作品が作者の手を離れたら番外編 ボブ・ディランをめぐって
ボブ・ディランにノーベル文学賞が与えられたとき、多くの人が驚いた。
『文学』なのか?
だがその驚きは、いまでは少し忘れられたようにも見える。
これは彼がいわゆる文筆業の人ではないから、
というだけではないのだろう。
むしろディランという存在が、
最初からジャンルや制度の枠に収まらない人だったからだ。
ディランの魅力は、歌詞の意味だけにあるのではない。
むしろ、
声が音符をはみ出し、
言葉が拍をこぼし、
歌そのものがきれいに収まることを拒むところにある。
たとえば「Like a Rolling Stone」を聴くとき、
こちらが受け取るのは物語の意味以上に、
吐き捨てるような声の勢いであり、
しゃべるように押し出される言葉の骨格である。
反骨精神は歌詞の解説より先に、声そのものに宿る。
だから英語の細部を追いきらなくても、何かがこちらへ届く。
その意味でディランは、
歌詞を紙の上で読む文学者というより、
声とリズムと崩れ方まで含めて言葉を成立させる表現者なのだろう。
本人もノーベル講演で、キップリング、ショー、トーマス・マン、パール・バック、カミュ、ヘミングウェイの名を挙げている。
自分を文学の側へ寄せるためというより、
そうした文学の水脈がすでに自分の中に流れていることを、
自然に示したのだと思う。
そう考えると、
アコースティックからエレクトリックへの転換に反発したファンの姿もよく見えてくる。
彼らはディランその人というより、
自分たちが望むディラン像を愛していたのだ。
フォークの旗手、
時代の代弁者、
社会の良心。
そうした役割を彼に託し、その像の中に留めておきたかった。
けれどディランは、もともとそういう役柄に安住する人ではなかった。
定義された瞬間に、そこから逃げてしまう人だったのだと思う。
しかし、そこには表現の宿命もある。
作品は作者の手を離れると、受け手の内部で別のものとして生き始める。
ある歌は時代の歌になり、ある歌は個人の記憶になる。
だからこそ作品は広がるのだが、
同時に作者が次の場所へ進んだとき、
受け手は裏切られたように感じる。
ディランの電化騒動は、
音楽上の事件というより、
作品が作者の手を離れたあとに起きる悲喜劇だったのだろう。
そのことを、ディラン自身は別の角度から語っている。
五万人の前で演奏するより、
五十人の前で演奏するほうが難しい。
大観衆はひとつの人格のようにも見えるが、
五十人はそうではない。
それぞれが独立したアイデンティティと
独自の世界を持っているからだという。
これは演奏論であると同時に、受容の本質を言い当てた言葉でもある。
作品は大きな評判の中ではひとつの意味を持つように見えても、
実際には一人ひとりの別々の世界へ入っていく。
そこで同じ歌が、別々の経験として生きる。
作品が作者の手を離れるとは、そういうことなのだろう。
だからボブ・ディランという人を、
文学か音楽か、
フォークかロックかという枠の中で理解しようとすると、
いつも少し取り逃がしてしまう。
彼の本質は、そうした分類をすり抜けながら、
自分の表現を押し通していくところにある。
声が音符をはみ出し、
言葉が定義をはみ出し、
作品が作者の手を離れて、
受け手の中でまた別の命を持つ。
その危うさと自由さの両方を引き受けてきたからこそ、
ディランは今もなお魅力的なのだと思う。
そう、
彼はただ
表現したいことを
表現したように
表現する男だから。
今日も1974年の「Like a Rolling Stone」を聞きながら帰ろう。
それでは今日はここまでで。
