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もう二度と読めない!プロレス市場論

「グラップラー刃牙外伝 マウント斗羽vsアントニオ猪狩」という漫画をご存じだろうか。

ジャイアント馬場とアントニオ猪木が東京ドームの地下にある闘技場で、人知れず戦う、という物語だが、プロレスという競技の魅力をこれでもかと詰め込んだ本作は、人類の活字芸術の最高到達点と言っても過言ではない。
なんとプロレスはキレイで丁寧で真剣なんだ。

何の話をしているんだ?という方もいると思うが、
今回はプロレス業界を通して「地位別競争戦略」について考える。
しかし本題に入る前に、もう少し枕物語を綴る。かなり関係ない内容なので、次の章は読み飛ばしてくれても構わない。

真実に誠実か、ウソに誠実か。

プロレスは「やらせ」だという人がいる。
確かにプロレスに「ストーリー」はある。シリーズ興行は起承転結があり、概ね筋書き通りに進むものである。
しかし、それがどうした?
ちょっと、頭にいいパンチが入ったくらいで試合を止められる格闘技と比べ、プロレスでは膝十字靱帯断裂ぐらいでは試合を止めてくれない。
そんな甘い世界ではない。ストーリーが成立するまではリングを降りることは許されないのだ。
格闘技で世界最強を目指して努力するのは確かに素晴らしいよ。ただ、そんなことは当たり前だろ?
しかし、最強を目指すのと同じくらい危険なフェイクを遂行するために日々孤独なトレーニングに取組むプロレスラーが、私にはたまらなくかっこよく映るんだ。
心と体の強さを見せて我々に勇気をくれるプロレスラーの誠実さを、その孤独をだれが理解するだろう。
"Honesty" is such a lonely word?(誠実は何て孤独な言葉だろう?)

永久保存版 おそらく世界初の資料

コトラーの「地位別競争戦略」

ごめんなさい。ここから本題です。
今回検証する、競争地位別戦略は、アメリカの経営学者であるフィリップ・コトラー氏が提唱した競争戦略論である。マーケットシェアの観点から、企業を「リーダー」「チャレンジャー」「ニッチャー」「フォロワー」の4つ分類し、競争地位に応じた戦略を提示している。
この4つのポジションに応じた戦略を、プロレス市場を通して検証していきたい。
プロレス市場は、エンターテインメント業界のなかでも比較的ニッチな格闘技業界の、さらにニッチな領域に位置する。しかし、長い低迷期をサバイヴしていく間に、4者の棲み分けが鮮明になり、これはこれで安定した市場を形成するようになった。地位別競争戦略の絶好のモデルケースとして丁寧に見ていきたい。

なお、本稿では女子プロレス(スターダム等)は取り扱わない。女子プロレスの市場構造は「女子格」「アイドル」「キャットファイト」など多次元的に複数の市場と結びついており男子以上に複雑、というより解析不能である。いずれ独立した記事で扱いたいものではある。

我ながらよくできたポジショニングマップ

プロレス小史──ランカシャーから東京ドームへ

プロレスの起源はイギリスのランカシャー地方にある。関節技を主体とする「ランカシャー・スタイル」が19世紀にアメリカに渡り、「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」として興行化された。ここまでは純粋な格闘技である。

ところが、ガチンコの試合というのは観客にとって地味で退屈になりがちだった。寝技の攻防が延々と続く試合に金を払う物好きは限られている。
それに連戦が利かない・怪我のリスクなどを回避し、興行として成り立たせるため、善玉と悪役を設定し、ドラマ性を持たせたエンタテイメントに昇華していった。
この進化の過程で、アメリカでは選手のキャラクターを前面に押し出す「エンターテインメント」へ舵を切り、一方、日本ではその生真面目な国民性ゆえか、アントニオ猪木が提唱した、技術の追求と世代闘争を軸にした「ストロングスタイル」へと、それぞれ異なる進化を遂げた。
力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木、そしてタイガーマスク。日本のプロレスはスター個人のカリスマ性に依存しながら地上波テレビの黄金時代に国民的な人気を獲得したが、2000年代の総合格闘技のリアル路線によって「冬の時代」に突入する。
業界最大手の新日本プロレスでさえ、資金ショートの噂が付きまとい、ジャンルとしての消滅すら危ぶまれた。

