく、自ら創造して、自ら顧客に植え付けたものだからです。

会社が倒産し、おそらく借入があったり、いろいろあるのだろうと思います。各メディアで様々な憶測記事が書かれ、詳細は分かりませんが、苦境にあるのは間違いない。

しかし模倣困難なブランドと、ロイヤリティの高い固定客を持っており、ここから逆転は決してむずかしくない。
当面、注意したいことは2点。

①金策のため、安い仕事を請けないこと。
「ロスインゴ」「STARDUST」の商標を取り返すこと。
③概念先行型ブランディング戦略を実行できる優秀なブレインを付けること

①は今、NOAHでやっていることが、ちょっと気になっています。

➁は、ちょっと棚橋社長。たのむよ!
以前の記事のとおり、私は棚橋社長の経営手腕を評価しているが、ここだけは不可解すぎる。

内藤が可哀そうじゃないか!

どうせ、「ロスインゴ」「STARDUST」も誰も使えないんだから、お蔵入りになるんだろう?
プロレス界全体のことを考えて、内藤に返してやってくれよ。
内藤は、プロレスより新日本プロレスを愛してるんだから。

いい加減、仲直りした内藤と棚橋が見たいんだ。
プロレスファンなら誰だってそうなんじゃないかな?

③については、いうまでもない。
その優秀なブレインには心当たりがある。

そうです。わたしです。

タイトルの通り、わたしが内藤哲也を苦境から救いたいのです。

つまり、

オファー待ってるぜ!

Gracias, amigo.

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穂波崇(ほなみ たかし) 中小企業診断士|フードコーディネーター|ホナミ経営サポートラボ
hona1041@gmail.com


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たか志帆 ナミ|元銀行員24年の中小企業診断士 執筆のコーヒー代に充てさせていただきます!