【人生編第11話】「もう俺の後ろ盾は誰もいないな」
コロナ禍以降、
義母は急に弱った。
家の中でも転ぶことが増え、
毎日のようにヘルパーさんや
リハビリの方が来る生活になった。
それでも週末のある日、
トイレへ向かったまま転倒し、
月曜日の朝、
ヘルパーさんが来るまで
誰にも気づかれずに
動けなかったことがあった。
その三日間を思うと、
今でも胸の奥が苦しくなる。
義母はどれほど心細かっただろう。
どれほど助けを呼んだのだろう。
あの日を境に、
義母は一気に弱った。
⸻
まだかろうじて歩けていた頃、
息子の誕生日を祝おうと、
家族で回転寿司へ行ったことがある。
義母は、
「薬を飲むためやから」
と言って、
ハンカチに包んだペットボトルを
持参していた。
しばらくすると、
義母の呂律が回らなくなった。
不思議に思って確認すると、
中身は赤ワインだった。
また別の日、
病院へ向かう途中、
義母のカートから醤油瓶が落ちて割れたこともある。
それもワインだった。
そんな義母を見ていた
子どもたちは、自然と
「おばあちゃんは困った人」
と思うようになっていった。
周りの友だちのおばあちゃんは、
まだ若くて元気で、
運動会にも来てくれる。
でも、
我が家のおばあちゃんは病気で、
いつもお父さんとお母さんを
困らせている。
植えつけたつもりはなくても、
家の空気が、子どもたちに
そう感じさせてしまっていた。
そのことが、
今でも胸の奥に小さな棘のように
残っている。
⸻
その頃には、
私自身も限界が近かった。
ケアマネさんやヘルパーさんとの
やり取り、普段の通院も、
主に夫が担うようになっていた。
もう一人で暮らすことは難しくなり、
義母は施設へ入ることになった。
「家に帰りたい」
義母は何度もそう言った。
ただ、
施設の人たちは本当に優しくて、
次第に、
義母が「帰りたい」と口にする回数は減っていった。
もしかしたら、
言っても無理だと分かっていたのかもしれない。
⸻
それでも夫は、
家を借りたままにしていた。
2025年3月。
とうとう家賃を払い続けることが 難しくなり、
私たちは義母に内緒で、
少しずつ荷物を片づけていった。
部屋の鍵を閉めるたび、
罪悪感が胸に積もっていった。
⸻
その三ヶ月後、
夫の細胞検査の結果が出た。
手術前はステージ1
だと言われていたガンは、
予想より大きく、
ステージ2へ変わっていた。
転移の可能性を示す数値も、
基準を超えていた。
抗がん剤治療が始まった。
二週間飲んで、
一週間休む。
それを一年続ける。
小さな錠剤を飲むだけの治療だった。
けれど、
その一粒一粒が、
夫の身体を少しずつ変えていった。
最初は、
少し気持ち悪い程度だった。
「まあ、飲めるし」
夫はそう言って、
家ではいつも通り子どもたちと
笑っていた。
でも、
2クール目に入る頃には、
目に見えて変化が出始めた。
肌は黒ずみ、
髪は乾き、
触れたら崩れてしまいそうなくらい
弱々しくなっていった。
気持ち悪いはずなのに、
夫は甘いものばかり欲しがった。
ケーキ、
アイス、
菓子パン。
驚くほど食べ続け、
体重は5キロ以上増えた。
痩せていくのではなく、
太っていく。
その“逆行”が、
私にはとても怖かった。
「先生に相談してみて」
何度そう言っても、
夫は病院から帰るたび、
同じことを繰り返した。
「副作用やから仕方ない
って言われただけ」
夫の身体は確実に変わっていくのに、
誰にも止められなかった。
⸻
そんな中で、
義母の容体が急に悪化した。
12月29日。
施設から、
「先程一度呼吸が止まりましたが、
今は落ち着いています。」
と連絡が入った。
行かなければ、と思った。
でも私は前日から発熱していて、
夫は起き上がるのも難しい程
副作用に苦しんでいた。
行きたいのに、
行けない。
その事実だけが、
胸の奥に重く沈んでいった。
夫の抗がん剤服用期間が終わる
1月8日に必ず会いに行こう。
そう決めていた。
⸻
2026年1月6日の夕方、
一本の電話がかかってきた。
夫の声色が変わる。
私と夫は慌てて病院へ向かうと
もう義母はすでに
一人で旅立っていた。
夕方6時に見回りに来た
看護師さんが気づいた時には、
もう息はなかったそうだ。
私は泣いた。
声が出ないほど泣いた。
あんなに腹が立った日もあったのに。
もう本当に無理。って
何度も思ったのに。
最後に
会いに行けなかったことが、
どうしても悲しかった。
もう聞こえない義母の手を握り、
私は何度も
「ごめんね」
と謝っていた。
夫は静かに目を閉じていた。
その横顔には、
幼い頃に妹を亡くした記憶も、
義父を見送った日も、
今抱えている痛みも、
全部が重なっているように見えた。
そして、
ぽつりと言った。
「もう俺の後ろ盾は誰もいないな……」
私はただ、
その横顔を見つめていた。
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