そんな苦難の時代、棚橋弘至はアントニオ猪木の肖像画を道場から外し、「昭和のプロレス」を否定した。
誠実で一生懸命なプロモーションを草の根レベルで積み上げて、ギリギリを生き抜き、転機は2012年。カードゲーム会社ブシロードが新日本プロレスを買収。ここからV字回復が始まる。プロレスは「時代遅れの興行」から「戦略的IPビジネス」へと再定義された。さらに2018年、ブランド構築に定評のあるハロルド・ジョージ・メイ氏を社長兼CEOに招聘し、一時はチケット入手が困難になるほど隆盛を見せるに至った。

この歴史の中で、日本には100を超えるプロレス団体が乱立した。理想のプロレス像をめぐる分派、師弟関係の軋轢、世代交代の摩擦。あらゆる人間ドラマが団体の離合集散を生み、結果として極めて細分化された市場構造が出来上がった。

国内プロレス市場の現在地──数字が語る回復と構造変化

出典:プロレス統計

国内プロレスの総動員数は、コロナ前の2019年に114万人(大会数2,313)を記録した。2020年にはコロナ禍で43万人(1,601大会)まで激減したが、そこから着実に回復し、2024年には91万人(2,870大会)まで戻ってきた。

しかしながら、大会数は2,870とコロナ前の2,313を大幅に上回っているのに対し、動員は91万人と2019年の114万人にまだ届いていない。つまり大会は増えたが、1大会あたりの動員は減少している。これは業界全体の構造的な課題だ。

出典:プロレス統計

団体別のシェアを見ると、構図はさらに鮮明になる。2024年の国内年間総動員ランキングで、新日本プロレス(NJPW)が249,502人で首位。シェア27%。以下、DragonGateが93,589人(10%)、スターダム79,505人(8%)、NOAH 64,312人(7%)、全日本プロレス63,551人(6%)、DDT 55,499人(6%)と続く。なんとDragonGateが2位!

注目すべきは、新日本のシェアが2018年の34%から2024年の27%へと漸減していることだ。絶対的な首位は揺るがないが、支配力は確実に薄まっている。一方、NOAHは2020年の7位(シェア2%)から2024年には4位(7%)へ浮上。DragonGateは一貫して2位圏(9〜10%)を維持している。上位の顔ぶれは固定化しつつ、中位団体の浮上が見られる──成熟市場の典型的な動きである。

この市場構造を、マーケティング理論で切り分けてみよう。

4つのポジション

フィリップ・コトラーが提唱した競争地位別戦略とは、市場における企業のポジションを4つに分類し、それぞれの立場に応じた最適な戦い方を定義するフレームワークである。

出典:魂の自作

リーダーは、市場シェアトップの企業。経営資源の質・量ともに最大で、「市場全体の拡大」と「シェアの防衛」が基本戦略になる。業界の標準を作り、新規顧客を開拓し、パイそのものを大きくする責務を負う。

チャレンジャーは、業界2番手・3番手。リーダーに挑戦する資源を持つが、正面衝突では勝てない。リーダーとの差別化、リーダーの弱点への攻撃が基本戦略。

ニッチャーは、経営資源は限定的だが、特定の専門領域で独自の地位を築く。ランチェスター戦略でいう「局地戦・一点集中」。大手が手を出せない、あるいは手を出す旨味がない領域を独占する。

フォロワーは、市場シェア上位ではないが、リーダーを過度に刺激せず安定収益を確保する、リーダーの模倣戦略が主体である。単なる「真似」ではなく、意図的な非対立戦略を取る点が本質。

プロレス業界にこの4つのポジションを当てはめると、驚くほどきれいに配置が決まる。

リーダー:新日本プロレス──知的財産と「同化」の論理

国内のプロレス業界でマーケットリーダーは、新日本プロレスである。異論はないだろう。

2024年の年間動員数は249,502人で国内首位。シェア27%。2024年6月期の単体売上高は50億17百万円、経常利益4億47百万円。親会社ブシロードの社内格付けでは、年商40億円以上の収益を生む強力な知的財産、すなわち「AランクIP」として位置づけられている。自社動画配信プラットフォーム「NJPW WORLD」の会員数は過去最大で11万6,000人に到達した実績があり、BS朝日「ワールドプロレスリング」によるテレビでの露出も健在だ。

