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買った覚えのない本

書棚に、買った覚えのない本がある。
誰にでもそういう一冊があると思う。動機が完全に消えてしまった本。
なぜここにあるのか、手がかりが一切ない本。
今日、シュリーマンの日本紀行を探していて、
カール・サンドバーグのシカゴ詩集が手に取れた。
シュリーマンは見つからなかった。

サンドバーグは1878年生まれのアメリカの詩人だ。
スウェーデン移民の子として生まれ、13歳で学校を辞め、煉瓦職人、皿洗い、ホーボーとして西部を放浪し、米西戦争に従軍した。
その後新聞記者になり、詩を書いた。
シカゴ詩集の冒頭はこう始まる。
世界の豚の解体工場、道具の製造者、小麦の集積地。
叩きつけるような言葉で、まだ泥の匂いのする都市を正面から書いた。
ところが直筆の英文は端正で、無理な抑揚がない。
詩の内容と文体のギャップに少し驚いた。
怒鳴り声を上げているのに、字が妙に丁寧な人、という印象だ。

なぜ買ったのかがしばらく思い出せなかった。
読み進めるうちに記憶が戻った。
ボブ・ディランのことを調べていた時期があって、
その時に買ったのだと思う。
1964年、23歳のディランが仲間を連れてサンドバーグの農場を突然訪ねた。「あなたがカール・サンドバーグですね。私もです、詩人です」と自己紹介した。ディランはアルバムを手渡し、
自分を詩人として認めてほしいと暗に伝えた。
サンドバーグは丁寧だったが、明らかに関心を示さなかった。
10分ほどで訪問は終わった。
車に戻ったディランは前をじっと見つめたまま何も言わなかった。
サンドバーグが自分を知らなかったことが相当こたえたようだった。

横尾忠則さんが日本経済新聞の「私の履歴書」を担当した月があった。その中に、憧れていたサルバドール・ダリを訪ねた時の話が出てきた。対応はディランがサンドバーグを訪ねた時もかなりの塩対応で、かなり残念そうに書いていた。
巨人は若者を振り向かなかった。
似た構造の話が二つ重なると、
これは偶然ではなく何かのパターンだという気がしてくる。
若い才能が老いた巨人を訪ねる、
巨人は興味を示さない、
若者は傷つく。
しかしその後それぞれの道を歩む。

サンドバーグにはフィリップ・グリーン・ライトという教授がいた。
ロンバード大学で教えていたこの人物は、
まだ何者でもない若いサンドバーグの中に何かを見た。
励まし、最初の詩集の印刷費を自腹で出した。
その時点でサンドバーグは学歴も定職もない若者だった。
ディランが求めてサンドバーグに断られたことと、
ライト教授がサンドバーグを待っていたわけでもなく見つけたこと、
この二つは対極にある。
求めた場所では手が差し伸べられず、
求めていない場所から手が差し伸べられた。

今日、シュリーマンを探して見つからず、サンドバーグを手に取った。
書棚の中の動機を失った一冊が、ディランの記憶を呼び起こし、
横尾さんの話につながり、ライト教授の話まで辿り着いた。
誰も設計していない。
買った覚えのない本は、
覚えていない誰かの眼差しが棚に置いていったものかもしれない。
今日はここまでで。

冷たくされた先にノーベル文学賞が。


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