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【人生編第7話】会議中、私はひとりで乳がんを調べていた


社長の会社を辞めてから、
次の仕事はなかなか決まらなかった。

面接には行った。
だけど、何社かは私から断った。

理由は仕事内容ではなく、
その場の空気だった。

46歳になった私は、
もう人間関係を我慢して
働くことをやめようと思っていた。

初対面で感じる違和感は、
たぶん後からもっと大きくなる。

それは仕事だけじゃなく、
生きていく中でも
何度も経験してきたことだった。

そんな中、
何となく応募した医療系の営業事務に採用された。

まだ若いベンチャー企業だった。

今まで経験したことのない
仕事ばかりで、私はまた、
自分の無能さを感じる日々を送っていた。

長い間、一人事務のような
働き方をしていた私は、
チームで仕事をする感覚を
すっかり忘れていた。

直属の上司は26歳の青年だった。

とても真っ直ぐで、
どこか不器用な人だった。

本来なら私に振るはずの仕事まで、
全部自分で抱え込もうとしていた。

だから私は、
部下なのに上司へ
「仕事は振っていいんですよ」
と伝えていた。

不思議な関係だったと思う。
周りの人達は
「まるで彼のお母さんだね。」
と笑っていた。

働き始めて5か月ほど経った頃、
新年度になり、新しい上司が
転勤してきた。

さらに派遣社員さんも一人増えた。

社員さんは私より一回り下だった。
でも仕事の進め方が驚くほど丁寧で正確だった。

私への指導も多く厳しかった。

最初は落ち込むこともあったけれど、
嫌な言い方をする人ではなかった。

「ちゃんと仕事を覚えてほしい」
そんな気持ちが伝わってきた。

もう一人の派遣社員さんは、
私より少し年上のお姉さんだった。

エクセルがとても得意で、
私はたくさんのことを
教えてもらった。

仕事だけじゃなく、
株のこともその人から教わった。

社員が少なかった会社に、
二人増えただけで空気は
随分柔らかくなった。

私は途中から、
プロモーション関係の仕事も
任されるようになった。

また初めてのことばかりだった。

何をしているのか分からなくなり、
涙した日もあった。

でも、
みんな優しかった。

できない私を責めるのではなく、
ちゃんと支えてくれた。

少しずつ、
私はその場所に馴染み始めていた。

私が働き始めて1年が経った頃。
ある日、夫が
「左胸に硬いしこりがある」
と言った。
指で触れると、
指先に骨のような硬さが触れた。
その瞬間、
血の気が静かに引いていった。
すごく嫌な予感がして
「すぐ病院に行って」
と夫にお願いをした。

夫はすぐに受診した。
医師は「検査をします。
でも多分大丈夫だと思います」
と言い、結果は2週間後の予定だった。

私はその言葉に、少し安心していた。

毎週火曜日、
私は朝から3時間の会議に出ていた。

会議が始まる直前、
夫からメッセージが届いた。

「今、電話できる?」

手が止まった。
検査結果はまだ先のはずだった。

電話をかけると、
夫は静かな声で言った。

「悪性だった。乳がんやって」

世界の音が一瞬で消えた。
その後の会議の内容は、
ほとんど覚えていない。

私は会議中、
ひっそりと男性乳がんについて
調べ続けていた。

再発率。
転移。
抗がん剤。
手術。

調べるたびに、
知らない言葉と不安ばかりが
増えていった。

その日から、
夫の精密検査が始まった。

そして夫は、
「子供達には、
まだ言わないでほしい」
と私に言った。

私たちは、
何も変わらないふりをしながら、
静かに不安を抱え始めていた。

秋の夕暮れは、
いつも心を落ち着かせてくれるのに——

あの日だけは、
影のような不安が、
静かに隣を歩いていた。

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