新日本のリーダー戦略は教科書通りである。ブシロード傘下に入って以降、交通広告やカードゲームとのコラボ、バラエティ番組への露出を通じて、従来のコアファン以外──子供、女性、ライト層──への市場拡大を図った。「WRESTLE KINGDOM」や「G1 CLIMAX」といったビッグマッチを頂点に全国ツアーでドミナント的な地域展開を行い、海外ではシンガポール、台湾、アメリカへと進出している。

新日本の強みの核心は、人的資源の圧倒的な質ブランド力にある。棚橋弘至(2026年引退)、オカダ・カズチカ(現WWE所属)、内藤哲也(2025年退団)。日本のプロレス界を代表するスター選手を輩出し続けてきた。
元関脇の力道山の時代から続く、相撲部屋の稽古をルーツとした「道場システム」はクラシカルな育成方法である。しかしながら、余力のあるリーダーだからこそ許されるこの長期人材育成は、技術的に他団体を凌駕する従業員(選手)を生み出している。

そして、リーダーならではの戦略がもう一つある。「同質化戦略」である。

他団体が成功させた斬新な演出や興行形態を、新日本は圧倒的な物量と演出力で自社に取り込む。チャレンジャーやニッチャーが差別化のために生み出した武器を、リーダーが「うちもやります」と言った瞬間、差別化の効力は消滅する。これはリーダーが取るべき合理的な防衛戦略であり、同じサービスをするなら、資金力のあるリーダーのサービスの方が高品質になるのは自明の理だ。
コロナ期の低迷時に、他団体との合同興行を積極的に行い、ノウハウを吸収した。今や新日本はデスマッチですらやるのだ。

ただし、死角がないわけではない。G1 CLIMAXの平均動員は2023年の2,804人から2025年には2,267人へ低下。看板シリーズの落ち込みが数字に表れ始めている。シェアも34%から27%へ漸減した。経常利益率は約8.9%で、収益力は今一つ。興行収入への依存度が高く、後述するWWEのようなメディア権利収入の比重を高められていないことが構造的な課題だ。
また、デビューまでに徹底的に鍛える「道場システム」はどうしてもデビューが遅くなるため、全体的に選手が高齢化する。興行的にも、ブランド力の確立されたベテラン選手に頼らざるを得ない事情もある。新日本と言えど、出し惜しみしていては興行を成功させることは難しいのだ。
冒頭にあげた棚橋・オカダ・内藤の3人が既にいないことにお気づきだろうか?選手という資産の金属疲労が最も大きな課題である。
プロレス業界は労働集約型産業である。加齢によるマンパワーの衰えを食い止めるには、若手の育成しかないのは経営の常識だが、リーダーゆえの組織の硬直化がそれを阻害している。

チャレンジャー:DRAGON GATE──過剰なサービス

チャレンジャーのポジションはDRAGON GATEである。

年間動員数93,589人、シェア10%。2018年から2024年まで一貫して2位圏を維持し続けている。実はこの団体は、動員数で見れば業界の万年2位なのだ。年間主要50大会以上を生中継する自社配信「DRAGONGATE NETWORK」(月額1,650円)を擁し、神戸ワールド記念ホールでの年中行事では4,795人の超満員を記録する実力がある。年間イベント数は165で主要団体中最多クラスだ。

DRAGON GATEの戦略的本質は、リーダーと違う選手を採用し、違う戦略を市場に訴求しているところ。ニッチャー寄りのチャレンジャーで、特筆すべき点は、チャレンジャーのくせに、リーダーを追い越す気がないところだ。

新日本プロレスの入門テストには、かつて「身長180cm以上」という基準があった。「強くなければプロレスラーではない」という理念によるものである。DRAGON GATEの創設者ウルティモ・ドラゴンは170cmしかなく新日本プロレス入門試験に落ちた経緯もあり、身長制限を設けず、体格に恵まれなかった──本来ならプロレスラーになれなかった──人間に門戸を開いた。そして「細マッチョ・日焼け・イケメン」という、従来のプロレスラー像とはまったく異なるビジュアル戦略を打ち出した。
かつての新日本が男性客を呼び込む寡黙な「漢の闘い」を売りにしてたのとは違い、ドラゲーは、軽薄なマイクパフォーマンスとイケメンで女性ファンというブルーオーシャンの開拓だった。リーダーの土俵(伝統的な強さ)で戦うことを避け、違う客層、違う試合展開、違うテンポで独自のセグメントを築いた。新日本が重厚長大なストーリーラインを長期にわたって展開するのに対し、DRAGON GATEは展開の速いストーリーと目まぐるしいユニット抗争で、まさに逆方向を走った。ランチェスター戦略でいう「武器の差別化」と「局地戦の勝利」である。

