高次脳機能障害は環境への不適応〜障害の本質〜
皆さんお困り
先日、家族会の総会に出席した。筆者にとっては家族会は”ホーム”であり、自分は仲間に支えられていると安心できる場でもある。
その席上、やはり話題に上がったので、皆、困っているのだろう。いつもの話で恐縮だが(耳タコと言われるかな)、大切な視点なので記事としてアップしておく。
「高次脳機能障害は難しい」
高次脳機能障害は難しいとよく言われます。
身体障害、例えば脳卒中の後遺症の半身不随(片麻痺)、これはわかる。手足を動かせないという症状があり、そのために生活上の支障がある障害とまとめられる。失語であれば、言葉を使えなくなる症状があり、そのために言語によるコミュニケーションに支障をきたす障害とまとめられるよね。
一言で言えない障害?
では高次脳機能障害は?さまざまなトラブルや事件が生じる。こんなことで困った、あんなことで往生こいた、一体どうなっているのか、何が問題なのか、一言で「こういうこと」って言えないですよね。とらえどころがなくて理解しにくい。その上、どこまでが症状なのかそうでないのか、よくわからない。冒頭の「難しい」とはそういう意味だろうと思います。
一言でまとめてしまうぞ
高次脳機能障害とは一体どのような現象なのでしょうか。今回は捉えにくいこの障害をあえて一言で、「環境への不適応状態」とまとめてみます。と言われてもピンときませんね。では簡単にさらっとご説明しましょう。
高次脳機能障害の主要4症候から起こること
脳損傷の後遺症のうち、高次脳機能障害の主な症候は注意障害、記憶障害、遂行機能障害、社会的行動障害です。
遂行機能障害
遂行機能障害はご存じない方もおられるかもしれませんが、判断する力、要領よく段取り良くプランニングする力、すなわち臨機応変に考える力そのものであり、また、注意力や記憶力を使いこなす力と言ってもいいでしょう。
社会的行動障害
社会的行動障害は文字通り、社会的行動、すなわち対人スキルの低下です。怒りっぽい、こだわる、我慢できない、空気が読めない、生活リズムの崩れ、などの症状によって対人関係が維持できなくなってしまう状態。
社会からの疎外
注意障害、記憶障害、遂行機能障害があると仕事や家事、勉強などうまくできなくなります。社会的行動障害があると周りの人とうまくやっていけません。
仕事ができなくなって、人と衝突ばかりしていたら、社会の中で生きていくことが難しく、最悪、社会からはじき出されてしまいかねません。
社会という環境
高次脳機能障害とは、社会から疎外されてしまう現象であり、その疎外は、社会という環境の中でうまくやっていけない、つまり、社会という環境に適応できないことが原因です。これをまとめると、高次脳機能障害の本質は環境への不適応となるわけです。
脳は何のためにあるのか
ではなぜ、脳損傷が起こると環境に対する不適応状態をきたすのか。それは脳が環境に適応するための臓器だからです。
このように書いてしまうと、首をかしげる方もおられるかもしれません。脳は体を動かす司令を出しているんじゃないの?脳は暑い寒い痛いかゆい、感覚を感じる臓器じゃないの?そもそも脳は考える臓器でしょ?