ドラゲーの人材育成は、「闘龍門」というレスリングのアカデミーを開設し、メキシコのルチャ流のレスリングを学んだ新人をメキシコや日本でデビューさせるという方式だ。
ドラゲーの創始者、ウルティモ・ドラゴンは日本とメキシコの友好にも尽力している偉人だが、彼の人脈があってこのシステムは成立している。
また、ドラゲーにはマイクパフォーマンスのコーチもいる。追い求めているのは強さだけではないのだ。

ドラゲーの全国の小さな体育館を回り、平均動員は562人。年間165大会という多頻度興行は、選手の稼働負担を押し上げる。労働集約型産業である以上、最もこわいのは従業員(選手)のケガとモチベーションの低下である。労働環境の改善こそが、最も大きな課題と言える。

部門間対立の問題もある。ドラゲーはストーリーの展開が早く、敵と味方がコロコロ入れ替わるため、本当の感情が混じることがある。
プロレスを知らない人は、何のことかわからないと思うが、分かりやすくいうと、リング上の対立をプライベートまで持ち込んでしまうのだ。
よって、善玉、悪玉というペルソナ的なものではなく、本気の対立が生まれ、結果として団体の分裂を招いたこともある。
組織論的に考えれば、リーダーからの意思伝達や、ボトムのグループ会議などでコミュニケーション向上という解決策が教科書通りだが、典型的なフラット型組織であり、誰をリーダーと仰ぐかで、また新たな火種になり結局空中分解してしまった。組織の瓦解はモチベーションの低下を招き、人材流出につながった。多くは新日本にも流出し、新日本が「饒舌でイケメン」にモデルチェンジする遠因になっている。

分裂や離脱などで、人の入れ替わりが激しく、人員不足のため未熟な新人をデビューさせざるを得ない事、また、体の小さい選手が多い事と、とび技などリスクの高い技を出すため、ケガ人が多いのも課題の一つと言える。

しかし、わたしが一番観戦しているのはドラゲーである。その理由は過剰なサービスにある。
とある選手の限定Tシャツを買おうと並んでいたところ、ちょうど目の前で売り切れてしまった。売店で売っていたのは、なんと選手本人(ドラゲーでは当たり前!)。立ち尽くす私を気の毒に思ったのか、その選手は、おもむろに、自分が着ていたTシャツを脱ぎだし、それを売ってくれた。すごすぎるだろ!DragonGate!!
今までプロレス観戦して一番楽しかったのは、小さな体育館でやった”伊賀大会”である。ドラゲーは地方興行でも手は抜かない。
ちなみに、私の目覚ましはドラゲーのテーマ曲「DRAGON STORM2007」である。

果て無き”夢追い人”は明日への道を行くだけ♪

ニッチャー①:大日本プロレス・FREEDOMS──デスマッチという聖域

大日本プロレスとFREEDOMSは「デスマッチ」という極めて尖った領域に特化した団体である。蛍光灯、有刺鉄線、画鋲、竹串。通常のプロレスでは考えられない凶器が飛び交う世界で、彼らは独自の熱狂的コミュニティを形成している。万人受けなど最初から狙っていない。狙う気もない。

大日本プロレスの2024年の動員は25,377人(シェア2%)。後楽園ホールでの興行は300人から600人規模が中心だが、このファンたちのロイヤルティは異常に高い。自社配信「BJW CORE」は月額888円という破格の設定で、コアファンとの直接課金モデルを築いている。

ニッチャーの資格は明快である。リーダーが絶対に手を出せない領域である事である。新日本では興行を安定して回すためにも、ケガのリスクの高いデスマッチを恒常的に開催できない。だからこそ、この領域はニッチャーの独占が許される。特定の熱狂的セグメントで強い地位を確立し、コアファンのLTV(顧客生涯価値)を最大化する。
私が以前観戦したときは、凶器にホチキスを使っていた。独創的!
頭にカミソリがぶっ刺さったのを見て、実況席が「アイスラッガーみたいだwww」とゲラゲラ笑ってるのを見て、何かが壊れていると思ったものである。
最近は、新日もエル・デスペラードという逸材を得て、定期的にデスマッチ興行をやっている。デスペ最高。

ニッチャー②:DDTプロレスリング──高木三四郎の経営術

DDTプロレスリングは、ニッチャーのなかでも極めて異質な存在だ。2024年の動員は55,499人(シェア6%)。両国国技館での年に一度のビッグマッチでは4,131人の超満員を記録する力を持ちながら、日常の興行は小規模会場で独自の世界観を追求している。

DDTを語るには、社長・高木三四郎という人間を語らなければならない。

高木氏の経営哲学の根幹は、「大手と同じことをやっても勝てない」という一点に集約される。新日本プロレスをはじめとする老舗団体が「体育会系」のマッチョさをウリにするなか、DDTは「文化系プロレス」を名乗った。路上プロレス、パワーポイントを使ったプレゼンプロレス、人形(ヨシヒコ)との対戦。真面目にふざける。ふざけながら本気で闘う。従来のプロレスファンとはまったく異なるサブカル層と女性ファンを取り込み、年商500万円の弱小団体を国内有数の規模にまで成長させた。

2017年、高木氏はサイバーエージェントへのM&Aを決断する。旗揚げから20年、両国国技館やさいたまスーパーアリーナで興行ができるまでに成長したが、これ以上の成長スピードを上げるには自社の力だけでは限界がある。ブシロード傘下で急成長する新日本を傍目に見ながら、「このままのペースでいいのだろうか」という焦りがあったという。

M&A仲介会社に出した条件が秀逸だった。「相手先の経営者は、必ずしもプロレスが好きな方でなくて結構です」。プロレス好きなオーナーに買収されると、「好きなプロレスの方向性の違い」で軋轢が生まれ、団体が分裂するリスクがある。プロレスファンではなく「プロレスがビジネスになる」と判断してくれる相手を求めた。このドライさが、経営者としての高木三四郎の真骨頂である。

買収額よりも優先したのは、「一般知名度が高い企業」であること。老舗の新日本や全日本に比べてDDTはブランド力が弱い。誰もが知る企業のグループに入ることがDDTの「一般化」に不可欠だと判断した。加えて、高木氏は内心「メディアを持っている企業」がベストだと考えていた。若年層に強いAbemaTVとネットビジネスに長けたサイバーエージェントは、まさに最適な相手だった。

サイバーエージェントの藤田晋社長とのトップ面談では、DDTの特長を言葉で説明するのではなく、スマートフォンで「路上プロレス」の動画を直接見せてプレゼンした。藤田社長が「すごく面白い」と反応した瞬間、間髪入れずに「サイバーエージェントさんとのシナジーで、団体を大きくしたいです」と直談判。2017年7月に仲介を依頼してから8月末には最終契約──企業買収としては異例の約1か月でのスピード決着だった。

自社を手放す寂しさを問われた高木氏は「寂しさは一切ありません。自分達の力だけでは限界が出てくる。今後への期待しかない」と即答している。自らのエゴや執着を捨て、組織と事業の最大化のために最善の手を打てる中小企業の経営者。この人は天才だ。

「昔のプロレス団体がつぶれる理由のほとんどは税金関係だった」という高木氏の分析も見逃せない。きちんと税金を払うという当たり前のことを徹底する一方で、JR東海の「新幹線貸切車両パッケージ」のニュースを見るやいなや「新幹線プロレス」の企画を立ち上げ、交渉をまとめ上げる。堅実さと突破力の両立。ベンチャー型の中小企業経営者として、これ以上のロールモデルはそうそういない。やっぱりこの人は天才だ。

育成能力も高い。特徴的な育成システムではなく、人を見て相対的に育成する。自主性を尊重するのだ。ケニー・オメガ、飯伏幸太、KONOSUKE TAKESHITAといった、ワールドワイドなスター選手を育成している。
人事面にも長けているのか。この天才は。

2012年の両国での15周年興行のセミファイナルは、「男色ディーノvs透明人間」であった。透明人間である。セミファイナルは男色ディーノが、はっきり言って一人でやるのだ。シュールである。
しかし、この透明人間の正体が”立ち上げた時、誰にも見向きもされず、透明人間のように扱われたDDTの化身”であることが、だんだん明らかになり、感動的な一戦となった。
ちなみに男色ディーノは知らない人に説明するなら”新日でいうところの棚橋弘至”と思ってくれてよい。我ながら秀逸な説明だ。