おっしゃるとおり。脳は外界の状況を感じて、考えて、そして体を動かす。さらに言えば、体内の環境に合わせて心拍や呼吸を調整もしています。色々やってますね。
脳の働きをひとつのストーリーに
でもこれ、ひとつのストーリにまとめられますよね。脳は、体外/体内の情報を収集し、情報をもとにその状況に最適な対応を考え、そのプランに従って体や臓器を動かす。
体外/体内の情報とはすわなち環境ですから、脳はある環境に対して、最も適した対応をとるためにある臓器と言い換えられます。まさに環境に適応するために存在するのが脳なのです。
脳損傷が引き起こす支障の3つのレベル
脳が損傷して環境への適応力が低下する、それはわかった。でも、それがどのようにトラブルにつながるのか、一言でまとめられないようなさまざまな支障が起こるのか。もう少し具体的に述べてみましょうか。
運動/行為/行動
唐突ですが、「運動」「行為」「行動」、3つの言葉の意味するところの違いがわかりますか。日常生活では特に区別しないで使っている言葉ですが、ある学問領域ではしっかり区別して使います。
運動
「運動」は体の一部(全部?)を動かすこと、あるいは、体の一部(全部?)の位置を変えること、です。要は手足を動かすことです。
行為
「行為」は、ある目的を達成するための「運動の組み合わせ」のことです。ただ動かすだけではなく、例えば服を着るという目的のために手足や体を動かすことです。服を着るためには手、脚、体、それぞれのさまざまな動きを組み合わせています。このように個別の「運動」を組み合わせて目的を達成することが「行為」です。
道具を使うことも行為ですし(ハサミで紙を切る、とか)、言葉を使うのも行為のレベルと言えるでしょう(言葉というひとまとまりのツールを使いこなすわけだから)。
「行為」では”組み合わせ”(必要な「運動」を選択して、順序よく並べること)を考えなければなりません(実際は無意識に行っているわけですが)。これは「行為」のほうが「運動」に比べ、より複雑、より高度=高次であることを意味しています。
行動
「行動」は周囲の環境に対して適切に振る舞うことを指します。これは、その場の状況を的確に判断すること、その上でその状況にふさわしい「行為」を選択することでもあります。
更衣の例で言えば、更衣という行為が(洒落じゃないよ)、この場にふさわしいかどうか判断する要素が加わるわけです。その分、「行為」よりもさらに高度で複雑、難易度が高くなります。
「運動」レベルの障害
脳卒中後遺症の半身不随、これは手足を動かすことができなくなる麻痺という状態ですから、「運動」ができなくなった状態です。もちろん、運動ができない状態なので、それを組み合わせた「行為」も思うに任せなくなるわけですが、「行為」そのものができない状態ではなく、あくまで「運動」ができないことが本質なので、半身不随(麻痺)は運動レベルの支障が起こるということになります。
「行為」レベルの障害
では「行為」ができなくなった状態、すなわち、「運動」が可能であるにもかかわらず、「行為」そのものが不自由になってしまう、そんな状況がありうるのでしょうか。
脳卒中や頭部外傷など脳が傷ついたときに現れる着衣失行なる症状があります(「失行」とあるけれど、医学的に厳密な意味での「失行」ではありません)。
着衣失行の症状が出ると、麻痺や半身不随がないにもかかわらず、服を着たり脱いだりすることがうまくできなくなってしまいます。セーターを着ようとしても、どこに頭を通すのか、腕はどこに持っていけばいいのか、わからなくなってしまうのです。
手足の動きが悪いのではなく、また、知能が低下したわけでもなく、手や足、自分の体とセーターの空間的な位置関係がうまく認識できないために、セーターを着られなくなってしまった状態です。これが、手足や体の動きそのものはできるのに、それらを順序よく組み合わせて更衣するという「行為」ができない状態です。
失行、失語もこのレベルの支障と言えます。
「行動」レベルの障害
このように考えていくと、「行動」がうまくできないとはどういうことか、想像がつきますね。「運動」も「行為」も可能であるにも関わらず、支障をきたす状態。たとえば、暑いからと言って、いきなり公共空間で服を脱いで裸になるのは社会的に許されない振る舞いです。温泉にいったら全部脱いで入浴するのがマナーであって海パンで入ってはいけないし、逆にプールでは裸では入れてもらえません。