フォロワー:プロレスリングNOAH──方舟は新天地を見つけたか

2024年の動員は64,312人(シェア7%)。2020年の7位(シェア2%)から4位へと浮上した。サイバーエージェント傘下のCyberFight(DDTと同じ運営会社)に属し、ABEMAとの放送連動を強みにしている。フォロワーは経営資源が乏しいことが多いのだが、NOAHは比較的資金力がある。現実問題として新日本にとって代わる可能性がある唯一の存在なのだ。
2025年元日の日本武道館大会では5,088人を動員し、5月の両国国技館でも4,521人。ビッグマッチの集客力は着実に伸びている。

NOAHの戦略を一言で表すなら、「新日本プロレスの成功体験をなぞる」である。

重厚な試合展開、技術力を前面に押し出したストロングスタイル寄りの路線、大会場でのビッグマッチを頂点とする年間ストーリー構成。似たような選手像、似たようなストーリーライン。リーダーの模倣と言ってしまえば身も蓋もないが、フォロワー戦略の本質はまさにここにある。リーダーの成功モデルを踏襲しつつ、ターゲットを微妙にずらす。NOAHの場合、そのずらし方は「若年層寄り」だ。

2021年から2022年にかけて、ブランドコンサルティング会社バニスターと組み、40〜50代に偏っていたファン層を若年層にシフトさせるリブランディングを行った。カスタマージャーニーマップを駆使してターゲットを再定義し、「レスラーの生き様に自分を重ね、明日への糧にする」という体験価値を核に据えた。ブランドコンセプト「Stream Trek」、タグライン「Gong your soul」。方舟が新天地を求めて航海する物語と、観客の魂にゴングを鳴らす存在であるという定義。

リブランディング自体は戦略的に正しい。しかし、年間平均動員は738人で、リーダーの1,813人とは倍以上の差がある。運営会社CyberFightの2025年9月期は最終損失1,400万円と報じられている。経営基盤はまだ脆弱だ。
サイバーエージェントが資金力を活かして投資してくれているうちに、採算のとれるコンテンツになることが望まれる。フォロワーは、結構安泰なポジションなのだが、NOAHに限っては長期計画を遂行しつつ、期ごとの短期の目標も達成し続け、ステークスホルダーの信頼にこたえるという、けっこう重たいタスクを背負っている。

ちなみに、私が歴代で最も好きなレスラーが、NOAHの創始者”三沢光晴”である。リング禍で亡くなった。受け身の天才の突然の死に、プロレスの危険さを思い知った。命を懸けて「作ったストーリー」をやっているのだ。
称賛されなくても嘲笑されてもやるのだ。尊敬する。

海外市場の脅威──桁が違う世界、地位が違う世界

出典:魂の自作

国内市場は、新日をリーダーにパワーバランスが取れて、小規模ながら安定した市場であるが、国内だけならの話である。強力な海外市場の存在が、国内プロレス市場を危機的な状態に陥らせている。

世界のプロレスリング市場規模は、2024年時点で約49億7,000万米ドル(約7,500億円)。2029年には約69億1,000万米ドルに拡大する見込みで、年平均成長率は7.1%。成長を牽引しているのは、放映権・ストリーミング配信権の価値高騰と、デジタルマーケティングによるファンベースの拡大だ。

この世界市場の頂点に君臨するのが、WWE(World Wrestling Entertainment)。グループ親会社TKO Group Holdingsの2025年売上高は17億94百万米ドル(約2,700億円)。収益構造が国内団体とは根本的に違う。メディア権利・配信権が全体の約58.5%を占め、ライブイベントは約24.1%。会場に客を入れなくても、収益の半分以上が入ってくる構造だ。

2025年1月、WWEの主力番組「RAW」がNetflixで配信を開始した。初年度の総視聴時間は5億2,500万時間。年間52週のうち47週でNetflixのグローバル英語TV部門トップ10にランクインした。プロレスが「年間を通じて途切れなく物語を提供できる唯一のライブコンテンツ」であることが、プラットフォームにとって圧倒的な価値を持つことが証明された。

国内最大手の新日本プロレスの売上が約50億円。WWEが約2,700億円。54倍の差である。桁が違う。2桁も。

しかし、この話の本質は売上の差だけではない。

WWE所属レスラーの社会的地位は、日本のプロレスファンの想像をはるかに超えている。アメリカでは、メジャーリーグのトップクラスの選手が試合前に練習していても、観客席にWWE所属レスラーが来ていると聞けば、練習そっちのけでこぞって会いに行き、写真撮影をお願いするという。大統領選挙の際には、候補者の応援演説にWWEレスラーへの依頼が殺到する。WWEのトップクラスが応援する候補者への投票数は目に見えて伸びるそうだから、民衆に対する影響力と社会的信用度は桁外れだ。
アメリカでは「ベースボール」「アメフト」「バスケ」「アイスホッケー」に次ぐ、コンテンツである。つまり、社会的地位そのものが高い。場合によってはハリウッド・セレブのように政治的な力まで持つ存在なのだ。

サラリーも桁が違う。公開されてないものの、日本では一流どころの人気選手の年棒が1000万円と言われている。対して、WWEに昇格した選手の最低保証の年俸は25万ドル(2023.11.26現在のレート(1ドル=約149円)で計算した場合、約3700万円)である。ペーペーの最低保証賃金がである。

この「給与」と「地位」の二重のギャップが、人材流出の構造的な原因である。国内で何年もかけて育成した看板選手が、WWEやAEWから桁違いの年俸と、セレブリティとしてのステータスを提示されて海外に渡る。中邑真輔、KONOSUKE TAKESHITA、オカダ・カズチカ。日本のプロレス界が磨き上げたスター選手が、次々とアメリカに流出した。

インディー団体の選手にとっても事情は同じだ。給与だけでなく、WWE所属という「肩書き」そのものが夢であり、目標になっている。この構造は、日本のプロレス界にとって看板選手の喪失→集客力低下→収益減→育成原資の減少→さらなる流出、という負のスパイラルを生み出す。労働集約産業でありながら、労働力が海外に吸い上げられ続ける。 これがプロレス市場の最大の構造問題である。

ここまで、差があると、もうお手上げである。新日本プロレスの対策でも、つなぎとめる手段は、企業への忠誠心しかない状況である。
当たり前のことであるが、同等のサラリーを出すこともできなければ、社会的にも「リアルファイトじゃない」「やらせ」「台本がなきゃできない」などと揶揄する意見が多い。真正の格闘家より低く見られがちである。

今後の見通し──国内市場と海外市場

国内プロレス業界の未来を見通すには、二つの戦線を分けて考える必要がある。

国内エンターテインメント市場における可処分時間の争奪

プロレスの競合は、プロレスだけではない。
消費者の可処分時間と可処分所得には上限がある。この有限のパイを、格闘技、プロスポーツ、音楽ライブ、映画、ゲーム、そしてNetflix・Amazon Prime Video・YouTubeに至る膨大なデジタルコンテンツ群が奪い合っている。プロレス業界が本当に戦っている相手は、隣のリングに立つ団体ではなく、スマートフォンの向こう側にある無限のコンテンツだ。

永久保存版 本が1冊書けるレーダーチャート

ここで、プロレスという産業の特性を冷静に見る必要がある。プロレスのライブ興行は「特定の日時に、特定の場所へ、物理的に足を運ぶ」ことを前提とする。これはコンサートやスポーツ観戦と同じ「体験消費」であり、映画やゲームのような「いつでもどこでも消費できるコンテンツ」とは本質的に異なる。体験消費の競合相手は、同じく物理的な移動を要求する他のライブエンターテインメント──Jリーグ、プロ野球、音楽フェス、2.5次元舞台、eスポーツのオフラインイベント──である。

特に注視すべきは、日本の「推し活」経済との競合だ。矢野経済研究所の推計では、日本のオタク市場(アイドル、アニメ、マンガ、声優等を含む)は年間7,000億円規模に達している。プロレスのコアファンは推計55万人、年間平均消費額は約23,000円。市場規模に換算すると約130億円程度であり、アイドル市場やアニメ市場の数十分の一に過ぎない。同じ「推し」の構造を持ちながら、パイの大きさがまるで違う。