「行動」がうまくできない状態とは、その場の環境や状況を適切に判断して、ふさわしい「行為」を選択することができない、すなわち、環境適応的に振る舞うことが難しくなった状態ということができます。
高次脳機能障害は「行動」レベルのトラブル
高次脳機能障害の場合、「運動」はできる(麻痺はない)、「行為」もできる(身の回りの動作には困らない)、にもかかわらず生活や仕事がうまくいかない、トラブルが発生するのは(実際には麻痺を伴う方も失語失行を伴う方もおられますが、麻痺や失行とは異なる問題が起こるのは)、環境にふさわしい振る舞いができないからなのです。
つまり高次脳機能障害とは運動レベル、行為レベルとは異なる、行動レベルでトラブルが起こっている状態といえます。
行動レベルの問題、すなわち、環境適応的に振る舞えない状態、ですから、高次脳機能障害を一言でまとめると、「環境に対する不適応」状態と申し上げたのです。
日常生活のすべてにおいて適切な振る舞いができなくなる場面がありうるわけだから、高次脳機能障害では「さまざまな事象が起こる」「一言で言えない」となるわけです。でもその本質が行動レベルの支障であることがわかれば、眼の前で起きている現象が、一体、どういうことなのか、何が問題なのか、見えてきますよね。
「環境への不適応」が意味するところ
問題は社会と個人の間に存在する
障害の本質が環境への不適応であるということは、個人と社会の相互作用の問題と言い換えることができます。高次脳機能障害とは個人と環境=社会との関係の問題、個人と社会の間に存在する問題と捉えましょう。
ということは、高次脳機能障害とは、個人に内在する問題ではない、つまり、当事者個人に帰する属人的課題ではないことを意味します。高次脳機能障害という問題は、当事者個人の”欠損”ではない点にご留意ください。個人の努力でなんとかするものではない。そうではなく、社会のあり方により解決する課題と言えるでしょう。これだけの説明ではわかりにくと思うので、いずれ別記事(*)で詳しくご説明したいと思います。少々お待ちを。
*下記アップしました。
個人と環境の相互作用システムとしてまるごと捉える
社会と個人との間にある問題ですから、その解決には環境と個人の両者を視野に入れなければなりません。それも両者を個別にではなく、「環境にある個人」として環境まるごと、環境と個人の相互作用するシステムとしてまるごと捉えて対処を考える必要があります。
そして環境とは物理的生活環境のみならず、関わる周囲の人、家族だけでなく支援者、さらには支援そのものも環境であることに留意が必要です。この論点についてもいずれ「地域支援」の記事(*)としてアップしたいと思います(いつになることやら)。
*「社会問題としての高次脳機能障害」「障害の回復」「地域支援の考え方」として講演などでお話していますので、お聴きになった方は配布した資料を引っ張り出してきて、おさらいしていただけると嬉しいな。
事象を解釈し、症候の解析から対処を考える
高次脳機能障害ではさまざまな事象が起こる。一見、バラバラで雑多なそれらの事象を、上述の”環境への不適応”という視点から解釈すると、その事象の本質、苦しいのはなぜか、何が問題なのか、どうすれば解決できるのか、そのような道筋が見えるようになるでしょう。
なおこのような視点からの事象の解釈、更にその症候論的解析とそれに基づく対処を見出す手法は下記に詳述したので、ご参考まで。
まだ入手できるのではないかな。
・リハビリナース2021年2号 メディカ出版
・BRAIN NURSING(ブレインナーシング) 2020年9月号 メディカ出版
・高次脳機能障害の標準看護計画 メディカ出版
(下記記事の「悩みと問題」も参照)
まとめ
・高次脳機能障害の本質は、環境への不適応
・環境とは社会
・高次脳機能障害の症状は社会への不適応をきたす
・脳は環境に適応するための臓器
・脳損傷では環境適応力が低下する
・行動とは環境適応的に振る舞うことをいう
・高次脳機能障害は行動レベルの問題
・高次脳機能障害は個人と環境=社会の関係の中にある問題
・個人と社会の相互作用システムとしてまるごと捉えよう
・社会のありかたが問われている
・雑多な事象を”環境への不適応”の視点から分析し対処する
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