さらに厄介なのは、消費者のサブスクリプション加入数には物理的な上限があることだ。NJPW WORLD、WRESTLE UNIVERSE、DRAGONGATE NETWORK、BJW CORE。各団体が自前のサブスクリプションを主力のビジネスモデルに据えているが、月額1,000円〜1,600円のサービスを消費者がいくつ同時に契約するか。Netflix、Spotify、Amazon Prime、Disney+、DAZN──すでに月額課金の「棚」は埋まりつつある。コンテンツを選択する人数はその市場の人数であるため、サブスクに関しては狭いプロレス市場でシェアの奪い合いを強いられている。

ブシロードの2025年6月期決算がこの構造を端的に示している。スポーツ事業(新日本プロレスおよびスターダム)の売上高は63億24百万円(前期比3.9%減)、営業利益は1億73百万円(同60.8%減)。コロナ禍からの反動増が一巡し、踊り場に差しかかった。これはプロレス固有の問題というより、体験消費型エンターテインメント全体が直面している「リバウンド後の巡航速度への着地」という共通課題だ。

この戦線で生き残る鍵は、メガプラットフォーマーとの連携である。ABEMAとの連携による「ABEMA de レッスルユニバース」は、その方向性を示している。自前のプラットフォームでコアファンを囲い込みつつ、メガプラットフォーマーの集客力を利用してライト層への入り口を確保する。自社配信で「深さ」を、メガプラットフォーマーで「広さ」を。この二層構造の設計精度が、国内戦線の勝敗を分ける。
理論上はそうなのだが、現在それを実践しているNOAHは苦戦している。結局は、他のエンタメコンテンツより魅力的なトピックを生み出すことが必要なのだ。

海外の同業(WWE・AEW)との競合

こちらはさらに深刻だ。前述した通り、給与と社会的地位の二重ギャップによる人材流出は、業界全体の共通課題だ。リーダーもチャレンジャーもニッチャーも等しく晒されている。
WWEの売上は新日本の54倍。しかも収益の58.5%がメディア権利収入であり、興行に依存しないビジネスモデルが確立されている。

ただし、ここで一つ重要な認識がある。国内プロレス業界がWWEを模倣する必要はまったくない。WWEのビジネスモデルは、桁違いの資本と英語圏という巨大市場があって初めて成立する。資本力で劣る国内団体が同じ土俵に立とうとすれば、それはフォロワーの罠に嵌ることを意味する。

日本のプロレスならではの強みを、デジタル配信で海外のニッチなファンに直接リーチする。
では、日本のプロレスの強みは何か?
日本よりはるかに多い、海外のプロレスファンから人気が高い選手は、鈴木みのる、石井智宏、柴田勝頼 である。彼らには非常にわかりやすい共通項がある。「ゴツゴツしたファイトスタイル」「気持ちの強さ」「ハズレの試合がない」「言葉より行動」・・・彼らが海外でうけている事実は大きなヒントになる。1周回って、アントニオ猪木の提唱した「ストロングスタイル」が令和に時代になって復権してきているのかもしれない。
こんなペルソナを持った選手を育成し、サブスクリプションという器で世界に届ける。
または、海外に流出するにしても、高額な移籍金を掛けて、サッカーのJリーグのように、選手を育成して海外に売るビジネスモデルを構築する。
今のように、ただ札束で強奪されるわけでなく、販路として整備し、良好な関係を築ければ、国内のファンもサブスクで移籍した選手を引き続き見ることができ、ブランド力の毀損を最小限に抑えることができる。

結語

コトラーの競争地位別戦略というフレームワークを通して見ると、プロレス業界の棲み分けは驚くほど理論に忠実だった。
新日本プロレスがリーダーとして市場を牽引し、同化戦略で他団体の差別化を無効化する。
DRAGON GATEがチャレンジャーとしてリーダーと異なる戦略で、業界に深みを持たせている。
大日本プロレスとDDTが、まったく異なる方法論でニッチに生息している。NOAHがフォロワーとしてリーダーの成功モデルを踏襲しながら、静かに浮上の機を窺う。

そしてその国内均衡の外側には、54倍の売上を持つ怪物市場が存在している。非常に脅威ではあるが、サブスクがある現在は、逆に海外顧客を取り込むことも可能になる。
それには、2000年代の低迷期に切り捨てた、「昭和のプロレス」がキーワードになるかもしれない。

過去最長の長さになりました。
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穂波崇(ほなみ たかし) 中小企業診断士|ホナミ経営サポートラボ hona1041@gmail.com


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たか志帆 ナミ|元銀行員24年の中小企業診断士 執筆のコーヒー代に充てさせていただきます!

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